マユの推理
「スバル君は、うまくやれなかった自分を、責めていた気がするわ」
空は不登校になってまで、ルールを守ったのに。
……そんな時、空が子猫を拾ってきた。
新たな相棒のように愛情を注いだ。
昴は自分も猫に関わりたかった。
「片耳のほうがカッコイイって、言ってたんでしょう?
それ本心だと思うの。耳を切ったら死ぬとは、思ってもいなかった」
「父親が川に流したから死んだと、言い張ってはいたけどね」
「自分のせいだと認めるのがキツかったんだ」
「アイツ、<死んだ猫を生き返らせる方法>をネット検索して、<不死の剥製犬>を見つけたらしい」
結月薫から聞いた話だ。
「スバル君、生きた剥製を造ることが出来たら、アスカも再生出来ると思ったのよ」
「だからって、俺は、ちっとも許せない」
昴が子猫を殺した事実は重い。
「目的がある分、躊躇がないんだよね。でもね、スバル君、可哀想だよ。彼にはソラ君しかいなかったのに、嫌われて、殺されて……」
空は……
昴が息をしていないのを知って
叫んだ。
部屋に入ってきた両親は
さほど取り乱さなかった。
暫く、棒のようにつったって
黙って
電気コードを首に巻いて
膝を抱くようにして縮こまった姿の、
息子を眺めていた。
「ソラは……、コイツは、いつかこうする気がしてた」
最初に父が言った。
空の部屋だし
部屋着はお揃い。
何より短い遺書もあった。
死因の電気コードの先がどこにも結ばれていないのを
父は不審がりもしなかった。
「でも、ソラ君は事実を伝えられたのよね」
「わざわざ言わなくても、落ち着いて顔みたら、すぐにわかる事だと、その場は思ったらしい」
と、これも薫から聞いた。
ところが、
浦上が真っ先にしたのは、青白い顔で震えている空への気遣いでは無く、
紫星学園への連絡だった。
兄弟の葬式だ、クラスメイト、担任、学園長も葬式には来る。
息子の死体の横で、嬉々として語った。
進級不可が確定し、年度替わりに籍が抜ける事実を
いま、葬式に参列させる事でリセットできると思っている……。
空には、父の場違いなハイテンションが、そう映った。
それに、自分の死を嘆いていないのも、よくわかった。
「そっか。三月末日までは、スバル君は紫星学園の生徒になるのね。学園側も、その規定があるから、在校生扱いの対応をしたのね。それで、お父さんとお母さんは、いつ間違いに気がついたの? 」
「葬式の時だと父親は言ってる。隣に座ってるのは空だと、さすがに、気がついた」
「信じられないよ。自分の子供でしょ。双子だからって、気付くのが遅すぎるよ」
「<化け猫>に気を取られていたからと、浦上は弁解してるんだ」
三月二十四日の午後
昴の遺体と病院から戻る。
空は、昴の部屋に入った。
腐敗と芳香剤の強烈な臭い。
クローゼットの中に剥製猫があるのは知っていた。
「ソラくん、気味が悪いから、処分したのかな」
「それがさ、カオルに聞いたけど、確認してないらしい。事件に関係ないんだってさ」
病院で、葬儀屋と打ち合わせ、葬儀は二十六日と決めた、
自殺の場合、家族葬を選ぶ遺族もある。
しかし、浦上は(通夜は家でします。家族だけで。しかしね、弟が紫星学園に通ってるんです。知ってるでしょう? あの名門校です。みっともない式はできません)
と言ったらしい。
翌二十五日、浦上は出勤し、
午後七時に家に帰った。
昴の遺体は一階の居間に置かれていた。
空は昴の部屋にいた。
「その夜、ソラは玄関に剥製猫を置いたんだろうな」
「うん………あ、でも、ちょっと変よ、それ」
マユはひと差し指を顎にあて、小首を傾げ、
そして微笑んだ。
「ソラくんじゃないよ」
「じゃあ、スバル? ソラが自分のコレクションを処分したと怒ってたから違うよ。それに、アイツには物体を動かす力はない」
「スバル君の遺体の側にあった筈の、剥製猫を隠した……お母さんなんだわ」
「へっ? お、お母さん。なんで?」
「ソラ君は、スバル君が剥製猫を持ってたと、言ってたんでしょう?」
両親が空の部屋に入ったとき、
剥製猫も、転がっていた事になる。
あんな気味の悪いモノを見たら印象に残る。
父親が見ていたら、
<化け物>の正体を
この時に知っていた筈だ。
つまり、剥製猫は消えていた。
誰かが隠した。
空じゃ無い。
「ねえ、お母さんは、スバル君が剥製を造ってたのを知っていたと思わない? それに、母親なんだから、どっちが死んだかも解ってた。当たり前に考えたら、そうでしょう?」
「間違えたのは、父親だけだったのか。なぜ、違うって、言わなかったんだろう」
「真実がわかったら、夫が次にどういう行動にでるか、予測できた。
……言えなかったんだと思うよ。
……剥製猫で夫を怖がらせたのも、夫の意識を、ソラ君から離すためだったかも。
死んだのはスバル君だと知られたくない。勘違いしてくれてる方がまだマシ。
僅かな時間稼ぎが、必要だった」
マユの推理では、浦上の妻の行動はこうだ……。
三月二四日、
玄関に剥製猫を置いた。
夫が、気味悪がると。
夫は自分が川に流した耳の欠けた猫に似ていたと、
<化け物>だと、ひどく怖がった。
翌日、出勤した夫に、電話で<化け物>の作り話を喋り、
帰宅時間に、
また、猫を玄関に置く。
夫は、どこかに捨てに行く。
昴の部屋からまた一体持って来る、
今度は食堂のテーブルの下に置き、
悲鳴を上げる
夫は、恐怖の余りパニックになった。
そして、川に捨てに行った。
葬式まで、
浦上は<化け物>に振り回され、
結局、空と向き合わなかった。
死んだのが昴とバレなかったのだ。
「浦上が途中で剥製と気づいたら、どうなってた?」
「そうなれば、スバル君が造ったと、話すつもりだったんでしょう。でも、夫の性格をよく知っていたでしょうから<化け物>と思わせるのは簡単だったのよ」
「そっか。じゃあ、……家の前で死んでた猫だけ、日時にズレがあるのは、ついでに加えたから、だったのか」
聖は黒い箱を前に<化け物>の話をしていた浦上夫婦を思い出す。
二人揃って、同じ妄想に取り憑かれてると思った。
薫は、一人が、妄想とわかり付き合ってる場合もあると言っていた。
刑事の見解は、ある意味正しかった気がする。
ついでに、一時間程度の対応と感じたのに、
随分時間が経っていて薄気味悪かったことも思い出す。
あれは、
実害は薄いが、怪奇現象としか説明がつかない。
ひょっとして、生きたまま生皮を剥がれた猫たちの怨念が
黒い箱の中にあった<剥製猫>に取り憑いて
時間の歪みをもたらしたかも。
同じ怨念が他の剥製にも宿っていたなら、
浦上を怖がらせる力はあったかも。
いや、違う。
<剥製猫>に悪い感じはなかった。
禍々しい何かは
アレは、
浦上から湧き出ていたんじゃないか?




