表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

マユと触れて

 幼なじみカオルと、その上司が来た夜に、

 ふわりと剥製棚の前に山本マユが現れた。

 聖は、抱えている厄介な出来事を、一気に喋ったのだった。


「それって、予告で見たかも。母親が顔に包帯巻いてる映画?」

 言ってから、それは新作、マユが見てる筈は無い、マズイと思う。


「違うよ。古い映画。タイトルは、正確に覚えてないけど、<悪を呼ぶ少年>だったような。とにかくベタなタイトル。後のホラー映画に多くの影響を与えた映画よ。<エンゼル・ハート>並にね」

「そうなんだ。多分、それは見てない。だけど、」

 <エンゼル・ハート>は見た。暗く、かったるく、残酷美というような、完成度の高い映画と記憶している。


「<エンゼル・ハート>のね、らせん階段とか換気扇とか壁の血とか、不安を煽る映像は今では月並みだけど、それは<エンジェル・ハート>が初めなの。<悪を呼ぶ少年>はもっと古い映画。静かで怖いの。後々の映画に影響を与えたと思うよ」


 久しぶりにあったマユは、ホラー映画の話題で、とても饒舌だった。

 嬉々とした様子の、(幽霊だけど)心惹かれている、一番親しい若い女性と

 一分でも長く喋りたい。

 頭の中からマユが興味を示しそうな<映画>の情報を探す。


「双子が怖いのは、何だっけ、雪で閉ざされたホテルで、双子の女の子が廊下に立ってる、それだけで怖いのが、あったよな」

 と、言ってみる。

「それはかなり有名ね。……そういうの、知ってるのに、中学生男子の双子が、長い時間、アリスの前から動かなかったのを不自然だと、わからなかった?」

「うん」

 聖は素直に頷く。


(双子の一人が死者だと、全くわからなかった。5月なのにベージュのダウンコートを羽織っているマユを幽霊と感じないように)

 事実はそうとしか言いようがないが、

 マユには説明しづらい。


「三月二十四日に双子の一人が自殺。そして父親が語った<化け猫>が最初に出現したのが同じ日なのよね」

「へっ、そうなんだ」

 マユに言われるまで、日付の一致を見落としていた。


「セイがメモったのが間違ってなかったら、そうじゃない? 三月二十四日……息子が首吊ってるのを、発見した。慌てて下ろし、次に救急車呼んで……それから? 一家も、そろって病院に行ったんでしょうね。最悪の一日だったのに間違いない」

「ショックで、父親か母親のどっちかが、頭ん中ぐちゃぐちゃになって、存在しない猫の幻覚をみたのかな」

 それにしても、具体的で長い妄想話だ。

 聖は……夫婦揃って語った、<化け猫>エピソードを思い起こして、ため息を付いた。


「妄想か幻覚と決めつけられないと思うの。三月二十四日に、最後に家に帰ったのは父親で、本当に、玄関に猫がいたのかも知れない。

……明くる日、二十五日の<化け猫>出現率が最多ね。

一回目は階段に座っていた。母親が殺して生ゴミに出した。二回目は、父親が帰ったとき玄関にいた。給水塔の近くに捨てに行く。それなのに、また家の中に現れたのが、三回目。夫婦は車で川へ行き、河原に生き埋めにした。…… 葬儀の前日ね。その日、一家は自宅にいた」

「じゃあ、本当に<化け猫>が、出た可能性があるのか?」


 だが、<化け猫>が車に轢かれ、風呂場に出没したのは、工房に来た直前、五月の事だ。

 浦上一家は失踪中。自宅には居なかった。

 ……聖は、やはり全て妄想だと思う。

 捨てても殺しても戻ってくる片耳の欠けた<化け猫>など存在しないと。


「セイ、箱に入ってた猫の剥製、塩素の臭いがするって、言ってたよね」

「うん」

「確かに、家の前で車に轢かれてた話は現実じゃない。でもね、浴槽に閉じ込められたのは、その剥製かも」


「無理だろ? 実際、あの一家は、五月十日は、家に居なかった」

「家で無くても、風呂場はあるでしょ」

「………あ、」

 車で家をでたから、ずっと車上暮らしとは限らないのだ。

「お風呂のあるホテルに滞在していたかも知れない。蓋をして、と聞けば、家の風呂場を連想してしまうけど、蓋は、新聞紙でもバスタオルでも代用できる。洗浄液はドラッグストアですぐ手に入る」


「つまり、彼らの話に出てきた猫は、<剥製>の猫ってこと?」

 三月二十四日、自殺した息子の遺体と、病院から帰ってくると、

 気味の悪い<剥製の猫>が玄関に置いてあった。

 それが、実際に起こったことではないかと、マユは語る。


「剥製を、生きている猫と見間違えた、っていうの?」

「生きてる猫、って言ってた?」


 最初は化け物といい、

 野良猫が入り込んでると思った、と言い……。

「猫、とは言ってたけどなあ。二度と戻って来れないように、剥製にして此処に飾っておいて欲しいって、持ってきたんだよ。……あの人たちには、剥製に見えてなかった。そういう事?」


 聖は猫の剥製を箱から出す。


「うわ。ほんとに気味が悪い」

 マユはそう言いながらも、しげしげと眺めた。


「見かけはグロだけど、嫌な感じはしない。中身は空っぽだ。そういうの、シロとか、敏感だから」

 聖は棚のアリスを指差す。

「取り憑いてるのは、分かるから。全然、気配が違う」

 アリスの首が、ちょっと傾き、

 黒目は横に流れ、聖と目が合う。

(嫌な感じで悪かったな)

 と言いたげに。


「今は、空っぽなだけかも」

 ……マユは口の端に笑みを浮かべて言った。

「どういう事?」

 聖は、中身を見る前から、箱に何も感じなかった。

 それは断言できる。


「セイは双子を見たんでしょう。一人は死者だった。スバルくんね。彼なら猫の剥製と一体になれるかも」


「……そんな事ができるんだ」

 聖は、驚いたが幽霊のマユが言うのだから、そうかもしれないと、納得する。


「剥製を、剥製にしてくれって、セイはとんでもない依頼だと思って当然。だけど、剥製に気味の悪いイメージを持っていたとしたら、<剥製の化け物>の処分を考えたとき、剥製屋が頭に浮かんだのかも」

(剥製で検索したら一番に神流工房が)と言っていた。

 しかも霊感剥製士。化け物を預かってくれそうじゃないか。


「中身が剥製なんで、箱を開けないでくれと言ったのか」

 息子が自殺した日に、忽然と玄関に居た、見るに堪えがたいグロテスクな剥製。

 あたかも生きているように……身体を震わせ、ミヤアと鳴いた。

 おぞましさに、早々に玄関から、家の中から払い出す。

 ところが翌日、また現れた。

 少年の死に悼んでいる最中の家に……。


「葬式の晩に、家を出たのは、<剥製の化け猫>が、また戻ってくるのが怖くて逃げたのかな」

「分からない。今はっきりしてる事実は、死んだのはスバル君で、葬式の晩に一家三人いなくなって、此処に猫の剥製を持ってきたというだけね」


「それと、スバルの霊も同行してるってことか」


「なぜ、自殺したのはソラ君だと届けたのか、一家は失踪したのか……手がかりは,この剥製だけ」

 マユは剥製を手に取る。

 今夜のマユは質感が濃い。

 生身の人間ように、しっかりモノに触れるらしい。


「そのわりには、刑事さん達は関心が薄そうだったけどね」


「コレ、誰が造ったと思ってる?」

 マユが聞く。

「双子だろ」

 聖はすぐに答えたあとで、

 憶測だと気づいた。


「誰が造ったにしても、死んだ猫から造ったのか、……そうで無いかはセイにも分からないのね?」

 マユに、重大な事であるかのように問う。

(何でそんな事を聞く?)

 聖は、

 死んだ猫の皮を剥いだと、決めつけていた。

 自分の仕事のように、そうしたと。

 退屈をもてあましている中学生男子二人が、猫の死体を加工したに違いないと。


 コレもまた憶測だと考え直し、改めてグロな剥製を丹念に見る。

 皮の裏側を見るために一部メスで剥がす。


「裏が綺麗すぎるよ」

 死体になる前に、皮を剥がされたのだ。


「ちゃんと見たら、微妙にパーツが重複してる。似たようなキジトラ猫の二匹……二匹以上の毛皮を、使って、る」

 不覚にも聖は泣きそうになった。

 生きた猫の皮を剥がすなんて、剥製屋には考えられないことだから。


「セイ、剥製の猫は、コレ一つじゃないかも知れない。捨てたのに戻ってきたのはスペアがあったからよ」

「誰かが……複数の猫を殺して不細工な剥製を複数造ったのか」 

 出現の様子から考えて

 誰かは、浦上家の中にいるのは確かだ。


「立派な犯罪じゃない。幼なじみの刑事さんに教えてあげなきゃ」

「……だけど、コレだけが証拠じゃあ、言いにくいよ。二匹の死んで直ぐの死骸から剥ぎ取った可能性もあるんだ」


「だったら、他のを探したらどう?」

 マユは(なんと)聖の肩に細い指先を触れて、微笑んだ。

 瞬間、聖の体温は一気に上昇した。


 理由は分からないが

 今夜のマユは、とても生き生きとしている。

「探すってどこを?」

「その人たちの家は、イチジク台は、近いんでしょう? 給水塔と河原。捨てたと行ってた場所を探すの」


(何で俺がそんな真似をしなくちゃいけない?)

 思ったが言えない。

 マユにまた会いたいから。

「シロと一緒に探すのよ」

 念を押された。

「急がないと助けられないよ」

 一家に死の影が憑いていると、まだ話してないのに、

 マユは言うのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ