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アリス  作者: 橋延傘野
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 アリスが木陰で寝ていると茂みから物音がした。姉さんに貰った本を横に置き、注意深くその茂みを見つめる。瞬きをひとつするまでに、ぴょいと白いイキモノが飛び出して、よく見ればそれは兎なのだった。アリスは薄く笑うと懐からよく研がれた肉切り包丁を取り出した。今日の夕飯は兎鍋にしよう。そう思って息を潜める。


 注意深く兎を観察していると、兎は何かしら呟きつつ兎にしては大きすぎる時計をポケットから、白に映える赤いチョッキのポケットから取り出した。何で兎が服を着ているのかとか時間を気にしているのかとかアリスには割とどうでもよいことだったので、とりあえずアリスは兎に気付かれないようそっと背後から近づいていった。兎は気づかない。あと一歩。


「late!」


 兎が突然そう叫ぶものだからアリスは驚いて後ろにひっくり返った。兎はそれでもアリスに気づかず何やら慌てて飛んで茂みの奥に消えた。アリスは急いで起き上がりうさぎの後を追い、茂みに隠れた暗い先の見えない穴に飛び込んでいった。後先を考える余裕はなかった。右手の肉切り包丁はもちろん離さなかった。兎とアリスはまるで底なしのような穴に消えていった。


 アリスが恐る恐る目を開けるとそこはまだ穴の中だった。何も見えずに暗いと思っていたが、次第にいくつかランタンのような光がフワフワと昇っていっていったためある程度周囲を観察することが出来た。周りには沢山のおもちゃが浮いており、タンスやクローゼット、ミニキッチンなんかも穴の壁にくっつくように張り付いている。誰が使うのだろうかと首をかしげながら、アリスは手頃な縄を見つけたので手に取り懐に仕舞った。兎は先に飛び込んでいたからか見当たらなかった。


 落ちる時間が長すぎてアリスが欠伸を一つした頃、だんだんと底に近づいてきたのか辺りが薄ぼんやりと明るくなってきた。下を確認しようとして下を向いたと同時にアリスは何かグミのような柔らかい球体に顔面からぶつかって隅に弾き飛ばされた。悪態をつきながら起き上がる。見上げると落ちてきたはずの穴は消え、アリスは大きな赤く透き通ったグミのあるだけの白い部屋にいた。やはりここにも兎の姿はなかった。


 


 半透明の物体から放たれたのであろう苺の匂いがこれでもかという程部屋中に蔓延していたのでアリスは辟易した。アリスは舌打ちをするともう一度辺りを見回した。入り口が塞がれてしまった以上出口を探さなければこの部屋で一生を終えることになってしまうし、そんなのはごめんだった。取り敢えずグミの周りをぐるぐる回ってみたが白い壁が続くだけで何もない。アリスは物々しく佇む赤いグミを忌々しげに眺めた。グミは部屋の少なくとも八割は占領しているのではと思うほどに大きくそして邪魔だった。アリスは一つ蹴りを入れ悪態をついた。


 アリスは諦め半分グミを背もたれにして座り込み、兎のために持って来ていた包丁を研いだ。暫く部屋に研ぐ音だけがあった。包丁を研ぎ終わり、アリスは美しく光る刃に満足した。しかし再び手持ち無沙汰になった。どうすべきか考えあぐねるという程でもなく適度に考え、ふと思いついて後ろのグミを見た。アリスの右手の包丁に光が煌めいた。


 アリスは顔をしかめた。切り刻まれた赤くべたつく物体がわりと気持ち悪かったのである。ただ手掛かりは見付かった。グミの中心部に紙切れが丁寧に畳まれ鎮座していた。アリスはベタつきにイラつきながら紙切れを開いた。


「eat me」


 アリスはしばしぐちゃぐちゃになった塊を見、紙の事では無いよなと思うと紙切れに目を戻した。


「EAT IT」


 どうやら大文字になるほど食べて欲しいらしく、更に食べるべきは紙切れではなく赤い塊らしい。アリスは仕方なしに塊に手を突っ込み比較的小さめの破片を取ると口に突っ込んだ。アリスはまた顔をしかめた。味はお世辞にも美味しいとは言い難く、まるで外国のお菓子みたいだ、と思った。文句をいう相手は居ないのかと見回したが勿論誰もいない。アリスはこれを仕組んだ相手がかなり嫌いになった。グミではなくケーキだったら良かった。そしてアリスはこんな事を仕掛けそうな人間を一人知っている。


 さてどうすればいいのかと腕を組んだところで、不意にアリスは体の異変に気付いた。大きくなっている。体全体が膨張する様に膨らんでいっているのだ。気付いてからはあれよあれよという間に部屋の壁をぶち抜き天井を持ち上げていた。そうしてアリスは暫くの間、青すぎるほどに青い空の下に呆然と突っ立っていた。

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