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婚約破棄するまでが契約です  作者: 高岡未来
第一部 食えない仮婚約者にはご用心
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四章 公演は秋の空の下で4

 オルフェリアとフレンは少し早い時間だったが、そのまま大広間を抜け、玄関ホールへと向かい、そのまま屋敷を退出した。

 馬車の中は重い沈黙に包まれていた。主人らの早すぎる帰宅にミネーレも目を白黒とさせていたが、夜会でオルフェリアが機嫌を損ねたという説明をフレンがしたら彼女は納得をしてくれた。


「だったらフレン様、オルフェリアお嬢様の機嫌をとらないとですね。せっかく夜もまだ早いんですから、どこかでお食事でもしたらどうでしょう」


 オルフェリアは何も答えない。まだぎこちなさを引きずっていて、素の時のフレンと何を話していいのかわからないのだ。

 フレンにもオルフェリアの一方的な確執は伝わっているだろう。


「そうだね。ミネーレの許可も下りたし。どこか行こうか。どこがいいかな……」

 フレンは一人思案気に考え込んだ。


◇◇◇


「フレン様……。もっと乙女心に気を使った選択はできなかったんでしょうか」


 男性御用達のクラブという選択にミネーレがあからさまに苦情を申し入れたがフレンは聞かなかったことにした。ここが一番密談には最適だからだ。


「別にわたしは構わないわ」

「お嬢様は優しすぎますよぉ」


 オルフェリアは本当に頓着していないのだろう。普段と変わらない口調だ。

 ミネーレと御者には別の個室で待機してもらうよう店の従業員に言い含めて別れた。

いつもの個室に案内されて、フレンはそのまま案内人にいくつかの注文をした。彼らが注文の品を用意し退出したところで口を開いた。


「いつまでもお互いにぎくしゃくしていたんじゃ生産性が悪いからね。いいよ、聞きたいことがあったら全部話すから」

「どういう風の吹きまわし?」

 フレンの言葉にも、オルフェリアは警戒するような口調だった。

「別に。そのままの意味だよ。きみがいつまでも私の過去にこだわっていたんじゃ偽装婚約設定にも支障をきたす。それでなくても面倒な奴が出張ってきて気を取られるって言うのに」


 フレンはすこしだけぶっきらぼうに返した。

 この数日、フレンなりに色々と考えたのだ。オルフェリアが何をこだわっているのか理解はできない。人の過去なんて興味のなさそうな顔をしているのに、どうしてフレンの感情を、恋心のありどころにこんなにも反応するのだろう。


 フレンにとってレカルディーナへの想いはすでに過去のことだ。確かに恋した相手が従妹だったおかげで今でも失恋相手との付き合いは続いている。しかも、相手はおそらくフレンの恋心に気づいていない。


「わたしは別にフレンの過去の恋の話を全部聞きたいわけじゃないわ。まがりなりにもわたしよりもずぅっと年上なんですから色々と……、過去に恋愛してきたことくらいは想像がつくもの。ミネーレも、二十七にもなって純朴さだけが取り柄の男なんてやめておいた方いいですよ、フレン様くらいちょっと羽目外してきたかたの方がいいですって言っていたし」

「……オルフェリアそこまで馬鹿正直な答えはいいから」

 フレンはため息をついた。


「わたしが気にしているのは……。今のフレンの気持ち。レカルディーナ様のことが好きなら、ちゃんと伝えるべきだわ」

「やっぱりそこなんだね」


 フレンはぶどう酒に口をつけた。

 さすがに素面ではやってられない。自分の過去を見つめて、他人に話すというのは、しかも恋愛沙汰の話になると、酒の力でも借りなければ舌がうまく回らない。おそらく彼女には理解してもらえないだろうが。


「フレンは今でもレカルディーナ様のことが好きなんでしょう」

「それってきみには何にも関係が無いよね。だって私たちはただの偽装婚約者同士だ」

「ええ、そうね。わたしもそう思うわ。けれど……、あなたが苦しそうだから。だって、セリータはとても苦しんで悲しんでいた」


 オルフェリアの感情のありどころは『姫君と二人の騎士』らしい。初めて観る観劇、そして恋物語にすっかり感情移入をしている。そして、なぜだか実らぬ恋をするセリータという役柄に、境遇に入れ込んでいる。


 オルフェリアは納得できないのだろう。フレンが気持ちを伝えないことに。フレンはオルフェリアの瞳を、その奥にある想いを覗き込もうとした。

 彼女はこのような時であっても理知的な瞳でフレンを見返し、その瞳の奥からはそれ以上の感情を読み取ることはできない。


「きみは、レカルディーナがすでに結婚して、子供がいるのもわかっているのにそれでも私に気持ちを伝えろ、とそう言うの?」

 フレンが少しだけ意地悪な言い方をすれば初めてオルフェリアの瞳に動揺の色が浮かんだ。

「それは……」

 彼女は言葉に詰まってそのまま沈黙した。


 オルフェリアだって何もレカルディーナを困らせたいわけではないのだ。ただ、フレンの心のありかを優先して、レカルディーナの事情まで頭が回らなかっただけだ。


「それでも……、わたしはやっぱり伝える方がいいと思う」

「君は潔癖なんだね」


 少女特有の潔癖さ。

 フレンにはとてもまぶしくて、そして時々ひどく憎らしい。自分が忘れてしまったもの。過去に置いてきてしまったものだから。フレンはいつのころからか卑怯だった。とくに恋に関しては。


「いいよ、全部話してあげる。そもそも俺とレカルはお互い休暇のころに顔を合わせる親戚ってくらいでね」


 フレンは観客一人を相手に長い長い物語を語り始めた。


 最初は年下の元気すぎる従妹といった印象だったレカルディーナ。お互い寄宿学校生活だったため、顔を合わせるのは年に数回の休暇のときだけだった。

 叔母が隣国の貴族へ嫁いだため、年下の従妹はお転婆ではあるが一応は侯爵令嬢だ。表情のくるくるとよく変わる少女だった。フラデニアでも名門の女子寄宿学校に通っている割に行動力があって、休暇先の別荘地で迷子になったり、木登りをしてみたり、なぜだかやたらと同性にモテていた。


「エルメンヒルデともそのころからの付き合いでね。彼女もレカルの影響からか、それとも持ち前の天真爛漫さのおかげか、爵位のない俺のことも慕ってくれていてね」


 そうしていつのころからか、手のかかる年下の従妹が、放っておけない年下の女の子へと変化していった。卒業してもフラデニアに残りたい、こっちで友達も増えたし、とさみしげに漏らすレカルディーナの言葉を信じて疑わなかった。


 しかし、運命とはまったく予期せぬ方向にまわりだす。


 卒業後一度は祖国へ帰らなければならない、両親も待っているし、と卒業後帰国したレカルディーナはルーヴェへ戻ってくることはなかった。


 数ヵ月後一通の手紙が届いた。

 色々とあって、アルンレイヒの王太子殿下と結婚することになりました、と書いてあったのだ。


「納得は……まあ、できたといえばウソになるかな。手紙一つで詳細なんて書かれていないし、最初は政略結婚かって思ったよ。レカルはあれでも一応名門侯爵令嬢だったし」

「王太子殿下夫妻は王族にしてはめずらしく恋愛結婚だったと新聞で読んだわ」


 フレンの独白にオルフェリアが相槌をうった。

 フレンはぶどう酒を口に含んだ。

 二人とも食事をとりながら、オルフェリアはフレンの一方的な会話の聞き役に徹している。


「まあ、それは後からの話だからね。当時の俺は信じていなかったわけ。俺の祖父母もね、なにしろ俺以上に彼女がルーヴェに戻ってきてくれることを願っていたから」


 フレンの祖父母は孫娘のとんでも報告に泡を吹いて、一計を案じた。

 とくにカルラはレカルディーナを溺愛していた。娘をアルンレイヒ人貴族に取られたという恨みも手伝って、レカルディーナのことを娘代わりにしていたところもあった。


「で、祖父母はミュシャレンに行って強硬手段に出たわけだ。レカルをね、文字通りルーヴェへ連れ帰ったんだよ。睡眠薬盛って」


 カラン、という音が響いた。

 さすがにそこまでは予期していなかったのか、オルフェリアが持っていたフォークを落としたのだ。普通、王太子妃に内定した令嬢を親族とはいえ本人の意思を無視して連れ去るなんてこと想像はしない。


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