表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/15

双子のルール

聖は、<人殺しの印>を見逃していた。

「そっか。双子だからな」

ちっとも不自然に見えなかったのは、仕方ないと思う。


幽霊の昴は、自身の<死>を知らない。

空が、自殺したと、今言った。


双子の左手は、寸分狂わず、同じに見えた。

一人が<死者>なら、

もう一人が、<人殺し>に違いない。


「ソラくん。……警察に連絡するよ。……君は、おまわりさんに、話さなきゃいけない事があるよね」

横になって眠ってるように見える空の

耳元で囁いてみる。

微かに頷いた。

熟睡していない。

(多分寝不足で)朦朧としてるだけ。


結月薫にメールを送る。

「浦上一家が来てる。親は二階。息子は下で寝てる」

と。


「ソラは、使えない奴だったんだ。それで、ちょっと責めたら、ナーバスになって、自殺しちゃってさ。元々、ネガティブ思考だったけどさ。……それがさ、チキン野郎のくせに、幽霊になったとたん、急にポジティブに変化したんだ。わがままになって、勝手なことを始めた……俺の大事な、秘密のコレクションを、勝手に触って、父さんと母さんに、見せたんだ。そんなことしたら、捨てられるに、決まってるのに、」

 昴が、一生懸命話してる。

 聖は答えられない。

 自分の<死>を知らぬ、幽霊の少年。

 どう対応していいか、わからない。


 聖が相手にならないので、

そのうちに昴も黙った。

 

暫く、工房の中は、途絶えることの無い川の音だけに包まれる。


「……ねえ、ソラは自殺したから天国に行けないのかな?」

遠慮がちな昴の声は、憂いを含んでいた。

<成仏しない兄弟>を気遣うように。


 「さあ……、どうだか」

 聖は、答えてやる。

 昴は、まだアリスの側にいる。


 なんだか、相手をするのも、見てるのも辛くて、

 聖は空が寝そべってる向かいに、

 柔らかなソファに腰を下ろした。


殺された子より、

殺した子の側にいたいと何故思うのか?


 <空>は、

華奢で、青白い肌、可愛らしい小顔。

贅肉も筋肉も薄い、細長い手足。

まだ子供。

綺麗な少年。

それが、すっぽり、漆黒のオーラで包まれている。

深い悲しみの果ての、痛々しい絶望が、浦上空ソラに、へばりついている。


 後ろで、また、昴の声がする。


「この犬の剥製、生きてるよね。二匹の犬を合体させて、造ったんだよね(アリスが実質は、二匹の犬で造られていると、見抜いていた)……俺も考えたんだ、一匹では駄目なんじゃ無いかと。数匹の猫を使ったのは、正しかったんだよね。成功してたかもしれないんだ。それなのに、ソラが、父さんと母さんにゴミのように、捨てさせたんだ。……ねえ、ソラは今、悪霊状態? この先俺の邪魔ばっか、するの? ……もしそうなら、正直ウザイ。いらない。アンタが駆除してくれたら、メッチャ、助かるんだけどさ、」


 空は目を閉じたままだ。

 目尻から、涙が一筋。

 眠っては居ない。

 

「君は、アイツを、」


と、聞いてみた。

暫く間があって、

空は、

「うん」

と、微かな声だが、反応した。


「何故?」


 覚悟を決めたのか、眠ってるふりをやめて、目を開け、

 起き上がった。


「……初めにルールを決めたときから、無理なプランだったんだ」


「どんな、ルールなの?」

「紫星学園を受験すると決まった時に決めたルール。どっちかが、まぐれで受かっても、無理っぽいからさ、落ちた方が宿題とか、捨てがたいゲームーのフォローする事にして、」

と、空は聖の目を見て、話し始めた。

すると、


「凄いや、ソラが喋ってる。神流さんは、コイツが見えるだけじゃなくて、話も出来るのか」

隣で、昴が話を遮った。


アリスの前から移動してる。

空は、困ったような顔で、昴を見た。

次に、

自分の耳の前で手をヒラヒラさせて

助けを乞うように聖を上目遣いで見る。

 

 どういう事だ?

 聖は数秒考える。


「ね、え、もしかして……キミはソラ君と、コミニュケーションが取れないの?」

 聖は、幽霊の方に聞いてみた。


「うん。ソラが死んでから、姿は見えるけど、話しかけても、答えてくれないんだ」

 昴は少々悲しげに答える。


「成る程」

聖は、記憶にある双子の言動を再生し、頭の中を整理する。

一度も双子が話してるのを見ていない。

二人は黙って剥製棚のアリスの、前に居た。

とても静かに寄り添っていた。


空は昴が見えている。

その声も聞こえてるようだ。


昴は空の姿が見え、声も聞こえてる。

でも、昴が話しかけても、空は答えなかった。

だから、昴は、(彼にとって幽霊の)空とコミュニケーションがとれないと思った。


空は

昴の声が聞こえるが、<対話>は出来なかったのか?

それとも、<対話>を拒絶してるのか?

まだ、解らない。

どちらにしても、さしあたって、空から話を聞きたい。


「スバルくん、君の声はソラ君には届いてないのかもしれないよ。だからさ、無駄だから、ちょっと黙って聞いててくれるかな」

 言ってみた。

 昴は、素直に「うん」と答えた。


「それは……君たち二人が、中学受験したときに、決めたルールなのかな?」

「そうだよ。僕らは、六年まで、中学受験のための塾には行ってなかったんだ。同じ小学校の友だちは、数人通ってた。六年の夏休みに、なんでだか、その有名塾の、公開模試を、受けさせられたんだ。メチャ、ムズかった。だけど、国語と算数だけなら、紫星学園のB判定が出たんだ」

 聖も、その公開模試は受けた覚えがある。

 結果、有名進学校じゃない、中学を受験した。

(寮があるから、ココに決めよう。お前は、この山からでなくちゃいけない)

 父の言葉と、遠い記憶が蘇る。

 通っていた小学校(分校)から皆が行く公立中学に、歩いても、自転車でも遠すぎた。

 父が毎日車で送迎するより、寮のある学校を薦めたのは、当然だと解っていた。

 時間も体力もロスがない、現実的な選択だった。


浦上夫婦は、息子達を、通学に二時間もかかる学校に行かせようとした。

毎日通うには遠すぎる。

実利的ではない。


「紫星学園に入れたら、国立大、医者にも弁護士にも、なれるって、父さんと母さんは舞い上がっちゃったんだ。六年の夏休みが終わってから、僕らは塾に行かされた。国語と算数だけの受講。平日の夜は時間的に無理だから土日だけ。冬休みの直前特別講義はいったけどね」

 両親は双子の中学受験に全力を注いだらしい。

 高額な塾の費用。

 駅までの送迎。

 多大な先行投資をしても、元は取れると夢を見た。

 その上、

 無理な借金をして、

 イチジク台に中古の家も買ってしまった。


有名私学に通うのに、団地住まいでは肩身が狭いと、父親が言い出したらしい。


「紫星学園」のブランド力が、浦上夫婦に与えた高揚感は大きかった。


だが、双子には解っていた。

合格最低ラインの点は取れても、入学後の授業について行けないと。


塾の友だちは、受験科目以外の勉強を少なくとも三年生からスタートさせていたし、私立小学校に通っている子も多数いた。


「一人じゃ、宿題やる時間ないんだよ。手分けするしかない」

宿題は、空がやっていた。


「ムズいから、時間かかるじゃん。徹夜になるんだよ。すぐにさ、学校行くの諦めた」

昴は、毎朝五時に起きて、六時の電車に乗って通学し、八時限目までの授業を終え、夜九時前に帰宅する。宿題をする気力も体力もない。

昴の唯一の楽しみの、ゲームも、先へ進むレベルアップに費やす時間はない。

これも、双子の決めたルールで、

(入試に落ちた)空の役目となった。


「二年、俺はがんばってやったんだよ。でもさ、昴は三年生には進級できないって決まった」

二学期の成績が出た時点で、

担任は公立中学への転入準備を進めた。

だが、両親は聞く耳を持たなかった。

(三学期で本気出して頑張れば、大丈夫)

本心からの言葉なのか、

願望が妄想になったのか解らない。

両親は担任に言った同じフレーズを昴にも言い続けた。

(三学期で本気出して、)と。


「あの時点で、もう終わってたんだ。誰も笑わない、最悪の冬休みだったよ。

俺はスバルの<冬休みの宿題>は手伝わなかった。無意味だからね」

 クリスマスも正月も浦上家には訪れない。

 でも、

「……アスカを拾ったんだ。元旦の、夜にね」

空は、猫を飼うのが幼い頃からの、ささいな夢だった。

ずっと団地住まいで叶わなかったが、戸建ての家なら飼うことが出来る。


崩壊しそうな精神状態だった空が求めた、唯一の救いだった。


両親は猫を飼うのを反対しなかった。

昴の進級問題以外は、どうでも良かった。


「それをさ、スバルが殺しちゃったんだ。耳を切って」


「殺したのか?」

 聖は、隣の昴に言う。


「違うって、コイツわかってないだけ。俺は耳を切っただけ。片耳のが、絶対、格好いいんだから。あの時点では死んでない。動いてたし、鳴いてた。だから、俺は殺してないでしょ? 殺したのは父さんだよ、流血にビビッて、死ぬって決めつけてさ、川に捨てたから死んだのさ」


「……わかったから、もういい。黙ってて」

(気分が悪くなるから)

 自分が聞いたくせに、聖は耳を塞いだ。


「俺は、スバルを責めた。そうしたら、アスカは死んだんじゃ無い、形状変化するんだ、超アスカ、不死猫になるとか、言い出してさ」

昴は一人でアスカの死骸を回収し、

<剥製屋が造った不死の白い犬>の話を熱く語った。


「スバルはアスカを剥製にした。でも、失敗した」

冬休みの間、昴は剥製造りに没頭した。


「テキトーに造った不細工な剥製だよ。特別なパワーなんてないさ。動くわけ無いじゃん」

昴は諦めなかった。

アスカは、死後時間が経ちすぎていたと、空に言い訳し、

給水塔に居る子猫をさらってきて、剥製にする為に殺した。


「うんざりしたんだよ。……もう昴を見るのも嫌で、父さんも母さんも、三学期の終わりになっても、昴が一発大逆転して、進級できると信じてるのも、もう、耐えられなかった」

 昴の留年が決定したのは三月十八日。

 三日後の終業式は出席停止では無いが、慣例では学園を去る生徒は欠席していた。

 

 昴は、三月十八日から二十四日の朝まで、家に居た。

 死の直前の一週間だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ