都市伝説はガラムの匂い
ネットラジオ
使用済ジャパーン第50回放送イベント
オリジナルラジオドラマ用のシナリオです。
テーマは「50」という所から始まりました。
本当はまだまだ色々な事を書きたかったのですが、ラジオドラマ用なのでひとまず時間内に終わる様な状態にしました。
本当のシナリオは別に書いてあるのですが、ひとまずこの状態で投稿させていただきました。
皆様からの感想が頂ければ幸いです。
「都市伝説はガラムの匂いと共に」
「ね〜知ってる??赤いメリーさんの話〜」
「あ〜知ってる知ってる、私メリーさん、今あなたの後ろにいるのって奴でしょ〜??あれ、実際にいた娼婦の話なんだって〜」
「え〜マジマジ?超ウケる!娼婦!〜死んだ後まで語られてんじゃん!マジウケるwwww忘れてくれよって感じwwww」
「たしかにwww死んでも恥さらしwww じゃあじゃあ、これは?昨日2ちゃんで見つけたんだけど、麦わらの女の話!!」
「麦わらwwww ルフィかよって!!マジウケる!!ゴムゴムとか言って伸び出すパテーンじゃね??」
「なんか〜上野駅のどっかにいつもボロボロの麦わらを被った女がいんだって〜」
「マジでwww何してんのそいつ!?wwww夏大好きじゃん?!忘れられない夏とか言ってwwwwマジウケる!!www今から見にいかね??」
「いいねいいね!おばさんだけど凄い美人なんだって!そんで、BBA好きの2ちゃん民がたちんぼだと思って凸したら、キンタマ蹴りあげられて私はそんな安い女じゃねーとか言われたらしいよwwマジキチww」
「マジで??ちょーこえーwwwwウケる!!ちょっとそのスレ見てみようよ!」
硬いプラスチックの椅子に座りながら、何が楽しいのか高校生の少女たちは制服姿のまま盛り上がっている。
皆目意味の当ても付かないような単語が飛び交い、何について話していて何がそんなに「ウケる」のか分からないが、見るからに楽しそうに画面を覗いている。
きっと何時間でもそうしていられるのだろう。
コーヒー一杯でそこまで居座られる店はいい迷惑だろう、いや、そもそも彼女たちの為の店なのかもしれない。
男は、ファストフード店の中で孫ほどの少女達の話声に耳を傾けていた。
別に聞こうと思っていた訳ではないが、嫌でも耳を通ってくるのだった。
上野ねえ、、、上野も変わっちまってるのかな。近いうち、覗いてみるか、、いや、、、よそう。
変わってても、変わってなくても、虚しいだけだ。
女というのは兎角、うわさ話が好きな生き物だな。
何十年経ってもそれは変わらないらしい、しかしこの町は随分と変わった。昔は女子高生なんて歩ける様な町じゃなかった。風俗、裏カジノ、薬のディーラー、いつも金と暴力の匂いがしてたもんだ。
ヤクザもんが大手を振って歩いて、客引きなんぞがいつも挨拶してくるのさ。ここを歩けば誰もが俺に道を譲ったもんよ。。
昨日の事の様に思い出すぜ。。。。いや、実際俺にとっちゃ昨日の事の様なもんだ。
だけど、俺もマクドナルドなんかで時間潰す様になっちゃ、、オシマイだな。
それにしても、時代は進んだな。この「すまーとほん」つーのは本当に凄いな。
「いんたーねっと」なるものも未だによくわからねえが、どうやらデータバンクの様なことらしいな。
20年、、、か。。浦島太郎にでもなった気分だぜ。
組も無くなっちまったし、誰もいなくなっちまった。
あいつだって、、、、当然、、、、。今頃、普通のおかあさんとして幸せにやってるだろうか。
いや、もう歳だけで言ったら50になるんだ、孫が生まれてもおかしくない、か、、、20年、、か。。。。
でも、もう、、いいんだ。何もかもが遅すぎる。
後は、ゆっくりこの世界に慣れて、ゆっくり死んでいくだけさ。
***************
神山 茂雄は右足を引きずる様に歩くのが癖だった。
それも少しびっこを引く程度に左右に身体を揺さぶって歩く。
別に足が悪いわけではなかった、ただ、そうやって歩くと人が道を譲るし、鋭く切れ上がった目つきのいかつい人相と相まって余計怖そうな風体にさせた。
それを子どもの頃、面白がってやっているうちに、すっかり癖になってしまったのだった。
浮かれた街を歩いている時には特に役にたった。前から同じ様な風体の男達が歩いてきても、足が悪いのだと思うと滅多な事では喧嘩を売ってくる奴はいなかった。
別段、喧嘩を避ける様な男でもなかったが、いざ揉めた時に足が悪いと思われている事は有利に働くので楽でもあった。
しかしこの夜は勝手が違った。
そういう事を考える様な相手では無かった。
事の発端は、ふらりと入った飲み屋がぼったくり店だった事からだった。
ビールを一杯飲んだ所で、とうが立った女しかつかないので帰ろうとした。そして請求された金額を見て驚いた、20万円と書かれていたのだった。
最近の新宿で、ぼったくり店が増えている事は知っていた、しかしそれは相手を見てやっているもんだとタカをくくっていたし、ちょっとは名の通った遊び慣れたこの街でまさか自分が標的にかけられるとは思っていなかった。
法外な請求をされた事に腹を立てたのではない、不良としての貫目が足りなかった事がプライドに障った。
すぐさま、怒鳴り上げ店長を呼び出した。
逆に詫び代を取るつもりでいたが、出てきた男達はいかにもといった出で立ちで暴力の匂いに満ちていた。
およそどこかに盃をもらってる様には見えないハンパモンだが、組織の看板を出すのも自分の名前を下げるだけだ。こういうやつらには身体でわからせてやらなきゃいけない。どうせ、裏にはどこぞの不良がついているんだろうが、生憎こっちはイケイケだ。そうなったら裏もまとめてやってやらあ。
と、足をテーブルに置き挑発的な態度を取る。しかし、1人ならまだ何とかなったかも知れないが、続けて6人も7人も出てきた。
「ちっ、、、、、」
*******************
気づいた時には裏通りの、ビルとビルの隙間に転がっていた。
排気口とクーラーの室外機がごうごう鳴っている。
顔に這うゴキブリの感触で目が覚めた。
起き上がろうとすると全身に痛みが走った。
特に頭からの出血がひどい、歯も数本やられていた。
吐き出した痰はどす黒い塊だった。
やっとこさビルに寄りかかりながら起きたが、どうやら立ち上がるのは困難だった。
頭が重く、今にもまた気を失ってしまいそうだった。
麻の白いスーツは赤とのマダラ模様になっていて、それは自分の血であることはすぐに分かる。
しかしその中にあった筈の財布は探す気にもならなかった。
「いててて、、ちくしょう、、、覚えてろよ。ぜってえ殺してやる。。。。」
震える指でガラムを一本取り出し口に咥えた所で、隣のビルの3階から非常階段を降りてきている女と目があった。
そのすぐ下の踊り場は蛍光灯が切れかかってチカチカしている。
そのせいか、むこうからは良くこちらが見えないのだろう。
女は多少目を丸くしたが、この街ではよくある風景の一つなのか、気にも止めない素振りで裏路地にカンカンと響くその歩調も乱さなかった。
階段を降りきった所に茂雄は座っていた。
女は赤いレースが幾重にもなったミニスカートのドレスを着ていて、誰が見ても客商売の女だった。
大きな瞳に少し濃いめのアイラインはいかにも気が強そうに見えた、が、ドレスによって強調された胸の谷間はふうわりとしていて、そこから伸びた身体つきと脚のメリハリは見事なものだった。
良い女だな。。。茂雄はさっきまでの痛みと怒りは何処に、見るなりそう正直に思った。
「よう、、、ネエちゃん、、、火ぃ、、、貸してくんねえか?」
足早に通り過ぎようとしていた女を横目にそう言った。
女は振り向き
「火ぃは貸したってもええけど、手ぇは貸さへんで。ヤクザもんなんかに関わってもロクな事が無い!」
と、言い放った。
意外な西の言葉と心地よいまでの啖呵の切り口に、茂雄は気分が良くなって笑いが出てきた。
「はっはっはっは!! 女の手なんか借りるかい!長い爪なんかで引っかかれちゃタバコも買いにいけねえ!」
「ふん、今のアンタの顔、自分で見てからそんな事言い、たいがい表にゃ出られへんで」
そう呟くと、ツカツカ歩きながら持っていたヴィトンのハンドバッグからデュポンのライターを取り出した。
キンッとデュポン特有の小気味良い音を鳴らすと茂雄の咥えたタバコに火を点ける。
「ふ〜、、、何でえネエちゃん、、、顔に似合わず、爪、短いじゃねえか、、これなら引っかかれる心配もねえな。。。。」
「ふん、爪伸ばすような何にも出来ひん女に見えたんかい?引っ掻く前に包丁で刺したんでホンマ」
と、言った時には茂雄はまた気を失っていた。
辺りにはガラムの丁子の匂いが立ち込めていた。。
目を覚ますとそこは病室だった。
しかし、体は動かない。なんとか目を開けて見えるのは管につながった自分の身体だった。
しばらくすると、巡回の看護師が来た。
看護師は茂雄が意識が戻ったのを確認するとすぐに病室を出て行った。
代わりに入ってきたのは、気を失う前に見つけたあの女だった。
「。。。気ついたんやな。とりあえず良かったわ。。なんでアタシがこんなせなあかんねん!たいがいやで!ホンマ!ついてないわあ!この借りはきっちり返してもらうで!」
相変わらず小気味よくまくし立てる奴だ。。と茂雄は思ったが、いかんせん身体が言葉を出すことさえままならなかった。
「。。。ま、しばらくは、これに懲りたら大人しくしてるんやな。弱いくせに喧嘩なんかするからやで!ほな、アタシは帰るわ」
そう言って、部屋を出て行った。
茂雄はまた、眠るように意識を失った。
2、3日経つとようやく動けるようになった。
その間、担当の看護婦から事の顛末を聞いた。
頭蓋骨に損傷を起こしており、その上出血多量で危なかったらしいこと。
茂雄本人もその時知ったのだが、茂雄の血液が極めて珍しいタイプで輸血が足りなかった事。
そして、たまたま救急車を呼んだ彼女がその血液型の持ち主だったこと。
つまり、彼女に命を救われたこと。
そして彼女の名前が、洋子という名だといったことを聞かされた。
しかし、連絡先は何も残していかなかったと言う事も。
その日の夕方頃、一人の若い男が入ってきた。
「失礼します。竜三です」
茂雄の弟分だった。
まだあまり口が聞けない茂雄は、目で合図をした。
「兄貴、大変でしたね。俺、探し回ってようやくここを見つけました。。兄貴をやったあいつら、山城組の奴らだそうです。今、オヤジと皆が躍起になって事を納めてますが、、あそこの組とは到底戦争しても敵わないんで、、、今回は、兄貴と向こうの店の責任者を破門にするってことで、カタがつきそうです。。」
茂雄はそれを聞くなり、全身が煮え立つような叫び声をあげた。
「ぅおおおおおおおおおおおお!!!」
何故だ?!何故俺が破門なんだ?!俺の首はたかだか小さな店の使いっ走りていどのモンだってのか?!!ガキのころから組織に尽くしてきた、俺にはこの道以外何もない!相手がデカい組織だからってイモ引くのか!!!
言葉には出来なかった。。。ただ、呻くことしか出来なかった。
「兄貴!!わかります!わかりますよ!!俺もどんだけ兄貴がやってきたか、、わかります!!でも、今の組の状態では、、あそこと戦争出来るような体力は無いんです。。!!半身付随になった兄貴のために組を潰すっていう意見は、、幹部会では出なかったそうです。。」
「。。。!!半身、、、不随??俺が???」
それを聞いた瞬間茂雄の熱は一気に冷め、足元からぐるぐると崩れ落ちるような感覚になった。半身、不随?もう、ヤクザとしてはもちろん、街を歩くことも、何も、できないのか?!
「兄貴、、この後決定事項として、オヤジから直接話をするそうです。。兄貴が落ち着いてから、と言ってますから、しばらくは安静にしていてください。。」
茂雄は、もうほとんど聞いていなかった。
何もかもが、急に遠ざかっていく様な感覚だった。
竜三は、涙をこらえながら病室を出て行った。
出て行く際「兄貴、俺、一人でも仇打ちますから。手打ちになる前に、、俺が。。。いや、手打ちになったとしても。。。。」
しかし、茂雄には何も聞こえていなかった様だ。。
茂雄はしばらく、沈んでいく夕陽を見つめたまま1mmとも動けなかった。
「ふん、なんやねん シケた顔して。人が助けたったちゅーのに。」
どこからともなく、洋子がツカツカと入ってきた。
「別に、盗み聞きするつもりやったんちゃうで!たまたま通りがかりで寄ったらあんたらがアホみたいに大きな声でわめいてただけや」
茂雄は一瞥だけ洋子に預けたが、またすぐに窓の外を向いた。
「はあ?あんた、なんなん?命の恩人に向かって。ヤクザやめれてよかったやん!」
茂雄は何も言わなかった。
窓際にある、ガラムに手を伸ばし一本取り出し、火を付けた。
「ちょ、、、ここ病室やで!ちょっと!!」
洋子は、窓を開けてバタバタと煙をだす仕草をしてみせたが、じきにベッドの横にあるパイプ椅子に座り
「なあ、それ、私にも一本頂戴」というなり、自分も吸い出した。
部屋は、ガラムの匂いに包まれた。
「うえ、あんたなんでこんなん吸ってはんの?趣味悪いわ〜」
相変わらず茂雄は外を見たまま何も言わなかった。
完全に、陽が落ち、病室が真っ暗になると、茂雄は一言呟いた。
「面倒かけて、すまなかったな。」
洋子は、それを聞くと、うつむき、言葉少なめに話はじめた。
「あのな、、実はな、、あの日のあの店、、アタシも働いとってん。。」
茂雄は一瞬、洋子を見たが
「そうか。。。。」
とだけ言ってまた、窓の方を向いた。
それから、毎日、洋子は茂雄を訪ねに来た。
たまには、と無理やり車椅子を押して、外を散歩したりした。
しかし、茂雄はその後何も話さなかった。それは、右半身が麻痺しているからではない様に思えた。
時折、動かないはずの右手が、爪が食い込むほど握りしめられていた。
一週間ほど、経った頃。
洋子は頭に包帯を巻いてきた。「へへっ こけてん」とだけ言うと、いつもの様に茂雄の車椅子を押し出した。
「どうした?」
茂雄の声を久しぶりに聞いた洋子は、思わず言葉に詰まってしまった。
「、、、、だから、こけてんて。」
誰の目からみても、殴られたあとが目の周りに出来ていた。
「。。。。もう、俺のところに来るな。放っておいてくれ」
「ちゃうねん、アンタは別に関係ないねんで」
「たまたま、お前が働いてた店だったって、だけだ。何も気にすることはない。血まで分けてもらって、これ以上、何もない。迷惑かけて悪かったな。」
「だから、そんなんやないって!」
「もう、放っておいてくれ」
洋子は、押していた車椅子を止め、側にあったベンチに座った。
茂雄は、洋子に背を向ける形になった。
「あのな、、、、アタシ、、実は、日本人ちゃうねん。」
茂雄は、急な話題に困惑した
「それが、、、?どうした?」
「アタシな、生まれは北朝鮮やねん。まだ、小さい頃からな、平壌にある日本人向けの置屋で働かされててん。。そこにはな、お偉いさんとは名ばかりの、変態どもが集まってくんねん。
そこに、来たのがな、今の店のオーナーやねん。」
茂雄は背中から語る洋子の話を黙って聞いている
「それでな、18の頃、そいつがな、身請けして日本に連れてこられてん。最初は嬉しかったけどな、なんや、場所が日本に変わっただけで、やらされることはなんも変わらへん。
毎日毎日、変態どもの相手をするだけや。でもな、あの日、あんたが店来て暴れてるの見て、初めて店から逃げ出したねん。結局連れ戻されるのは分かってんねんけどな」
「まあ、それで血分けて人の看病するつもりはまっぴらなかったんやけどな!!笑
でも、なんや因果やなあ。階段降りたらアンタが倒れてんねんもんなあ。
アンタはな、体半分あかんくなって、ヤクザもやれんようになってな、ホンマついてへんなあ、、
アンタの身と引き換えにな、今回、ケジメとらされたのは、、その、私を連れてきた奴やねんか。。店も没収でな、組織からも放り出されてん。
私はな、、生まれてからずっと、、、縛り付けられてきたものがな、、急に無くなったんやで。。そんでなんや、それは倒れてて血を分けた男がやってくれたらしいやないの。
だからな、これは、私の精一杯の恩返しやねん」
「、、、だが、、俺といるところをそいつに見られたら、タダじゃ済まないだろう。。俺の事は気にせず逃げれば良いものを」
「。。。。。。それをやったら、、、、、、それをやったら、、、、今まで私をオモチャのようにしてきた人間と一緒やんか」
気づけば、辺りは薄暗くなっていた。
二人はその日から、病院には戻らなかった。
ひと目を忍ぶような小さなアパートで、お互い傷を癒すように暮らしはじめた。
そして、1ヶ月が経とうとしていた。
茂雄は、洋子の甲斐甲斐しい看病もあってか、よたよた歩けるようになっていた。
ほんのすこし前のことなど最初からなかったかの様に、毎日味噌汁をすすることがとても幸せに感じていた。
しかし、そんな生活を引き裂く様にそいつは現れた。
スーパーの袋からネギを出し、軽快に家路を急ぐ洋子の目の前に、一台のベンツが止まった。
洋子はその瞬間、血の気が引くとともに一瞬で悟った。
「見つけられた」、と。
ドアが開くのが早いか否か、洋子は「助けて!!!」と、大声を出して走った。
運良く、まばらながらに人通りがあったので、うまいこと通行人にしがみつき、ガタガタ震えていると、男は車に戻り去っていった。
が、近いうちに攫われるであろう事は容易に想像出来た。
家に戻ると、血相を変えて飛び込んできた洋子を茂雄はしっかりと抱きとめた。
「見つかった。。車から降りてきた奴は、あいつじゃ無かったから逃げれたけど、、もう、あかん、、、時間の問題や、、、シゲちゃん、、逃げよう!!」
そうなった時、体がロクに動かない自分が洋子を守れる自信など無かった茂雄は、即断した。
「よし、逃げよう。。しかし、、」
茂雄の持っていた腕時計などを売って生活していた二人には、金などまるで無かった。
「わかってる。シゲちゃん、私、実はへそくってたお金あんねん。でもな、それは、、ある人に預けてあんねん。」
一瞬、最悪のシナリオが茂雄の頭をよぎったが、他に手はなかった。
もしかしたらすぐにでも乗り込んでくるかもしれない。今すぐ、この場所を離れるべきだった。
「シゲちゃん、アタシ沖縄行ってみたいねん。キレーな海を見ながら、ゆっくり暮らすねん。二人でお揃いの麦わら帽子とか被ってな、誰もいない浜辺でゆっくり暮らすねん」
「。。。そうだな。。それで、、その金は、どこにあるんだ?」
「その人は、大久保の朝鮮街にある店のママやねん。唯一、信頼出来る人やねん」
「だが、、!新宿は、、、!!」
「でも、どっちみちそれが無かったら同じやん!!」
茂雄は何も言い返せ無かった。むしろ、この体では足手まといなのは自分だった。
「大丈夫、上手くやる。。絶対に。大丈夫。心配しないで。。シゲちゃん、すぐに行ってくる。待ち合わせは、上野にしよう。上野駅の不忍口を出て、右に、右に曲がって行くと、高架下に出るねん。そこに、小さなコインロッカーがある。そこで待ってて。忘れないで、不忍口を出て、右やで。」
覚悟を決めた目に、茂雄は何も言え無かった。
二人は同時に家を出た。もっとも、老人の様にしか歩けない茂雄は、遠ざかっていく洋子の背中に、祈りを込めるだけだった。
洋子は、大通りに出てすぐにタクシーを捕まえると、急いで大久保まで行く様に言った。
預けてあるものとは、コインロッカーの鍵だった。
洋子が、男の目を盗み少しずつ少しずつお金をそこに入れていた。
そして、そこに故郷にいる家族の唯一の手掛かりである写真もともに入れられていた。
大久保通りのガソリンスタンドを曲がり、朝鮮街に入る。その一番最初に出てくる酒屋がキムの店だった。
洋子が辺りを確認しながらタクシーを降り、店に入ると、いつもの優しい笑顔が見えた。
その瞬間、洋子は泣きそうになったが、すぐに
「ママ!カギを!!」と言うと、キムもすぐに事態を悟り、奥の部屋へとカギを取りに向かった。
その瞬間だった。
「よう〜こ〜やっと見つけた〜」
黒いジャージに身を包んだそいつは二人のお供らしき黒づくめの若い男を連れて現れた。
「大変だったんだぞ〜?俺はよう、表にもなかなか出れなくなっちまったからよ〜お前がいないと俺、死んじゃうだろ〜??ん??」
洋子はその声を聞くと何も抵抗出来なかった。
何年も何年もかけてそういう調教をされてきていた。
「あ、あ、、、、あ」
身がすくみ、動くことも出来ない。
ただ、呆然と立ち尽くすだけだった。
「さ〜帰ろうか〜また、たくさん働いてもらわなきゃならないんだよ〜?ん?」
その男が洋子に触れようとしたその瞬間だった。
ダン!ダンダン!!!
店内に銃声が響きわたり、ジャージ姿の男は倒れこんだ。
入り口を見ると、見覚えのある若い男が拳銃を持って立っていた。
そうだ、あれは、茂雄の弟分と言っていた。たしか竜三という名前だった。
男が倒れこんだのを見て、竜三は一目散に走り出した。
それを追いかけて、黒づくめの男たちも走っていく。
足元には、血だまりがゆっくりとひろがっている。
「何事だい?!!ヨーコ!!!」
奥の部屋からカギを持って戻って来たキムは、呆然としている洋子の肩を揺らした
「いいかい、洋子。私が全部やっておくから、決して振り返るんじゃないよ。あんたは、十分過ぎるほど傷ついた。そのカギを使って、扉を開けるんだよ!さあ!!お行き!!」
洋子は、硬く頷き、そして走った!彼の元へ。遠い遠い夢に見た海に向かって。
茂雄の携帯はまだ繋げていた。
組織から破門になったといえども、若い奴らは電話をかけてくることがままあったし、食い扶持を作るためにはいずれ今までの人脈も使わなければならないこともあるだろうと予想していたからだ。
しかし、洋子と暮らし始め、電話の電源を切ることが多くなり、次第に誰もかけてこなくなった。
洋子と別れて、何かあった時の為に、と思い出したように電源を入れた矢先だった。
携帯が鳴った。
着信元は、竜三からだった。
「どうした?!!」
電話に出ると、震えたような興奮したような声で
「アニキ、俺、仇打ちました、ようやく、一ヶ月張り込んで、ようやく、奴を、、」
「奴をどうしたって?!馬鹿野郎!俺の破門で手打ちになってるじゃねえか!!」
「でも、、俺は、、アニキをそんなカラダにした奴は、、、、!!!」
「馬鹿野郎!!!手打ちになった話を戻したら、今度はお前、、相手だけじゃない!!自分とこの組からまで狙われるんだぞ!」
「覚悟の上です!!俺は、アニキに惚れてこの世界に入ったんす!とっくに死ぬ覚悟はできてます!!」
「この、、、、バカが!!! 今、どこだ??!」
「大久保の、朝鮮人街の中の一角で隠れてます」
「大久保?!!朝鮮人街??!!!」
茂雄に最悪のシナリオがよぎった。奴がそこにいたって事は洋子の動きを悟られていた事に間違いない!洋子!!
「すぐに行く!そこにいろ!!!」
上野に向かっているタクシーをすぐさま大久保に走らせた。
洋子は、まだ現実に何が起きたのか飲み込めずにいる。
あいつが生きてるのか死んだのかもわからない。しかし、これでようやく終わる。
物心ついた時にはすでに始まっていた悪夢が、ようやく終わるかもしれない。
とにかく、彼の元へ。彼はもう着いている頃だろうか。何事もなく無事に着けているいるだろうか。だが、その元凶となったあいつは、ついさっき凶弾に倒れた。
もう、何もかも、終わるのだ。どこまでも青く蒼い海のそばで、あの人とずっと一緒に過ごすのだ。
タクシーを拾える大通りまで走った。後ろを振り返らずに走った。
大通りに出ても、なかなか空車のタクシーはいなかった、懸命に辺りを探すと、目に付いたものがあった。雑貨屋の店先にぶら下がっている麦わら帽子ー
急いでそれを二つ買い、タクシーを走らせた。行き先はー上野。
茂雄は大久保に着くとすぐに竜三が潜んでいると言ったパチンコ屋の駐車場に向かった。
動かない体に目一杯ムチを打った。
自分の無念を晴らした弟分の事もそうだったが、彼女はー彼女はどうなったんだ?!
それを確かめたかった。
立体駐車場の二階に上がると、竜三が茂雄を見つけて駆け寄ってきた。
「アニキ!!すいません!俺が!!中途半端に!!」
「いいんだ、よく、やってくれた、それで、やつは、どうした?!!一人でいたのか?」
「いえ、若いのと三人で店に入ったところを撃ちました。仕留めたと思うんですが、なんせ無我夢中で。。。その後、奴のお付きの若いのに追われて、ここに、逃げ込みました」
「そうか、とにかく、その現場へ」
茂雄はただただ洋子が心配だった。冷静な判断は出来なくなっていた。
駐車場から出ると、辺りにはすでに黒塗りの車が何台も回っていた。発見されるのは、容易だった。
「おおおおお?てめえ?神山だな?やっぱりてめえが裏で糸ひいてやがったか!破門ヤクザが、手打ち破ってどうなるかわかってんだろうなあ?!!」
「破門なのはそっちも同じだろう。素人同士の諍いに出てくるのはどうなんだ?」
「馬鹿言ってんじゃねえよ、ウチのアニキ殺したのは組のもんじゃねえか!」
。。。。そうか、奴は、、死んだのか、、、洋子は、、逃げれたのか、、、良かった。
茂雄は竜三の方を向くとにやりと笑いながら、言った。
「おい、ここは俺に任せて今すぐ逃げて上野に迎え。。いいか、絶対に逃げ切って伝えてくれ。。不忍口を出て右に行くとコインロッカーがある。。そこにいる彼女に伝えてくれ。
ちょっと遅れるかもしれないけれど、必ず行くから、そこで待ってろよ、と。」
茂雄は、竜三の持っていた拳銃を奪い取ると一発、宙に向けて発砲した。相手が怯む。
「行け!!」
竜三は走った。
次の瞬間、茂雄の身体中に衝撃が走り、、目の前は真っ白になった。
**********
あれから20年経った。
俺は、警察病院の中で意識が戻らぬまま20年間、寝続けていたらしい。
髪には白いものが混じり、体はポンコツだ。
なんとか動けるようにリハビリするまで1年かかった。
今日は初めて街へ出てみたが、なんてことはない、自分のポンコツ具合を思い知るだけだ。
腹が減っても、くそまずいハンバーガーしか食うことしかできねえ。
目の前の女子高生を見ていると、もう、自分には何も残っていないんだと言われている様だった。ゆるやかに死んでいくならいっそ、電車に身を投じてみるのも良いかもしれない。
「あ、これこれこのスレだよ!上野の麦わらババアの話!!!」
「本当にいんのかよ!?釣りじゃね?!」
「でも、ここに場所まで書いてあるよ、不忍口を右に右に行ったところのコインロッカーで、麦わらを被った50歳くらいの女がずっと立ってるって」
「マジか!最近キチガイ多いからこえーよなー」
茂雄は、立ち上がった。
右足を引きずる様に歩くのが彼の癖だった。