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饒舌な幽霊

聖は浦上に

学生証を今見つけたと詫びる。

なんで謝らなきゃいけないのか、少々納得いかないが。

すると、どうだ。

双子の父の声は、高くなり、

「そうですか、二十分程で、取りにうかがいます」

と嬉しげに言って、切れた。


「い、今から来るらしい。どうよ、ねえ、なんで、こういう展開になるんだ?」

聖はマユとシロに訴える。

シロは、飛びついてワンワン吠える。

マユは、間近に笑顔を見たと思ったら、消えた。


雨は降り止まない。

聖はなんて長い一日だとため息をつく。


十五分で、浦上一家は来た。

前来たときと、三人は、それぞれの服が違ってる。

父親はグレーのジャージの上下。

母は、半端な寸のパンツと生成りチュニックと軽装だ。

空は白いTシャツと紺のジャージ。


昴だけは、前と同じ、オレンジのジャージの上下、だった。


まとめて四人みても、

昴が死人と解らない。


一番愛想良く頭を下げてるのだから。


なだれ込むように入ってきて、ソファに座りもせず、四人ウロウロする。


「やれやれ、狭い車の中から、やっと出れた。ありがとうございます」

と父親は頭を下げる。


「二階があるんですよね」

母親は、作業室のドアの向こうまで勝手に行き、階段を見上げている。

物欲しげなまなざし


遠慮する余裕もなく、

救済を求めている。

車の中で無い、屋根の下で手足を伸ばして横になりたいのか?


「二階、ありますよ(外から見ればわかるでしょ?)そこの階段上がって、廊下の左の部屋、良かったら使ってください。シーツ、部屋の棚にあったと思います(最低でも三十年以上、使ってない部屋だけど)」


神流剥製工房は、元々、森の木の伐採作業の為に作られた作業小屋だった。

つまり、作業員の宿泊施設だったので、二階には、トイレ二つ、寝室が六部屋ある。

それぞれの部屋は八畳で、ベッドとサイドテーブルが置いてある。

小さな窓があり、壁の一面が棚の、同じ間取りだ。

 

聖は、川に面した側の、真ん中の部屋を子供の頃から、使っていた。

シロも同じ部屋の、床で寝ていた。


学生証を受け取り、さっさと出て行くつもりは全くなさそうだし、

ずっと側をウロウロされるのも嫌だった。

浦上夫婦二人は、礼の言葉もなく、ふらふらと階段を上っていった。

 

双子が、剥製棚の前に残った。


「お父さんと、お母さんは、随分疲れてるみたいだね」


「エコノミー症候群だろ。ずっと車の中だから」

答えたのは昴だ。

またしてもアリスを撫でている。


「そう、俺も限界」

空の方は、言うなりソファに移動しゴロリと横たわった。


「彼は相当参ってるみたいだね。君は疲れてないの? 浦上スバル君だったっけ」


出来るなら、生きてる方と話したいが、仕方ない。

元気そうな方に話しかけた。


昴は、フルネームを呼ばれても驚いた様子はない。


「やっぱりな」

と呟き、ククッと一人笑い。


問われた事に答える気はないようだ。

側に立つ聖を見もしない。


無視されたし、朝から走り回って疲れてた。

聖はパソコンの前に座る。

(行方不明の浦上一家が来た。カオルに知らせなきゃいけないんだ)

最低限、自分がすべきことを頭の中で確認する。

足下にシロが来る。

もたれかかって、今にも眠りそうだ。


……そういえば、浦上一家が入ってきたとき吠えもしなかった。

疲れて眠かったのかなと思う。


スマホを手にし、カオルに電話を掛けようとしたら、


「ねえ、この犬だろ、生きてる剥製。凄いや、完璧に普通の犬だ」

昴がシロの横にしゃがんで、言う。


「君、今、何いったん? ……ゴメン、もう一回言って」

昴の言葉を、一言一句聞き逃さなかったが、それでも突飛すぎて意味不明。

聖の頭ん中は、<はあ?>の文字で埋まってしまった。


「霊感剥製士、神流聖は、本物だったんだ。……噂の白犬は実在した」

 昴は嬉々として、聖の足にもたれてるシロを見下ろし、喋る。

 が、

 聖が聞いた質問の答えには、なってない。


「スバル君、俺を見て。ちゃんと話そうよ」


幽霊の少年は一人喋りを止めた。

でも、聖に顔を向けてはくれない。

シロの隣に、膝を抱える格好に座り直し、

頭を膝の上に載せる。


「本物の霊能者なんだ。……じゃあ、ボクの剥製も、この犬みたいに出来るのかも。そんでもって、怨霊退治もできたりして」

昴は、独り言のように言う。


聖は、くたくたで思考は冴えない。

……生きている剥製

……霊能者

前者はシロで、

後者は自分だと、聞いたことばから拾えたのはそれだけ。


「俺の犬が、剥製だと、言った?」

聞いてみた。

かなり長い間をおいて、

「うん」

と、昴は答える。

半分寝かかっていた聖の頭が急速に機能し始める。

カオルに電話するのは、この子と話した後でもいい、と決める。


「まず、それから聞きたいな。どうみても普通の生きてる犬だよ。今は寝てるから静かなだけ。君は、俺の犬が剥製に見えるのか?」


「剥製には見えないよ。それが凄い。この犬は、老犬の生皮を剥いで造った剥製なんでしょ? 奈良の山奥の剥製屋が造った、フランケンシュタイン犬、なんだよね」

フランケンシュタイン犬?

 シロが?

 

 聖は、馬鹿馬鹿しくて笑った。

「あほらしい」

と言い捨てた。

だが、今や眠気はどっかに飛んでいき、

頭の中は冴えていた。


……シロは、物心ついたときにから側に居る。

犬が三十年近く、生きる可能性はあるうだろうが、こんなに元気な筈は無い。


自分が中学から工房を出てる間に亡き父が、シロの二代目を育成し、

年に二度だけ帰省した自分は、まだ子供で…同じシロと疑わなかった。


これが事実と言い切れる全てだ。

シロが死んだと、父に聞いた記憶は無い。

シロに似た子犬を見た覚えも無いが。


今までの二十八年の人生の間、シロは今足下に寝てる姿でしか存在しなかった。

 

昴がシロをフランケンシュタイン犬と言ったのを

否定する事実が、慌てて記憶を辿っても、無いではないか。


「本物の霊能者が造った不死の白い犬。本当にいたんだ。神流聖さんが、この犬を造ったんじゃ無いの? もしかして、お父さん、かな。でも、聖さんは霊能力者なのは間違いないんだ。今、ボクらが二人だと、見えてるんだから」

 昴の顔が目の前にある。

 瞬きもせず、一生懸命喋ってる。


「……ねえ、君は、その話を、霊能者の剥製屋が造った、犬の話を、どこで知ったの?」

 聖は聞いてみた。

 もしも自分が本物の霊能力者なら、今すぐ、この子を祓って消し去り、

 妙な夢だった事にできるのかな、と頭の片隅で思いながら。


「関西版オカルトサイトだよ。シロ、神流剥製工房、奈良県って検索したら出るよ。背が高い。片手に手袋してる。愛車はロッキー。全部知れ渡ってるよ」


「それ、マジでか?」

  聖は椅子から腰を浮かした。

「知らなかったの? 聖さんは、有名人なんだよ」

「そう、なんだ……。」

  開いた口が塞がらない。

  何も言葉がでてこない。


「ボクもね、生きてる剥製を造って見ようって、思ったんだ。……アイツらが、殺処分されるってわかった時に」


「あのさ、もしかして、殺されると決まった猫が、可哀想で、永遠に死なない剥製猫を造ろうと、したのかな?」


魚のような顔の不細工な剥製猫。

生皮を剥ぐという残酷な製造方法。

猟奇的でおぞましい行為の動機が、それだったのか?


「……さいしょはアスカで試したんだけど。全然駄目。もう死んでたから」

 また昴は謎のような事を言い出す。


「アスカ、って?」

「父さんが川に流しちゃった奴、メスの子猫だよ」

 浦上が語った、川に流した猫も、実際に居たのか。


「どうして、君らの父さんは、君らがアスカと名付けた猫を、川に流したのかな?」

 拾ってきた野良猫を飼うのを反対したのか?

 しっかし、殺さなくてもいいじゃないか。


「父さんも腑抜けだから、アスカが死ぬのを見たくなかったんだ。ギーギー鳴いて血まみれで、身体をくねらせてるのを、見てるのが怖かったんだ。はは。笑えるくらい慌ててさ、箱に入れて川に流しに行ったよ。まさか草むらにひっかかったのを、僕が回収するとは考えなかったのさ」

昴は残酷なエピソードを誇らしげに話す。


聖は頭の中を整理する必要があった。

まず、

昴が言った事を仮に事実としてみる。


浦上は、死にかけてた子猫を、川に流した。

何故、死にかけてたのか?


浦上が始末しかけて、とどめは刺せなかったという事情だろうか?

いや、元々死にかけてるのを息子達が拾ってきたのかも。


「違うよ、実はさあ、耳を切ったら血が止まらなくなったんだ」

  ちょっとしたトラブルを話す軽さで、昴は教えてくれる。


  耳を切った?

「なんで、」

  聖の声は低くなる。


「格好いいかなって。普通の猫じゃ無い感じで」

  言いながら昴はシロの耳に触った。

  シロは反応しない。

  この少年に、もう猫や犬の耳を切る手は無い。

  そうでなかったら、聖は殴ってしまったかもしれない。

  尤も、殴っても手応えもないのだが。


「君たちは、アスカの死体を回収して、剥製を造ったのか」

「うん。でも僕一人で造ったんだ。ソラは腰抜けだから、使えない」


また、思いがけない事実だ。

仲が良さそうな双子だから、<猫殺し>も二人でやったと決めつけていた。


「アスカ、めっちゃグロくて臭かったんだ。生きてる奴の方が、臭いはまだマシなんだよね。……けどさあ、皮を全部引っぱがすの、難しかったよ。特に頭がね、道具の問題なんだよね、カッターナイフじゃ無理なんでしょう? 此処には専門器具が全部あるんだよな、当たり前だけど、」

ぺらぺらと、楽しげに喋り続けている。

この子は剥製作りが楽しかったらしい。

生きてる猫を殺し、

剥製を造った動機は

殺される運命の猫たちの為なんかじゃない。

純真そうな外観に似合った、救いのある猫殺しの理由を一瞬期待したのが間違いだった。


フランケンシュタイン猫を造りたかっただけ。

イチジク台の給水塔に居着いた野良猫たちは、

気楽に実験材料に使われた、だけだ。


「あのさあ、皮を剥がすのが、難しいよね」

猫の耳を斜めに切り、頭に穴を開けるまでは問題なかったが、解体から先が、マニュアル通りにいかなかったと、嬉しそうに喋っている。

今は、また剥製棚の前に居て、

猫殺しの詳細を悪びれもせずに語る。


聖は聞くに堪えない。

昴が、悪魔の化身のように感じる。

でも、この子は死者なんだ。

どうして、この子は、自分で首を吊って死んだ?

<楽しい遊び>を放棄して自死したのか?

知りたい。

でも相手はまだ子供。

<何で自殺したの?>なんて、残酷な質問をしていいものか。


「猫の剥製造るのを止めたのは、無理だと諦めたからかな」

遠回しに聞いてみた。

上機嫌だった昴の顔に影が差す。


「造りたくても出来ないじゃん。知ってるでしょう? 全部ソラのせいさ。ソラが、首つり自殺しちゃうからだよ、おかげで、父さんと母さんは、頭変になって家を出ちゃったからさ」

 聖は(お前、何言ってる?)

 と叫びそうになるのを、ようやく堪えた。


 間違ってる。

(自殺したのは、お前だろ?)

 あまりに大きすぎる間違いだ。


 もしかして、この子は、スバルは、自分が死者だと、知らなかったりして。

 でも、なんで、ソラが首つり自殺したと、きっぱり言うの?


 もう、ワケが分からない。

 聖は、生きてるソラを見遣る。

(起きろ、な、助けてくれよ)


 彼は目を閉じ、ゆったりと息をしていた。

 亡霊の昴と全く同じ顔。

 頬が丸くて顎が細い。

 髪は茶色っぽい。

 体毛薄く、つるんとした白い肌。

 肩幅の狭い華奢な体つき。

 長い睫とぽってりした唇も、全く同じだ。


 ソラを眺める聖の視線は最後に……胸の上にX字に組まれた手で止まる。

 左手に白く腕時計の跡がある。


「ソラのせいで、何もかもメチャクチャ。神流聖さん、コイツのこと、見えてるんでしょ?」

 兄弟を指差す昴の左手首にも

 全く同じ腕時計の跡があった。




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