五章 舞踏会へようこそ7
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ホルディと踊り終わったカリナは再び壁の花に甘んじていた。さきほどのあれは運が良かった。そして奇跡的にオルフェリアがこちらの空気を読んでくれた。助け船を出すように見せかけて単にホルディと踊りたかったカリナである。少しくらいは見栄を張りたいのだ。
カリナみたいななんの取り柄もない子爵家の令嬢に進んで声をかける人なんてまずいない。顔だって十人並みだし。かといって財産があるかといえばそんなこともない。内心持参金の心配をしているくらいである。
カリナは壁の花になることにも飽きて、別室に用意されている軽食を見繕っていくつか口につまんで、それから回廊へ出た。
控室で少し休憩でもしようと思った。
もしかしたら母も休んでいるかもしれない。思いがけない慶事で、こんな半端な季節に催された舞踏会。普段は小さな領地に引っ込んでいる季節である。両親に無理を言って出てきてもらった。
カリナとしては貴族階級と結婚をしたいが、上を望むのは無理だろう。なにせ……以下略。
だったら成金貴族で、格式をほしがっている人物だったらまだなんとか自分を売りこめるのではないかと思っている。一応歴史だけはそこそこあるし。
カリナとしてはメイナがさっさとミリアムに見切りをつけたことのほうが驚きだった。王太子妃のお茶会には呼ばれなかったけれど、あの場での出来事ならちゃんと聞いている。令嬢間の情報伝達はとっても早いのだ。
そのかわりメイナはまだカリナの方が横にいて無害だと思ったらしい。まさかルーエン侯爵家への訪問に呼ばれるとは思っていなかった。
オルフェリアには本性を見せてある。彼女は驚いていたけれど、ちょっと考えれば分かりそうなものなのに。だいたい、あんな絶妙な間でぽんと爆弾発言を落とす人間が天然な訳がないではないか。
そんな人物がいたら逆にカリナの方がお目にかかりたい。
カリナは目立たないように迎賓館の西側の階段を使って階下へ降りた。中央階段付近には客人がたくさん溜まっているからあまり通りたくない。西側の階段を下りて地上階へ降りたカリナはなにとはなしに窓の外を見た。かがり火が多く焚かれているので、迎賓館の周囲は本日に限っては明るい。おかげで中庭の様子も平時よりかは分かりやすい。きっと、中庭でも人目を忍んで逢瀬を楽しんでいる人がいるんだろうな、と思ってからもう一度ため息をついた。
なんか、ひがみっぽい。
と、ため息をついているとかがり火によって照らし出された庭園に見覚えのあるドレスが視界を横切った。
今日は庭園にも通常よりも多くかがり火が焚かれているので見通しがよい。
(あれって……オルフェリア?)
こんな時間になんで外にでることが、と考えて白けた。彼女には仲睦まじい婚約者がいるんだから、ようするにそういうことである。
(いいわよね。今が絶賛春真っ盛りって感じで)
最近オルフェリアは可愛くなったと思う。もともと顔立ちはお人形のように可愛いけれど、そういうことじゃなくて表情も態度も恋する少女のそれで愛らしい。婚約したての頃の方がよっぽど堂に入っていたというものだ。婚約して数ヵ月後に初々しい態度を見せてどうする。
偽装結婚だと知る由もないカリナはもちろんオルフェリアの心境の変化なんて分かるはずもない。
てっきり恋人との逢瀬かと思ったカリナだったが、どうやら違うということに気付いたのはオルフェリアのすぐ隣をあきらかに侍女だと思わしき少女が歩いていたからである。二人とも肩かけをかけている。
カリナは窓の近くに寄って外を凝視した。オルフェリアの隣を歩く少女のことが気にかかったのだ。
(あれって……たしか……)
見覚えのあるお仕着せは、たしかミリアムのところ、ジョーンホイル侯爵家のものだ。カリナは何度も侯爵家の街屋敷を訪れているので覚えている。
どうしてオルフェリアがミリアムの侍女と一緒に歩いているのだろう。
ミリアムの指示だろうか。なにがそんなにも気に食わないのか分からないが、ミリアムはオルフェリアのことを目の敵にしている。同性同士、どうしてもそりの合わない子がいるのは理解できるけれど、だったら一緒につるまなくて放っておけばいいのに、とカリナは思う。
と、今はオルフェリアのことだ。こんなところで何かしようものならミリアムだって無事では済まないのに。
ミリアムだって、今はまだ一応同じ寄宿メイトだ。見てしまったものは、気になる。
カリナはその場で腕を組んで唸った。
こういうのは得意ではないのに。
とりあえず、とカリナは踵を返してフレンを探すべく上階へと向かった。
◇◇◇
一方、渦中のオルフェリアは中庭に行ってみたはいいものの、空振りに終わってがっかりした。
がっかりしたものの心の中ではやっぱりね、とも思った。王族も出席する舞踏会だ。警備だってとても厳しい。そんなところにダヴィルドがもぐりこめるなんて、冷静に考えればあるはずもない。
中庭には沢山のかがり火がたかれ、そのへんの広場よりも明るいくらいだ。
夜の散歩だという風を装って一周歩いてみたけれどそれらしい男の影はなかった。
「悪いわね。付き合ってもらって。戻りましょう」
オルフェリアはあっさりと見切りをつけた。
「あら、お嬢様もういいんですか?」
「ええ。それであなたにもう一度聞きたいんだけれど、この手紙を持ってきたのは本当に金髪の男だったのかしら?」
「ええ、そうですわ」
侍女はあっさりと肯定した。
オルフェリアは考える。目の前の侍女がオルフェリアに嘘をつく動機がない。ということはやっぱりダヴィルドの仕業なのだろうか。
招待客でなくても、下働きとかで潜り込もうと思えばなんとかなるかもしれない。
「これを持ってきた人は、どんな格好をしていた? 招待客のようだった? それとも使用人?」
「身なりは、それこそ立派でしたよ。そうそう、思い出しました。実は彼、わたしに言づけを残して行っていたんです」
「言づけ?」
「ええ。たしか……中庭に人が多くいたらゆっくり語れないので、そのときは前庭の方がいいかもって」
「いいかも、って。なにそれ相変わらず適当ね」
オルフェリアはつい悪態をついた。
彼らしい言葉だと思ったからだ。飄々としていて掴めない男。それがダヴィルドの印象である。
オルフェリアは侍女の案内の元、一度建物に戻り、そして中央入口へと誘導された。
入口の広間には歓談に興じる招待客も少なからずいるけれど、だれもオルフェリアらのことを気にするそぶりも見せない。客が出たり入ったりするのはよくあることだからだ。
侍女の少女は当たり前のようにオルフェリアを外へと誘った。
「ねえ、本当にこんなところに彼がいるの?」
前庭と広場の間には確かに植栽が植えられているけれど、中庭よりも面積は狭い。しかも定期的に歩哨が巡回している。
「あら、馬車の方だったかしら」
侍女は首をかしげて前に進む。
オルフェリアも行きがかり上彼女を追うが、次第におかしいことに気がついてきた。
まさか、おびき出されている?
いや、そもそもあの手紙自体がオルフェリアへの招待状だったのだ。それでも、迎賓館の中だからと応じた。外に出てしまっては何かあっても対処のしようもない。
「ねえ、あなた……」
オルフェリアが声をかけると、少女はくるりと振り返った。
そして笑いだす。くすくす、と。
オルフェリアの耳に妙に残った。
「ほんっとう、あなたまだ気付かないの? まあ、わたしの演技力もばっちりだから仕方ないといえば仕方ないけれど。所詮貴族のお嬢様にとって下々の人間なんて覚えるに足りないってことなのかしらね」
侍女は重たい前髪を自身の手ですくって見せた。顔が露わになる。
辺りには招待客の馬車が多く止まっており馬車に付けられた角灯の明かりによって彼女の顔も照らし出される。
昼間のようにはいかないけれど、それでも目の前の少女の顔をオルフェリアははっきりと識別した。
既視感に襲われた。
「あ、あなた……まさか……シ、シモーネ……なの?」




