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幼なじみ

聖は、事件、事故の報道を目にすることを避けた。

あの一家三人が本当に死んでしまえば、

とても平静でいられない気がする。

赤の他人、ただのアポなしの客で、名前すら知らないというのに。


山田鈴子の予知通りであったとしても、

行く先を、例えば彼らが死んだとしても、知らなければ、無関係で済む。

不格好な猫の剥製は、黒い箱に入れ、

陳列棚の一番下につっこんだ。


そのうち存在も忘れる。

それが一番いい。

理性では決断してるのに、後ろめたい。


「俺、無理」

 もしマユが話を聞いてくれたら……、

 あの一家の為に、

 何が出来るか分かるかもしれない。

 でも、姿を見せてくれない。


「請け負った限りはいい剥製を作りたい。けど、無理。修理不可能」

 グロテスクな剥製を猫らしく見えるようにしてやりたい。

 気持ちはある。

 だが、現物を一目見て不可能に近いと判断した。

 熊犬が劣化しすぎていて、剥製に出来ないように、魚の頭の形をした剥製のまがい物は

 必要なパーツが欠けすぎていた。


それから数日、

聖はマルチーズの剥製に没頭した。

奇妙な一家の記憶は薄れていきそうだった。


荷物の配達以外、滅多に来客のない工房に、

また意外な訪問者があったのは

朝から土砂降りの夕暮れ時だった。


若い男が、突然ドアを開け、工房の中に入ってきた。

パソコンでメールをチェックしていた背後で、ドアが開く音。

振り向けば居た。

ショックで、

すぐに声も出ない。


シロは、すぐに不審者に襲いかかった。

威嚇で、うなり、

男が後ずさりしないので、

ズボンの裾に噛みつく。


「うわ」

男と聖は同時に叫ぶ。

人を襲うシロを初めて見た。

やめろと言えばやめるのか?

自信がないし、悪人と選別しての行為なら止めてはいけない。


戸惑う聖の耳に

「シロ、俺を忘れたんか」

と、

男が犬に話してるのが聞こえた。


「あんた、誰?」

「セイ、俺や」


男は座り込み、シロの頭を両手で抱き、大きな顔を向けた。


白いポロシャツの上にポリエステルの黒いパーカーを羽織っている。

そのパーカーには雨粒がついていた。


五分刈りで、四角い大きな顔だった。

……眉毛が太い八の字。

  よくよく見れば、この顔に見覚えはある。


「分校で一緒やった結月薫や」

 名乗られて思い出した。

 厳つい顔に似合わない、綺麗な名前の同級生、だった。

 

 駐在所の息子で、低学年の時に引っ越してきて、多分数年だけ村にいた。


「カオルか?……スッゲー久しぶり」

 聖も中学から村を出たので、長く顔を合わせる機会が無かった。


 シロは、聖の態度を見て威嚇モードを解除した。

「そっくりやけど、ガキの時遊んだシロの筈ないよな。二十年も経ってるんやから」

 カオルはシロの頭を撫でる。

 太い腕の横幅の広い大きな身体だった。


「で、なんでいきなり入ってくんの?」

「ノックしても叫んでも応答無いからやんか」

 カオルはよいしょと、ソファに座る。

 雨の音で聞こえなかったのか?


「実はな、ちょっと気味の悪い、オカルトちっくなことがあってな。セイに助けて欲しいんや」

 申し訳なさそうに言う。

(オカルト? もしかして幼なじみにまで、霊感剥製士と思われてる?)


聖は少なからず、がっかりした。

久しぶりに友達が訪ねてきたと思ったらセールスだった、みたいに。


力になれないと、どう伝えようか言葉を探す。

カオルは聖の返事を

汗を拭きながら待っている。


そのしぐさに、

この幼なじみと会うのが、子供の時以来ではないと思い出した。

カオルは、父の葬式に来てくれていた。

自分が気づかず声をかけなかったのだ。

だんだんと、幼いときの記憶が蘇り、

カオルが何度も顔をハンカチで拭うのは、とても辛いときだと思い出す。

……突き放せない。話だけでも聞くしかない。


聖はカオルの前に座った。


「カオル、それで、なにがあった?」

カオルは真っ直ぐに聖を見て、大きく深呼吸した。


幼なじみは、

幽霊を見たとか、コレは祟りではないかとか、語るのだと予測していた。

だが、全然違っていた。

カオルの訪問の目的は、心霊相談などでは、なかった。


「セイ、まずな、五月十四日の火曜日に、浦上紀夫という男が、家族と一緒に、此処に来たかどうか、教えて欲しいねん。同日の午後一時に村の交番に神流剥製工房への道順を尋ねに来た男が浦上の外見特徴と一致してるわけ、なんや」

 喋りながら、ズボンの後ろポケットから黒い手帳と、パスケースのような物を取り出しテーブルに置いた。

「なあ、来たんか?」

 太い指でパスケースをもぞもぞ開く。

(何?)

 と聖の目はそっちへ。


「俺、コレやねん」

 金のエンブレムと顔写真。

 それが警察手帳と理解するまで、

 あとから恥ずかしくなるほど、長い時間がかかった。


「カオル、おまわりさんなのか……」

 驚いたが、少し考えれば意外でも何でも無かった。

 父親と同じ仕事に就いただけなのだから。


「刑事って二人で行動するんじゃないの?」

 警察官と話すのは初めてだ。

 緊張と興奮と好奇心がいっぺんに沸いてきてしまう。


 カオルは黙ってドアを指差す。

 するとそこに、もう一人いた。

四十歳くらいの、背は高くないが肩幅の広い、細い目が鋭い光を放っている男が、

 警察手帳をかざして立っている。


(いつから、いた?)

聖は、味わったことのない恐怖を感じた。

(これって、事情聴取なのか)


「火曜に、アポなしで家族連れの客が来ました。名前は知りません。男の子をスバルって呼んでたのは聞きました」

 聖はカオルの上司らしき刑事に答えた。


「なんでや。聞いても言えへんかったんか? けったいやなあ」

 幼なじみの口調でカオルは聞く。

 客の名前も知らない。それがどれだけ怪しいか聖にだってわかる。


「そう、奇妙な依頼だったんです」


 ……刑事が二人来た。

 あの家族に何かあったからに違いない。

 最後に会ったのが自分かもしれない。

 状況から考えて、すべて話すしかない……と、

 悪いことをしていないのに、国家権力を前にして犯罪者のような気分に若干なってきてしまう。


聖は、

男と妻が話した事を、思い出せる限り話した。

もちろん、黒い箱も渡した。

ただ一つ、少年が二人いたとは言わなかった。

一人とも言わなかった。

あの家族、という言葉でごまかした。


「あの人たちに、何かあったんですか?」

 最後に聞いた。

 

 殺しても殺しても、戻ってくる化け猫の話に、刑事二人は驚きもせず頷いていた。

 グロテスクな猫の剥製にも全く動じなかった。

 もっと気味の悪い、オカルトチックな何かがあったに違いない。


「行方不明なんです。親族が捜索願いを出してます」

 上司が初めて喋った。


「いつからですか?」

 多分ここに来た後なんだと、覚悟して聞く。


 しかし、返ってきた答えは、

「三月二十六日です」

 だった。

「……」

 頭がこんがらかって言葉が出ない。


「実はね、神流さん。失踪する前に、スバル君の通っている学校から、妙な通報があったんです。彼は昴君じゃない、死んだ双子の兄、ソラ君やと」





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