昴(スバル)と空(ソラ)
カオルの上司が語ったところによると……、
双子の兄、空は自宅で首を吊って死んだ。
第一発見者は母親。
死亡時間は午前一時から六時。
「いつ、ですか?」
「発見されたのは三月二十四日の午前十一時です」
カオルの上司は、手帳で確認するでもなく答えた。
自殺は伏せられ、突然死と公表した。
葬儀には当然、
空と昴の同級生、担任が参列した。
そして……
弔問客に頭を下げる昴が、顔立ちは同じだが、昴でないと、
学校関係者の誰からともなく、言い出したという。
「通報があったんは、昴君の通ってる、紫星学園からなんや、」
カオルは、そこで言葉を濁した。
「そうなの? 自殺した子の友だちの方が、驚くし、騒いだんじゃ無いの?」
聖は、素朴な疑問を口に出す。
「実はな、空君は中学に入ってから不登校やった。参列した同級生は、彼に馴染みがなかった」
自殺したのは、
紫星学園に通っていた昴だった。
友だちは一目でわかったのに、
両親が我が子を間違える筈がない。
何故、自殺したのは空だと届けたのか?
「奇妙な話なんだが、双子の死者と生者が入れ替わってた。これは、親がそうしたとしか考えられない」
困った事だというふうに、上司は両手をあげる。
「なんで、そんな事?」
聖は混乱している。
「聞き捨てならない通報やから、早速、浦上家に行った。そしたらな、浦上の妹がおったんや」
葬儀に集まった親族の中で、浦上の妹だけは、双子をずっと見てきた。
通夜の時から<間違い>が分かっていた。
だが恐ろしくて、兄夫婦に問うことも、誰かに言うことも出来なかった。
しかし、見過ごすわけにはいかない。
「親族がセレモニーホールで解散したのは午後七時。昼からの葬式で夕食はホールで食べたらしい。
妹は一旦、大阪市内の家に戻ってから、夜遅くに浦上家を訪問した。そうしたら鍵は開いてるし、家の照明は全部付いてる。クーラーも付けっぱなし。一家三人と、遺骨と車だけがない、えらいこっちゃと、取り乱してた」
家の中には浦上夫婦の喪服が脱ぎ捨てられていた。
慌てて荷造りした跡もあった。
……それから、
一家三人は、数日経っても連絡が取れず、家に戻ってこなかった。
浦上は勤務先の老人施設を無断欠勤していた。
双子が入れ替わった件について、本人が消えては調べようもない。
事件扱いで捜査するには、情報も、情報の裏付けも足りない。
最優先は消えた一家を捜し出すことだ。
その為に、浦上の妹に捜索願を出す事を勧めた。
「ここに来たのが、五月十四日で、居なくなったのが三月二十六日ですね。その間、どこにいたのか、わからないんですか?」
聖の質問に、刑事二人は揃ってうなずく。
「……殺しても、何度も戻ってくる化け猫の話は、やっぱ妄想だったんですね」
何度も家に入ってくる、片耳の欠けた猫と格闘していたという時期に、
実際は、家にいなかったのだから。
真剣に聞いていた自分を思い出して、馬鹿馬鹿しくもなってくる。
けど、夫婦揃って同じ妄想ってあるのか。
あんな長い話を、全部妄想と決めつけていいのか?
「夫婦の、どっちかが、ヤバい精神状態なんは、間違いなさそうやな」
カオルは、夫の妄想に、妻が合わせるケースもあるという。
あるいはその逆も。
狂気に付き合うことで、関係を保つしか無いのだと。
「セイ、俺は浦上が連れ歩いてる、『悪い方の息子』が心配なんや」
カオルは汗を拭って言う。
真っ赤な顔は熱さに弱そうだった。
「悪い子、なの?」
あどけなさの残る横顔と、白い指を思い出す。
どう見たって、優しそうないい子だった。
「親が、空君を、そう呼んでたんや」
昴は有名中学に通っていた。
空はその中学の受験に落ち、公立中学に進学した。
そこで虐めに会い、すぐに不登校になった。
双子の一人は自慢の息子、
もう一人は不登校、つまり出来が悪い子という意味らしい。
空は、辛い状況だった。
ところが、自殺したのは、昴の方だった。
遺書は無かった。
学校でも、特に問題はなかったという。
「まさか、こんな、家の近くに姿を現すなんてなあ。それも謎なんや」
去り際に、ぼそりとカオルが言う。
聖はまた、びっくりする。
「ご近所なのか?」
いや、そんな筈はない。この山にあんな人は住んでいない。
「イチジク台や。知ってるやろ」
カオルは、ある方向を指差した。
車で三十分程のところにある、高台の住宅地だ。
田舎の感覚ではご近所の範囲だ。
カオルは、
「もしまた来たら、すぐ連絡して欲しい、出来るだけ、引き留めといてくれたら助かる」
と、名刺を置いて去った。
見送った後、
棚の剥製を、双子が触っていたなと、
聖は思い出す。
彼らは……他の剥製には触れず、アリスにだけ興味があるようだった。
アリスは柴犬風の雑種で、地味。
並んでるポメラニアンや、ヒマラヤンのほうが可愛いだろうに。
「お前、なんか、知ってる?」
久しぶりにアリスの頭を撫でてやる。
「教えろよ」
浦上一家三人とも、
死期が近い印、黒い影を纏っていると
山田鈴子は言っていた。
影は薄く、助かる可能性もあるかも知れないとも。
不可思議な、客。
突然の山田鈴子の訪問。
そのうえに幼なじみの刑事がやってきた。
化け猫の剥製依頼に来た一家と関わるのは
避けられない運命と、諦めるしかない。
しかし、謎だらけ。
とても一人じゃ無理。
「双子の一人が、実は死者だった
……それがオチの、古いホラー映画があるわ。
画面には常に二人いるのに、どのシーンでも、一人の名前しか呼ばれないの。
……セイの耳には『スバル』という名しか聞こえてこなかった。
それに、何時間も、スマホもゲームも触らないで、犬の剥製を触ってたんでしょ。
今時の中学生男子二人が、それは無いよ。変だと思わなかったの?」