五章 舞踏会へようこそ5
どうしよう。彼には先日宝石のことで色々と話を聞かせてもらった。オルフェリアはホルディを見上げた。正直、フレン以外の青年とは踊りたくない。
「あら、ルーエン卿。先日は興味深いお話ありがとうございました」
と、そこへカリナが大きな声で割り込んできた。彼女も壁の花に徹していた令嬢のうちの一人だった。
「こんばんは。オズワイン嬢」
ホルディは突然現れたカリナにも挨拶を返した。カリナはオルフェリアに目配せをした。きょとんとして小さく首を傾けるとなんとなく、彼女の視線が冷えた気がした。
もしかして。
オルフェリアはぴんときた。
「わたしは少し疲れてしまいましたので、カリナと踊ってきてはいかがでしょうか」
オルフェリアはホルディに提案をしてみる。カリナが喜色を顔に浮かべて「まあ、是非に」とホルディの腕に自身のそれを絡める。
オルフェリアはホッとした。どうやら正解だったらしい。カリナはオルフェリアを助けるようで、自分をうまく彼に売り込もうとしている。ホルディは「まいったな」と小さく苦笑して、それからカリナをエスコートしホール中央へと歩いていく。
こういうのを持ちつ持たれつというのかもしれない。
カリナは楽しそうに踊っている。
オルフェリアはそれを見届けてそっとその場から離れた。フレンはどこにいってしまったのだろう。
最近顔見知りになったり、話すようになった令嬢らと挨拶をしながらオルフェリアはフレンを探し歩く。彼だって、親しい友人や知人との挨拶があるから忙しいのだろう。舞踏会は社交の場でもあるから夫婦、恋人同士といえど、ずっと一緒にいられないのだ。
(二部は一緒に踊れるかしら)
続き間として解放されている一室の隅の椅子に座ってオルフェリアは一息ついた。
一部と二部の合間に小休憩があり、軽食が出される。今も別の部屋には片手でつまめる軽食が用意されているが、今は主に踊りの時間である。
「こんばんは。メンブラート嬢」
上から声がかかり、見上げるとホルディが佇んでいた。オルフェリアは立ち上がった。
どうやらカリナとは一曲踊っただけで別れたらしい。
「こんばんは。何か用でしょうか」
「用というか、少しあなたとお話がしたかったんです」
ホルディは目じりを下げた。
「わたしと?」
「ええ。リュオンとは去年一年間寄宿舎が一緒でしてね。って、これは以前にもお話ししましたが」
ホルディはいたずらっぽい目配せをした。どうやらリュオンとも親しい付き合いをしていたようだ。くつくつと笑う表情は、彼の素を映しているようだ。
「リュオンがお世話になりました。彼、集団生活は初めてでうまくやれているか心配していたんです。ご迷惑をかけていたら、申し訳ありません」
リュオンは自分自身の学校生活のことをあまりしゃべりたがらない。オルフェリアがそれとなく尋ねても、すぐに話題を変えようとするし、ノーマンが代わりに話そうとするとものすごい剣幕で怒る。
「いいえ。元気のよい、可愛い弟さんで。寄宿舎のみんなから可愛がられていますよ」
女の子のような顔つきも人気の理由の一つです、とホルディはリュオンの名誉のためにも付けくわえなかった。
ホルディの言葉にオルフェリアはほっとした。なんだかんだと溶け込めているようだ。
「よかった」
「彼は勉強熱心ですし、これまでのメンブラート家の当主らとは違って国政にもきちんと関わりたい、その義務もあると考えているようです。寄宿舎に入って、同世代との触れ合いがいい刺激になっているようですね。将来が楽しみです」
ホルディはほがらかに話す。第三者から聞く弟の話にオルフェリアはむずがゆい気持ちになる。褒められると自分のことのように嬉しい。そのくせちょっとさみしくもなる。リュオンはリュオンなりにメンブラート家のことを考えている。それは先日のベルナルドとの会談でも垣間見た。
「おや、さみしそうですね」
黙り込んだオルフェリアのことをホルディがしげしげと眺める。
「いえ。……ううん。少しさびしいのかも。だって、急にあの子が大人になったようで」
人は変わる。オルフェリアだってミュシャレンに来て沢山のものを吸収した。きっとリュオンだって同じことで。
なのに自分の知らないところで庇護対象だと思っていた弟が成長しているのを感じ取ると、嬉しい半面心に隙間風が吹いたような気持にもなる。
「私にはまだあぶなっかしい後輩ですけどね。彼のことは買っているんです。卒業したら、アルンレイヒになくてはならない人物になるでしょう」
「そ、そんな」
ずいぶんな高評価にオルフェリアの方が恐縮した。
「ですから、オルフェリア嬢にはリュオンの姉としてもっと自覚を持っていただきたい」
急に話を振られてオルフェリアはきょとんとした。
それってどういう、と口を開きかけた時。
すぐそばを通りかかった給仕係が突然手元を狂わせて手に持っていた盆ごとグラスを盛大に落とした。
落下音は幸い絨毯に消されて、大きな音にはならなかった。
突然のことに少し離れたところにいた人間も驚きの声をあげる。
「大丈夫ですか?」
ホルディがオルフェリアの姿を検める。
「え、ええ。わたし自身にはなにも……。ですが……」
オルフェリアは足元に視線を落とした。知らずに声がこわばる。
「申し訳ございません」
盆を落とした給仕係の男が蒼白顔をつくった。
オルフェリアのドレスに紅い染みが広がっている。
落としたぶどう酒がかかったのだ。
「まあ、オルフェリアったら。大丈夫?」
「ミリアム……」
人だかりの中から一歩前に出てきたのは今日初めて顔を合わした令嬢、ミリアムだった。
「って、大丈夫って風体でもないわね。控室行った方がいいんじゃない?」
言われなくても分かっている。彼女は別にオルフェリアのことを心配しているわけではない。その証拠に神妙な顔つきをしている割にその口元が微妙に引きつっている。
「申し訳ございません。お嬢様」
給仕係はひたすら平謝りを繰り返す。やがてほかの給仕係がやってきて、オルフェリアのドレスに乾いた布をあてがったり、騒ぎを起こした給仕係を別室へ連れて行こうとする。係の男性はしきりに「なにか眩しいものが」と訴えていた。
「わたし、控室に一度戻ります」
ホルディが何を言いたかったのか気にはなったけれど、この姿のまま留まるわけにはいかない。早く応急処置をしてしまいたかった。
フレンに作ってもらったドレスはとてもきれいだったから内心落ち込んでいるけれど、ミネーレに頼んでどうにか染みを薄くしてもらおう。幸いにして胴衣の部分は無事だから、作り変えることだってできるかもしれない。
オルフェリアは足早に階下の控室にとあてがわれている部屋へと向かった。




