こぼれ話 ダイラの出産騒動
それは舞踏会が終わった二日後のことだった。
オルフェリアは旅支度をするために買い物に来ていた。色々とあってルーヴェとロルテームへ行くことになったからだ。
ルーヴェに行くのならユーディッテらになにかお土産を買いたいと思い立って、ミネーレとミュシャレンの中心部まで出てきた。昼下がりの商業地区はとても賑わっている。
ルーヴェよりも華やかさはないけれど、春の訪れを感じさせる日差しの暖かさに行き交う人の表情も明るい。
最近手紙のやり取りをする人たちが増えて便箋の減りも早いので、まず文具店で便箋を買った。
旅立つ前にエルメンヒルデにも手紙を書いておかないと。しばらくはミュシャレンを留守にすることを伝えないといけない。
オルフェリアは大通りを歩きながら旅立つ前にやることを考えて、それからユーディッテらへのお土産に考えを移った。
ルーヴェのような流行発信地で女優などというきらきらした職業に就く女性に何を持っていけばいいものか。
オルフェリアの乏しい人生経験ではおおよそ見当もつかない。
香水は好みがあるし、ハンカチ……はありきたりな気がする。食べ物にする? それともお酒の方がいいのかしら。
あれこれ考えているとまったく決まらない。
そんな風に歩いていると見知った顔を見つけた。
「ダイラさん」
向こうもオルフェリアに気がついたようだ。
「こんにちは」
彼女は大きなお腹をかかえている。
臨月なのだ。
「買い物ですか?」
「ええ。そんなところ」
ダイラはそっけない口調だった。
彼女とはパニアグア侯爵邸で何度か顔を合わせて、ロルテーム語の会話の授業でもお世話になっている。最近はオルフェリアもだいぶロルテーム語に慣れてきて会話が続くようになってきた。もともと文法も似ているから基本を押さえればあとは早い。
ダイラは基本飾った言葉を使わないが、怖いわけではない。きちんと付き合えば彼女が誠実でいい人だと分かる。
「こんなところまで一人で買い物に来て大丈夫ですか?」
「平気よ。医者からも適度な運動をするように言われているし」
ということはもしかして、侯爵邸から歩いてきたのだろうか。
身重なのだから、あまり無理はしてほしくない。
「あなたは何をしているの?」
ダイラは首をかしげた。
「今度ルーヴェへ行くことになったので、知人へのお土産を探しにきたんです」
「そうなの」
ダイラは淡く微笑んだ。
釣られてオルフェリアも笑顔になった。
同じ黒髪に紫色の瞳を持つダイラには親近感を持つオルフェリアである。こうして会話が続くようになると嬉しい。彼女は博識で、難しい本も色々と読んでいるそうだ。
この間もアルメート大陸の紀行が好きだと言ったら興味を持ってくれた。
「あの、休憩しませんか? 立ち話もなんだし」
オルフェリアは思いきって提案した。
このあたりにはルーヴェにあるような洒落たサロンもいくつかある。
なにより大きなお腹を抱えたダイラを何時までも立たせておきたくない。
「そうね。そうしましょうか」
ダイラが話に乗ってくれたので、オルフェリアはミネーレに頼んで近くのサロンに案内してもらった。
広場に面したサロンの二階は個室になっている。地上階の雑多な空気とは違い、とても落ち着いた雰囲気をしている。
「正直、少し疲れていたからあなたに会えてよかったわ」
ダイラは運ばれてきた水を口に含んでから息を吐いた。
「帰りは馬車使ってくださいね」
「そうね。そのほうがいいかも」
ダイラは素直にうなずいた。
「そういえば、何をお買い物していたんですか?」
「生まれてくる子のために産着を縫っていいるんだけれど、掛けものも編もうと思って。毛糸を買いに」
春先とはいえ夜は冷える。また、昼寝の時などにも使えるし毛糸の掛けものは万能だ。
「早く生まれるといいですね」
「そうね」
ダイラは視線を下にやった。
その慈愛深い笑みにオルフェリアもつられる。そうやって微笑むダイラはすっかりお母さんの顔をしている。
エシィルも現在身ごもっているし、エルメンヒルデも子供が授かるよう夫婦で仲良くしている。(具体的にどう仲良くしているのかは誰も教えてくれないけれど)
オルフェリアの周りではにわか赤ちゃんブームなのだ。
(でも、いいな。ダイラさん、幸せそう)
旦那さんのことを聞くと、本当にこの二人は仲が良いのだろうかと心配になるくらいダイラの夫への評価は辛辣だ。
しかし、この顔を見ればなんだかんだと夫とはうまくやっているのだろうとうかがい知れる。
幸せな夫婦の姿を見るのは嬉しい。
オルフェリアもいつか子供を身ごもって、生まれてくるのを心待ちにする日がくるのだろうかと、つい想像してしまう。
「名前はもう決めているんですか?」
「候補はいくつか」
「旦那さんが?」
「そうね。夫とわたしと、なぜだか彼の職場の上司やそのまた上司やその妻や、オートリエ様など、色々な人たちが」
ダイラは少しだけ遠い目をした。
「みんなが待ち望んでいるんですね」
そう言うとダイラは少しだけ苦笑した。
運ばれてきたケーキをつまみつつ他愛もない話をしていると、ダイラが急にお腹に手を当てた。
顔が小さく曇っている。
「だ、大丈夫ですか?」
「え、ええ。少しお腹が痛くて」
ダイラは気丈に答えた。
しかし、眉が少し引きつっている。痛みを我慢している顔つきだ。
オルフェリアは慌てた。
「いったいいつから?」
「ニ、三日前から。気にならない程度だったんだけど、今日は割と感覚が短くて」
「それって陣痛じゃないですか!」
ダイラの返事にオルフェリアは叫んだ。
オルフェリアには下に三人も妹弟がいる。とくにフレイツの出産時のことはよく覚えている。お腹が痛いのが短くなってきたらそろそろ出てくる頃合いなのよ、と母から聞いたことがある。
子供を産んだことはないけれど、小さいころに何度か経験した母の出産のおかげで知識はあるのだ。
「だって……レカルディーナ……様の時はもっと、痛いってなってすぐに産気づいたから」
一方のダイラも、仕えるレカルディーナの出産を二度ほど立ち会ったが、彼女は安産型で陣痛からすぐに出産に至っていたため、自分の身の上に起きている腹痛と陣痛が結びつかなかった。
「人によって違いますからっ! わたし人を呼んできます」
オルフェリアは部屋から大慌てで出て行った。
別の部屋で待機をしていたミネーレに急いで事情を話す。ミネーレも上ずった声を出した。
「どど、どうしましょう! 生まれる、赤ちゃん!」
彼女もどうやらこういう経験は皆無のようだった。
人というのは予想外の出来事にでくわすとパニックになるのだ。
「と、とにかく馬車を呼ばないと。ちょっと、そこのあなた! 赤ちゃんが生まれるの。至急馬車を用意して」
オルフェリアは大慌てで店員を呼びとめた。店員も泡を吹かしたように飛び出して行った。
辻馬車はダイラとオルフェリアを乗せてパニアグア侯爵邸へと急いだ。
馬車の中でダイラは脂汗をかいている。呼吸が荒くなっていって、これは本格的にまずいとオルフェリアは焦燥感に駆られる。
こういうとき、誰かが側にいてくれたら。
オルフェリアだけでは心細い。
「だ、大丈夫よ……。ごめんなさい、つき合わせてしまって」
オルフェリアの瞳に不安の色をみたのか、ダイラが気丈にも励ましの言葉を口にする。
オルフェリアは唇を噛んだ。
こんなときに、妊婦に気を使わせてしまってどうする。
「そんなことありません。むしろ、わたしと街で出会ってよかったくらいです。屋敷までもうすぐですから。頑張ってください」
オルフェリアはダイラの手を握った。
一番不安なのはダイラだ。
オルフェリアはしっかりダイラの目を見据えた。
やがて馬車はパニアグア家へとたどり着いた。
屋敷からでてきた執事に緊急事態を告げると、彼も大慌てで屋敷の中に戻っていった。そしてすぐに女中らを連れて戻ってくる。ダイラの呼吸はすでに荒くなっており、数人がかりで屋敷の中へと運びいれた。
オートリエは運悪く出かけてたけれど、幸いにも侯爵セドニオは在宅だったが、こういうときの男ほど頼りにならないのはいつの時代も同じである。ただおろおろとするばかりなので、王宮へダイラの夫の元に行ってもらうことにした。
女中が出産のために部屋を準備し、別の者が産婆を呼びに出て行った。
オルフェリアはダイラの手を握りしめて励まし続けた。
ミネーレもオートリエを呼び戻しに行くために再び馬車へ舞い戻った。
やがて産婆が到着し、その直後に医者も到着した。
オルフェリアは清潔な布やタオルを運んだりしたが、やがて部屋から追い出された。
いよいよ出産が始まったのだ。
緊迫感が屋敷の中を包む。
そうこうしているとオートリエが帰宅した。
「ああオルフェリア。ダイラは、ダイラの様子はどうなの?」
オートリエは上着を脱ぐのも惜しい、必死の形相でオルフェリアの両肩を掴んだ。
「これから出産です」
「あの子ったら、なんにも言わないんだもの。今日だって普通に買い物に行きますなんて、ふらりと出て言っちゃうし。まだ大丈夫だって思うじゃない」
たしかに。オルフェリアだって、まさか彼女に陣痛の兆候が出ているなんて倒れるまで気付かなかった。
「大丈夫かしら。あの子我慢強い子だから気を使っていたのかもしれないわ……」
産婆と医者が到着しているので二人とも手持無沙汰だ。
あとは祈ることしかできない。
どうか無事に生まれますように。
お願いします。
オルフェリアは一生懸命神に祈った。
時間が経つのがやけに遅く感じられる。
どのくらい時間が経っただろうか。屋敷の玄関が騒がしくなって、オルフェリアは顔を扉の方へ向けた。オルフェリアとオートリエは居間で待機をしているのだ。
「お母様! ダイラ、ダイラは大丈夫なの?」
「ダイラは無事ですか?」
ばたんと扉が開いて勢いよく飛び込んできたのはレカルディーナと金色の髪をした近衛騎士だった。
レカルディーナはオートリエの両腕を掴んでがくがくと揺さぶった。
「今頑張っている最中よ。あなた、落ち着きなさい」
「ダイラ~~、頑張ってくれ」
金髪の青年は膝を床について両手を前に組んだ。
どうやら彼がダイラの夫のようだ。
二人に続いてわらわらと人が入ってくる。
騎士らに取り囲まれている黒に茶色を少し垂らしたような髪の、気難しそうな男性はもしかしなくても王太子ベルナルドだ。
一団の後ろからセドニオが顔を見せた。
「あなた、一体どうしてこんな大所帯なの?」
「いやあ、王宮に知らせに行ったらちょうど公務帰りのレカルらと鉢合わせてね」
「わたしがお父様についていったほうが、カルロスも一緒に動けると思って馬車に飛び乗ったの。そうしたら……」
なぜだかベルナルド様まで付いてきちゃって、とレカルディーナは説明した。
思いがけず客人で溢れたため、一同は広い応接間に移動した。
王太子夫妻と近衛騎士らに囲まれてオルフェリアは所在投げに部屋の隅にある椅子に腰かけている。
オートリエもレカルディーナも誰もなにも発しない。
時計の、針を刻む音だけがやけに大きく聞こえてくる。
初産だから時間がかかるのかもしれない。
こればかりは人によってさまざまだ。オルフェリアの母はさすがに何度も経験しただけあってフレイツの時はとっても早かった。あっという間に生み落として『今回は楽だったわ~』と笑って見せたほどだ。
大丈夫かな。
二人とも無事に生まれますように。
オルフェリアが思うことはただ一つだ。
きっと、この場にいる全員が同じことを想っているに違いない。
それから、どのくらい時間が経っただろう。
応接間の扉が開いて、女中が姿を現した。
「無事に産まれました。女の子でございます」
「や……やったあ」
カルロスが茫然と呟いた。
その一言を皮切りに応接間に歓声が響いた。
「よ、よかった。ダイラ、よかった」
「ダイラよく頑張ったわね」
オートリエとレカルディーナは親子で抱き合っている。泣き笑いの顔をしている。
近衛騎士らはカルロスに口々におめでとうと言っている。
(よ、よかった……)
オルフェリアもホッとした。
無事に生まれてきてくれてよかった。
「そ、それで? ダイラは? ダイラの様子は?」
カルロスはまだ安心できないといったふうに知らせに来た女中に掴みかからんばかりの勢いで尋ねている。
出産は危険を伴う。赤ん坊が無事に産まれても産褥熱で亡くなる母親も少なくない。
「ええ。ダイラ様も無事です」
その言葉を聞いてカルロスは慌てて部屋を飛び出して行った。
近衛騎士ではない、妻を案ずるただの夫の顔をしていた。
「オルフェリアも、ダイラについていてくれてありがとう」
レカルディーナが壁際に近寄ってきた。
「いえ。たまたまです。偶然です」
「偶然でも、なんでもよ。ほんっとうにあなたと一緒のときでよかった」
レカルディーナは大げさにため息をついた。
二人の女児を持つ母親でもあるレカルディーナはもちろん出産の大変さも陣痛の痛さも分かっている。
セドニオとオートリエは二人して涙を流して喜んでいる。驚いたのは執事までも一緒になって手巾を目に当てていたことだ。
「ほんっとうにダイラが無事でよかった。あとで赤ちゃんの顔、見せてもらいましょう」
レカルディーナは感極まったのかオルフェリアに抱きついてきた。
ずっと緊迫した状況下だったから、誰かと喜びを分かち合いたいのかもしれない。オルフェリアも誰かと喜びを分かち合いたかったから、素直にレカルディーナの背中に腕を回した。
「無事でよかったです。ほんとうに……よかった」
フレンとともにフラデニアへ赴く前日。
オルフェリアは出立の挨拶のためにオートリエの元を訪れた。
「そうなの。明日からなのね。お母様によろしくと伝えてね」
「はい」
オートリエ愛用の応接室に通してもらいオルフェリアは彼女とお茶をしている。
「フレンのこともよろしくね。あの子のこと、支えてあげてね」
「わたしなんか、そんな」
「なんか、じゃないわ。ほんっとうによろしくね」
オルフェリアが謙遜してみせるとオートリエはやけに熱心な口調になった。
どちらかというとオルフェリアの方がフレンに面倒をみてもらいっぱなしなのに。
オートリエの迫力にたじろいでオルフェリアはつい頷いてしまった。支えるって、具体的にどんなことをすればいいのだろう。
けれど、オルフェリアで出来ることならなんだってしたいと思う。
「そうだわ、ダイラにも会って行ってね。実は昨日からリバルス卿が特別休暇をもぎ取って我が家に滞在中なのよ。すぐにでもダイラを連れ帰りたいって駄々をこねるものだから、大変だったわ。やっぱり、まだしばらくはうちで養生させたいと思うし」
オートリエはそんなことを言うけれど、実はまだダイラを手元に置いておきたいだけなのだ。実の娘と同じように愛情を注いできたダイラをなんとか屋敷にとどめておこうとあれこれ理由をつけているらしい。
けれど赤ん坊が屋敷にいるとにぎやかで明るくなるからオートリエの気持ちも分からなくもない。
フレイツが生まれた時オルフェリアはよく彼を抱かせてもらった。リシィルとエシィルとで抱っこする順番を争ったりもした。メンブラート伯爵家の娘たちは、なんだかんだと子供が好きなのだ。
「気をつけて行ってらっしゃい。ロルテーム語の勉強も忘れないようにね」
「はい」
オートリエの忠告にオルフェリアは素直に頷いた。
お茶を飲みほした後、オルフェリアはダイラのもとを訪れた。ダイラは、オルフェリアを歓待して、それから夫を隣室へと追い払った。
(ええと……。いいのかしら、わたしここにいて)
ダイラが夫にそっけないのはなんとなく理解しているけれど、間近で塩対応を見せられるとそれはそれで心配してしまう。
「明日出発だと聞いているわ。気を付けてね」
「はい」
オルフェリアはダイラから赤ちゃんを受け取った。薄い紫色の瞳はダイラ譲りである。
フレイツを散々抱っこしてきた経験を持つオルフェリアは新生児の扱いも手慣れたものだ。
オルフェリアはダイラを見た。ダイラはいとおしそうに赤ん坊を見つめている。
大好きな夫との間に生まれた赤ん坊なのだ。
というのも、ダイラが出産をしたあの日。
ダイラの様子を見にカルロスが駆けだした後オートリエとレカルディーナも続けて部屋から飛び出して行った。ベルナルド以下他の騎士らはそのまま居残り、オルフェリアもなんとなくその場に佇んだままだった。
『おまえは行かないのか?』
ベルナルドから言われてオルフェリアはどう答えようか迷った。ダイラとは知り合ってまだ日が浅いし、そんな自分が出産直後の大変な場にもぐりこんでいいのかわからなかったからだ。まさかベルナルドから声を掛けられるとは思っていなかったオルフェリアは案の定顔色を失くして立ちすくんだ。やっぱり、彼のことはまだ怖い。
どうしよう、なんて答えようと口を開いたり閉じたりしているうちに、彼の方が興味を失くしたように視線を別の方向に向けた。ああ、今日も負けた……とか内心落ち込んでいるとオートリエが戻ってきて、オルフェリアを攫って行った。
連れて行かれた部屋の中で。
ダイラは寝台の上に横たわっており、出産してまだ時間が経っていない彼女は髪の毛を額に張り付かせて、顔色も悪かった。傍らにはカルロスがしっかりと寄り添い、彼女の手をぎゅっと両手で握りしめていた。カルロスの、妻をいたわる視線に、ダイラもうっすらと口元を緩め、幸せそうに微笑んでいた。普段の無表情からは想像もつかないほど幸福じみた頬笑みだった。
なんてすばらしい光景だろう、と思った。
こんな素敵な瞬間に立ち会えて嬉しかった。レカルディーナも瞳に涙を浮かべていた。
ああ、夫婦なんだな、とすとんと落ちてきた。そして思った。いいなあ、と。
これまでオルフェリアにとって結婚は遠い遠い、どこか本の中の物語のようなものだった。フレンから偽装婚約を提案されたときだって、婚約の先の結婚なんてまるで実感がなくて。
それなのに最近は自分にもああいう瞬間が訪れることがあるのか、とかそんな具体的なことを想像するようになっている。
それはオルフェリアが初めて人を好きになったから。
フレンを好きになって、初めて結婚という言葉を意識するようになった。誰かと結婚する、なんて漠然とした想像ではなくて、この人の隣に立ちたい、家族になりたいと思うようになった。
そんな未来がくるなんて、とても想像がつかないけれど。そもそもオルフェリアはまだ片思いなわけで。
けれどこうして赤ちゃんを抱いていると、自分も好きな人の子供を授かりたいなと感じてしまう。
赤ちゃんのほっぺをつついてみる。
やわらかくてマシュマロみたいで、つるつるしている。自然に笑みがこぼれて、わたしの元にもいつか赤ちゃんがきてくれるといいな、と思った。
フレンがパニアグア侯爵邸を訪れるとオルフェリアが先客として滞在していた。
彼女もオートリエに挨拶に来ていたらしい。
フレンは義理の叔母にあたるダイラに出産祝いを持ってきて、せっかくだからオルフェリアをそのまま引き取った。
明日から一緒にルーヴェに行くのに、一秒だって側にいたい。
オルフェリアはダイラの赤ん坊に骨抜きにされている。頬が上気し先ほどからご機嫌だ。赤ちゃんの可愛さを熱心に話してくるから、ダイラの生んだ赤ん坊が女の子でよかったと大人げない感情を抱くフレンである。
「わたしね、はやく赤ちゃんがほしいわ。だってとってもかわいいんだもの」
楽しそうにしゃべるオルフェリアはおそらく何も考えていないのだろう。
絶対そうにきまっている。
破壊力抜群の言葉にフレンが固まってしまったのに、そんなこと一向に構う気配もなくオルフェリアはダイラと彼女の赤ん坊について語りつくしている。
フレンは眩しいものを見るように、目を細めた。いつか見た夢を現実にしたい。
彼女の笑顔を守りたい。家族として、オルフェリアを慈しみたい。愛している。
いつか、きみの隣に夫として立てる日がくるのなら。
そう願わずにはいられない。




