双子のルール
聖は、<人殺しの印>を見逃していた。
「そっか。双子だからな」
ちっとも不自然に見えなかったのは、仕方ないと思う。
幽霊の昴は、自身の<死>を知らない。
空が、自殺したと、今言った。
双子の左手は、寸分狂わず、同じに見えた。
一人が<死者>なら、
もう一人が、<人殺し>に違いない。
「ソラくん。……警察に連絡するよ。……君は、おまわりさんに、話さなきゃいけない事があるよね」
横になって眠ってるように見える空の
耳元で囁いてみる。
微かに頷いた。
熟睡していない。
(多分寝不足で)朦朧としてるだけ。
結月薫にメールを送る。
「浦上一家が来てる。親は二階。息子は下で寝てる」
と。
「ソラは、使えない奴だったんだ。それで、ちょっと責めたら、ナーバスになって、自殺しちゃってさ。元々、ネガティブ思考だったけどさ。……それがさ、チキン野郎のくせに、幽霊になったとたん、急にポジティブに変化したんだ。わがままになって、勝手なことを始めた……俺の大事な、秘密のコレクションを、勝手に触って、父さんと母さんに、見せたんだ。そんなことしたら、捨てられるに、決まってるのに、」
昴が、一生懸命話してる。
聖は答えられない。
自分の<死>を知らぬ、幽霊の少年。
どう対応していいか、わからない。
聖が相手にならないので、
そのうちに昴も黙った。
暫く、工房の中は、途絶えることの無い川の音だけに包まれる。
「……ねえ、ソラは自殺したから天国に行けないのかな?」
遠慮がちな昴の声は、憂いを含んでいた。
<成仏しない兄弟>を気遣うように。
「さあ……、どうだか」
聖は、答えてやる。
昴は、まだアリスの側にいる。
なんだか、相手をするのも、見てるのも辛くて、
聖は空が寝そべってる向かいに、
柔らかなソファに腰を下ろした。
殺された子より、
殺した子の側にいたいと何故思うのか?
<空>は、
華奢で、青白い肌、可愛らしい小顔。
贅肉も筋肉も薄い、細長い手足。
まだ子供。
綺麗な少年。
それが、すっぽり、漆黒のオーラで包まれている。
深い悲しみの果ての、痛々しい絶望が、浦上空に、へばりついている。
後ろで、また、昴の声がする。
「この犬の剥製、生きてるよね。二匹の犬を合体させて、造ったんだよね(アリスが実質は、二匹の犬で造られていると、見抜いていた)……俺も考えたんだ、一匹では駄目なんじゃ無いかと。数匹の猫を使ったのは、正しかったんだよね。成功してたかもしれないんだ。それなのに、ソラが、父さんと母さんにゴミのように、捨てさせたんだ。……ねえ、ソラは今、悪霊状態? この先俺の邪魔ばっか、するの? ……もしそうなら、正直ウザイ。いらない。アンタが駆除してくれたら、メッチャ、助かるんだけどさ、」
空は目を閉じたままだ。
目尻から、涙が一筋。
眠っては居ない。
「君は、アイツを、」
と、聞いてみた。
暫く間があって、
空は、
「うん」
と、微かな声だが、反応した。
「何故?」
覚悟を決めたのか、眠ってるふりをやめて、目を開け、
起き上がった。
「……初めにルールを決めたときから、無理なプランだったんだ」
「どんな、ルールなの?」
「紫星学園を受験すると決まった時に決めたルール。どっちかが、まぐれで受かっても、無理っぽいからさ、落ちた方が宿題とか、捨てがたいゲームーのフォローする事にして、」
と、空は聖の目を見て、話し始めた。
すると、
「凄いや、ソラが喋ってる。神流さんは、コイツが見えるだけじゃなくて、話も出来るのか」
隣で、昴が話を遮った。
アリスの前から移動してる。
空は、困ったような顔で、昴を見た。
次に、
自分の耳の前で手をヒラヒラさせて
助けを乞うように聖を上目遣いで見る。
どういう事だ?
聖は数秒考える。
「ね、え、もしかして……キミはソラ君と、コミニュケーションが取れないの?」
聖は、幽霊の方に聞いてみた。
「うん。ソラが死んでから、姿は見えるけど、話しかけても、答えてくれないんだ」
昴は少々悲しげに答える。
「成る程」
聖は、記憶にある双子の言動を再生し、頭の中を整理する。
一度も双子が話してるのを見ていない。
二人は黙って剥製棚のアリスの、前に居た。
とても静かに寄り添っていた。
空は昴が見えている。
その声も聞こえてるようだ。
昴は空の姿が見え、声も聞こえてる。
でも、昴が話しかけても、空は答えなかった。
だから、昴は、(彼にとって幽霊の)空とコミュニケーションがとれないと思った。
空は
昴の声が聞こえるが、<対話>は出来なかったのか?
それとも、<対話>を拒絶してるのか?
まだ、解らない。
どちらにしても、さしあたって、空から話を聞きたい。
「スバルくん、君の声はソラ君には届いてないのかもしれないよ。だからさ、無駄だから、ちょっと黙って聞いててくれるかな」
言ってみた。
昴は、素直に「うん」と答えた。
「それは……君たち二人が、中学受験したときに、決めたルールなのかな?」
「そうだよ。僕らは、六年まで、中学受験のための塾には行ってなかったんだ。同じ小学校の友だちは、数人通ってた。六年の夏休みに、なんでだか、その有名塾の、公開模試を、受けさせられたんだ。メチャ、ムズかった。だけど、国語と算数だけなら、紫星学園のB判定が出たんだ」
聖も、その公開模試は受けた覚えがある。
結果、有名進学校じゃない、中学を受験した。
(寮があるから、ココに決めよう。お前は、この山からでなくちゃいけない)
父の言葉と、遠い記憶が蘇る。
通っていた小学校(分校)から皆が行く公立中学に、歩いても、自転車でも遠すぎた。
父が毎日車で送迎するより、寮のある学校を薦めたのは、当然だと解っていた。
時間も体力もロスがない、現実的な選択だった。
浦上夫婦は、息子達を、通学に二時間もかかる学校に行かせようとした。
毎日通うには遠すぎる。
実利的ではない。
「紫星学園に入れたら、国立大、医者にも弁護士にも、なれるって、父さんと母さんは舞い上がっちゃったんだ。六年の夏休みが終わってから、僕らは塾に行かされた。国語と算数だけの受講。平日の夜は時間的に無理だから土日だけ。冬休みの直前特別講義はいったけどね」
両親は双子の中学受験に全力を注いだらしい。
高額な塾の費用。
駅までの送迎。
多大な先行投資をしても、元は取れると夢を見た。
その上、
無理な借金をして、
イチジク台に中古の家も買ってしまった。
有名私学に通うのに、団地住まいでは肩身が狭いと、父親が言い出したらしい。
「紫星学園」のブランド力が、浦上夫婦に与えた高揚感は大きかった。
だが、双子には解っていた。
合格最低ラインの点は取れても、入学後の授業について行けないと。
塾の友だちは、受験科目以外の勉強を少なくとも三年生からスタートさせていたし、私立小学校に通っている子も多数いた。
「一人じゃ、宿題やる時間ないんだよ。手分けするしかない」
宿題は、空がやっていた。
「ムズいから、時間かかるじゃん。徹夜になるんだよ。すぐにさ、学校行くの諦めた」
昴は、毎朝五時に起きて、六時の電車に乗って通学し、八時限目までの授業を終え、夜九時前に帰宅する。宿題をする気力も体力もない。
昴の唯一の楽しみの、ゲームも、先へ進むレベルアップに費やす時間はない。
これも、双子の決めたルールで、
(入試に落ちた)空の役目となった。
「二年、俺はがんばってやったんだよ。でもさ、昴は三年生には進級できないって決まった」
二学期の成績が出た時点で、
担任は公立中学への転入準備を進めた。
だが、両親は聞く耳を持たなかった。
(三学期で本気出して頑張れば、大丈夫)
本心からの言葉なのか、
願望が妄想になったのか解らない。
両親は担任に言った同じフレーズを昴にも言い続けた。
(三学期で本気出して、)と。
「あの時点で、もう終わってたんだ。誰も笑わない、最悪の冬休みだったよ。
俺はスバルの<冬休みの宿題>は手伝わなかった。無意味だからね」
クリスマスも正月も浦上家には訪れない。
でも、
「……アスカを拾ったんだ。元旦の、夜にね」
空は、猫を飼うのが幼い頃からの、ささいな夢だった。
ずっと団地住まいで叶わなかったが、戸建ての家なら飼うことが出来る。
崩壊しそうな精神状態だった空が求めた、唯一の救いだった。
両親は猫を飼うのを反対しなかった。
昴の進級問題以外は、どうでも良かった。
「それをさ、スバルが殺しちゃったんだ。耳を切って」
「殺したのか?」
聖は、隣の昴に言う。
「違うって、コイツわかってないだけ。俺は耳を切っただけ。片耳のが、絶対、格好いいんだから。あの時点では死んでない。動いてたし、鳴いてた。だから、俺は殺してないでしょ? 殺したのは父さんだよ、流血にビビッて、死ぬって決めつけてさ、川に捨てたから死んだのさ」
「……わかったから、もういい。黙ってて」
(気分が悪くなるから)
自分が聞いたくせに、聖は耳を塞いだ。
「俺は、スバルを責めた。そうしたら、アスカは死んだんじゃ無い、形状変化するんだ、超アスカ、不死猫になるとか、言い出してさ」
昴は一人でアスカの死骸を回収し、
<剥製屋が造った不死の白い犬>の話を熱く語った。
「スバルはアスカを剥製にした。でも、失敗した」
冬休みの間、昴は剥製造りに没頭した。
「テキトーに造った不細工な剥製だよ。特別なパワーなんてないさ。動くわけ無いじゃん」
昴は諦めなかった。
アスカは、死後時間が経ちすぎていたと、空に言い訳し、
給水塔に居る子猫をさらってきて、剥製にする為に殺した。
「うんざりしたんだよ。……もう昴を見るのも嫌で、父さんも母さんも、三学期の終わりになっても、昴が一発大逆転して、進級できると信じてるのも、もう、耐えられなかった」
昴の留年が決定したのは三月十八日。
三日後の終業式は出席停止では無いが、慣例では学園を去る生徒は欠席していた。
昴は、三月十八日から二十四日の朝まで、家に居た。
死の直前の一週間だ。




