不真面目な文芸部が三題噺に手を出してみるようです
やはりこれが良い。
月島スミレは、意を決して口を開いた。
「三題噺を書きましょう」
少し唐突だったか。
あきれた二人の眼差しに気恥ずかしさを覚えた。
「ああ、それ面白いよな」
スミレの手元に在るライトノベルを見て、得心がいったと頷くのは木太昇だった。
長机を挟んだ向かい、スミレと同じくパイプいすに座り読書している二人組。
その、右の太くて短足な方。
その癖、座高が高い方。
「懐かしいね。昇が好きだったのはツンデレの子だっけ」
左できょとんとしているのは、細川実。
背が高くてすらりとしている方。
座っていてもスタイルの良さがわかる方。
ニキビ面じゃない、美形の方。
二人はふーんと息を合わせて、それから再び読書を再会した。
カバーしてて分からないが、どうせ両方ラノベだ。
仕草が時折妙に重なって、お似合いのカップルだと思う。
しかも家が隣同士で、ベランダ伝いに行き来するとか絶滅危惧種にも程がある。
結婚すればいいのに。
薄い本が厚くなる。
――それはさておき。
「話を聞きなさい」
そう言ったら不思議な顔された。
「だから、三題噺をやりましょう」
「つい言っちゃったとかじゃなく?」
細川が首を傾げた。
まあ、たまに変なつぶやきを漏らしてしまうときもあるが、そこには触れるなよ。
「たまには文芸部らしいことしましょうって事よ」
文芸部員五人の内、二人は受験に専念する三年生。
実質残る二年生三人は適当に本を読むだけ。
コレがせめて純文学やら古典ならそれらしいのだが、挿絵の無い本は滅多に開かれない。
さすがに、何かしなくてはと焦る向きがある。
「それでラノベのパクリって、どうよ?」
木太の口調は、若干嫌みっぽかった。
腹立つが、正論。
「でも、文芸部らしい事、あなた達何か考えられる?」
「普通に、話を書けば良いのでは?」
「くそつまらない設定資料集読まされる身にもなって」
現在進行形で黒歴史量産してる馬鹿デブに言ってやった。
しかもコイツは、大作ラノベ書き出そうとして序盤で投げ出すアホの典型だ。
「短編に限定した方がやりやすいでしょう?」
ついでに、縛りもあった方が良い。
単にお題を設けるだけでは、食いつきが弱そうだと思って三題噺に決めたのだ。
木太は、細川と気に入った作品の聖地巡礼に赴くときもある。
ファンアイテムの方がウケが良いだろう、と。
「――良いと思う。たまには、何かやろうよ」
細川はのほほんとした笑みで肯いた。
なら、話は早い。
「じゃあ、早速お題を決めましょう?」
「俺、まだやるって言ってないんだけど……」
斜に構えがちだが、基本的に主体性の無い木太だ。
多数決には逆らいはしまい。
スルーして、スマートフォンでウェブブラウザを起動する。
三題噺、お題で検索。
お題配布するサイトへ接続。
「全員同じお題で行くのも良いかなって思ったけど、今回は別々でやりましょう」
後で回し読みをしながら、自分だったらこうするとか、批判し合えば良い。
この三人なら、ぼろくそに貶しあうような真似もしないだろう。
そして、皆へお題が行き渡った。
スミレは「憧れ」「ライブハウス」「チョコレート」の三つ。
細川は「パフェ」「病院」「夢」の三つ。
木太は「帽子」「SF」「プール」の三つ。
スミレはどれほど短くともオチをつけた話を明日持ってくるよう念押しをした。
内心バクバクで。
声が上擦ったりしなかったことに安堵するばかりだった。
……スミレは小心者だった。
この話を振るのに、小一時間近く躊躇うくらい。
「まあ、良いけど」
乗り気しないような言葉と裏腹に、真剣な思案顔の木太。
細川は、そんな木太の横顔を微笑んで眺めている。
それから少しして、スミレは部室から立ち去った。
思わず足早になっていて、まだ緊張したままだったのだと気付いた。
「楽しい事、増えますように」
呟く声は、少し震えた。
その夜は、イヤフォンでBGMのアニソンをガンガンを流しながら、書いちゃ消し書いちゃ消し。
三歩進んで二歩半くらい下がる。
書き上がったのがあまりに駄目で、全消しして書き直すこと二回。
そして、翌日。
放課後の部室に二人は連れだってやって来た。
自分だけ二人とクラスが違うため、接点が部室くらいだ。
他クラスに遠征など出来はしない。
度胸が無い。
休み時間に足りない睡眠時間を補いながら(休み時間に会話する相手が居ないということではないと言っておく)、あいつら書いてくるかなぁと少し不安になったりもした。
自信なさげに、二人はA4のコピー紙を同時にソフトケースから取り出す。
スミレは安堵しながら、発表を始めようと言った。
自分の作品を、二人は定位置の席で肩を並べて読みだす。
感想が気になって、二人の作品を読み出す気になれなかった。
言い出しっぺの癖して、ろくな物が書けなかった。
内容は、こうだ。
お題:「憧れ」「ライブハウス」「チョコレート」
ライブハウスという所に行くのは初めてだった。
気になる先輩がバンドで参加すると聞いて、ほんのちょっと勇気を振り絞ってみた。
差し入れに、ちょっぴり奮発して用意したチョコレート。
「気合い入ってるね~」
ユミコはコレを見て、楽しげに笑ってた。
あわよくばとか、そんな期待なんてしてないけど、喜んでくれると良いな。
……ライブハウスはギュウギュウだった。
会場はそんなに広くなかったけど、けれどクラスの人数よりはきっと多い。
皆、先輩を応援してるんだ。
凄いなって思った。
でも、なんだか寂しい。
そりゃアタシだって先輩のコト何でも知ってるってワケじゃ無いけど。
なんだかサミシイ。
ライブが始まった。
声を張り上げて何だか分からないけど、一生懸命叫ぶ先輩は凄かった。
なんだか、凄かった。
アタシが知らない人だった。
何だろう、遠いよ。
サミシイよ。
……チョコは、渡せなかった。
食べちゃおうかって、思った。
胸がいっぱいで、無理だった。
電信柱に引っかけ、置いてく。
恥ずかしくて、惨めで泣いた。
ユミコは、私を慰めてくれた。
「――って、アレに違いないよこれきっとさぁ!」
ケンジはスクリームった。演奏を終えライブハウスを出た直後、それを発見して。
道ばたの電柱、突き刺したままの足場ボルトに引っかけられたビニール袋を指さしていた。
なるほど、ちょっとお高いチョコメーカーの包装紙が覗けた。
「それはねーよ」
シンイチはキパっと断言。薄汚れた袋は、どう見ても何日か放置された様子だし。
来るときには気付かなかったようだけれど。それに……。
「だって、今日のお客に女ほっとんど居なかったじゃん?」
――居ても、男に連れられてだ。
それこそ甘いと言わんばかりの妄想を垂れ流す相方に、そんな悲しい事実をハッキリと告げた。
終わり
………………。
「「――無理すんな」」
スミレに向ける二人の眼差しは、暖かだった。
「アレだよな。途中で無理があると思って、無理矢理オチつけた風だよな、これ」
「前半部分頑張ったけど、詳しい描写が出来なくて挫折した感じあるよね」
――指摘がいちいちクリティカルで泣きたくなった。
めっちゃ恥ずかしい。
話の筋が漠然と浮かんで、けれども自分にそれを描写する力量が無い事に泣きたくなる。
他の話に方向転換しようとしたけれど、良い筋も思い浮かばなかった。
畜生が。
気恥ずかしさを誤魔化すように、二人の作品を手に取った。
どちらもぱっと見、すぐに読み終わりそうな掌編だ。
まずは、細川の作品。
お題:「パフェ」「病院」「夢」
頭はどっかボンヤリとしていた。
だけど、自分は目覚めたのだなぁと分かった。
途中で途切れた夢。
近所のファミリーレストランに駆け込んで、注文したチョコパフェにかぶり付く瞬間だったんだ。
けれど、起きちゃった。
ボンヤリとした、現実。
体はぜーんぜん動かない。
感覚が無くて、全身が束縛された、みたいな。
どこか深いところに沈みこんでしまったような、そんな感じ?
まるでこっちが夢みたい。
パフェ、食べたかったなぁ。
視界の端っこだったけど、白衣の人たちが目についた。
それから、お父さんとお母さんがこっちをじっと覗き込んでたのにも、気付いた。
怖いくらいに、じっと見てた。
雰囲気で、色々察しちゃった。
お母さんが、前に言ってたの思い出した。
夢とか、やりたい事とか、ある?
――てさ。
具体的にいつか分かんないけど、最期に起きてた時だった。
特にないよって返した。
本当にって、お母さんは言った。
なんでも言ってごらんなさい、って。
もしも変な事言ったら、お母さん無理してでも叶えるって顔してた。
強いて言うなら、パフェが食べたい。
でもいいや、別に。
だからこう言った。
ゆっくり考えるよ。
やりたい事は、時間をかけて決めるよ。
冗談っぽく言ってから、後悔した。
お母さんは泣きそうだった。
じゃあ、頑張ろうね。
頑張って、治そうね。
お母さん言ってた。
ごめん、無神経で。
ごめんね、お母さん。
時間なんて、無かったんだね。
もう頑張れないや。
プカリプカリと浮かび上がっていく。
現実から、離れてく。
夢に浮かんでいく。
きっと、コレが最期の夢だから。
食べ逃したパフェ、今度はちゃんと食べられた。
残さず味わって食べたのに。
その味だけ、なんだかぼやけてた。
……つまんない。
それから、ごちそうさまって言おうとして――。
プツン。
…………。
おしまい
………………。
「えぇー」
オチが酷いと言えば良いのか。
お題の内、「病院」が明記されていなかったが、まあ分かる。
描写がわかりにくいところもあったが、まあスミレ的には許容範囲内だ。
しかし、このようなポエミィかつ若干ブラックなオチを細川が持ってくるのが少し以外だった。
もっと手堅く来るようなイメージだったが。
去年の文化祭でも、部室に展示したレポートは地味な内容だった記憶がある。
「――読みにくいなぁ。色々あやふやで、主人公の性別すら明確に描写されてないし」
木太も、同じような感想だった。
細川の表情がそこで曇る。
けど、オチがちゃんとついた感じは良いんじゃね――。
とってつけたようなフォローに、細川の表情は目に見えて和らいだ。
ああこいつら結婚すれば――以下略。
だが確かに、スミレの作品よりは随分しっかりまとまった印象だ。
批判がし難い。
スミレが言い出しっぺなのに。
この憂さは、木太の作品をボロクソに叩いて解消してやろう。
そんな気持ちで、木太の作品に手を伸ばした。
お題:「帽子」「SF」「プール」
「プール中止にならないかなぁ」
田中ファルコンは溜息を漏らした。
教室の窓から見下ろす先、忌々しい二十五メートルのプール。
この算数の時間が終われば、三、四時間目はプールの授業。
憂鬱だ。
ファルコンはカナヅチで、水に顔をつけるのもキツい。
どうして弟のフェニックスは、ああもプールではしゃげるのだろう。
炎属性な名前の癖して。
……プール中止にならないかぁ。
もはや逃れ得ぬというのに、往生際の悪いファルコン。
今更だが仮病でも使おうかと、そう思った直後。
――どーん!
衝撃に校舎が揺れた。
机の下に隠れるとか、そういうお約束も頭から吹っ飛ぶ衝撃。
校庭の中心が爆発した、いや違う。
何かが落ちた。
教室が騒がしくなる中、ファルコンの視線は校庭に注がれる。
校庭に、銀色に輝く物体があった。
平たいお皿の上にボウルをひっくり返して載せたような形状。
まさしくUFO。
隕石じゃ無いけど、UFOが降ってきた。
プールが中止になりそうだ。
そこで教師が体育館への避難を指示する。
廊下に並んでって言われたけど、無視して駆けだした。
上履きのまま、校庭へ。
UFOは間近で見たら、軽乗用車くらいの人が乗れそうな大きさ。
教師が追ってきたけど、振り切った。
と言うよりも、途中でファルコンを見失ったかのように振る舞っていた。
ファルコンの振り返る数メートル先で、教師はキョロキョロしながら田中どこだと叫んでいる。
何故だろう。
は、まさかUFOの周囲にマンガ的な認識阻害結界が――。
「珍しいですね、知覚誤認電波が効かないとは。普通ならば近寄れない筈なのですが」
UFOのボウル部分、壁が一部スライドして開いていく。
大人が一人通れそうな四角い穴から、そいつは出てきた。
「初めまして。言葉は通じていますか?」
流ちょうな日本語を話すイカだった。
とんがった細長い頭を支える無数の触手。
色は赤いが、タコよりはイカのフォルム。
けれど、生々しくなくて不気味な感じはしない。
目がクリクリとしてて、着ぐるみっぽい。
タラコっぽい唇だった。
「うん、言ってること分かるよ!」
「騒がしいですね下等生物が――いえ、元気があって大変宜しいですね、少年」
失礼、日本語は不慣れな物で――。
そう付け加えられた。
いわゆる外国人的な妙な引っかかりを感じない声だったが、まあそういう物なのだろう。
「少年、よければ名前を教えてくれますか?」
「えーと、俺、田中ファルコン」
「ファルコン、格好いい名前です。無責任にひり出された糞ガキらしい――いえいえ、奔放そうなキラキラ眩しい名前ですね」
「ねえ、日本語苦手とか言ってるけど、それ嘘じゃない?」
超馬鹿にしてきてる。
キラキラネームって単語を知ってるとか、日本に結構詳しいよ。
ファルコンは殴りかかりたい衝動を必死で抑えた。
クラスメイトの飯塚雷電に名前でからかわれた時、殴りかかって人差し指の付け根を捻挫した事を思い出したからだ。
飯塚も、人の事言えた名前じゃないのに。
「私の名前は、ジュゲムジュゲム――」
落語だった。
「ちょっとまって、ちょっとまって」
「地球人類に私の名は正確な発音が不可能なため、近い物がこうなります」
ホントかよ、からかってんじゃないのか?
ちょっぴり疑いながら、それならばと以前より暗記していたその長い名前を呼んだ。
「気安く呼ぶな、馴れ馴れしい」
「えっ」
「いえ、恥ずかしいので名前で呼ばないでください。声をかけないでください」
そう言われたって、未知との遭遇にテンション上がりまくりだ。
気になって、質問しちゃうのだ。
「何しに地球に来たの? 侵略?」
「そんなわけないでしょう。こんな辺境の未開惑星に侵略価値はありませ――文明人として、野蛮な真似はしません」
価値があったらするんだ、侵略。
ファルコンは聞かなかった事にした。
「ほんの数百年ばかり、この星の文化を記録するように上司に言われまして。公的データベースの資料だとか」
「数百年ってなげー」
「我々は、この星の生命体と比べれば長生きなんです。祖先の超光速航行技術が未発達だった開拓時代、種族単位で遺伝子改造された名残だとか」
「超光速って、SFっぽいなー。なぁなぁ、そのUFOも速いの? あのさ、乗せてくれよ!」
思わず図々しい本音が漏れた。
でも、そんでもって地球は蒼かったとか言ってみたいんだ。
「駄目です」
アッサリ却下された。
触手をブンブン振っていた。
「下等生物なんて乗せたら愛機が穢れ――いえいえ、内部に充填された空気があなたの体に合わない恐れがあります」
「さっきから酷い本音ダダ漏れなんだけど」
ファルコンは、怒りを通り越して悲しみを覚えた。
「ところで、本題に入りたいのですが」
「えーと、何?」
ジュゲム(以下略)の言いたかった事は簡単だ。
要するに、ちょっとした手違いで不時着してしまったが、自分の事は誰にも言わないで欲しいと。
誤魔化していたが、下等生物と深く関わり合いになりたくないらしい。
ファルコンには、現地住民との接触を避けるためのバリアーが通じないので、直接頼んだという事だ。
「まあ、別に良いけど」
黙っているのは構わない。
もっとこう、凄い協力を要請されるのかと期待してしまった。
その、漫画みたいな。
目の前のイカは、ファルコンの不満げな声を聞き取ったのか
「代わりに、この帽子をくれてやりましょう」
頭のとんがった部分が外れて、頭が丸くなった。
イカじゃなくて、タコだった。
よく見れば八本足だし。
「最新の流行なんですよ」
確かに、外したら古くさい宇宙人のイメージだ。
「分かったよ。誰にも言わない、約束する」
「ありがとうございます。――それではお達者で」
タコは何の感慨も躊躇いも見せず、UFOに飛び込み壁を閉じた。
ぴゅおーん。
軽やかに、UFOは去って行く。
瞬き一つすれば、何処に行ったのかもう分からない。
残ったのは、クレーターと、ファルコンの頭には大きすぎる尖った帽子。
そのまま、空を仰ぎ見る。
今日は、良い天気だ――。
何となく爽やかさんしてたら、首根っこ掴まれた。
教師である。
みんな避難したのに、どうしてこんな所にいるんだ。
そんな感じで、こってり絞られた。
ジュゲム(以下略)の事は黙ってなきゃいけない。
理由を言えなくて、余計に怒られた。
反省をさせたかったのか、帰りの会でクラスのみんなにごめんなさいさせられた。
貴重な体験が出来た喜びは、おかげですっかり消え去った。
と、これだけならば嫌なオチで終わっただろう。
しばらくして、ファルコンは再び宇宙人と再会する事となる。
トラブルもあったりで。
田中ファルコンのちょっと不思議な物語は、ここから始まるのだった。
完
………………。
スミレは思った。
ヤバイ思ってたよりまともだ、と。
強引にまとめた感はあるが、スミレの作品より遥かにまとまっている。
文章も長めだし。
帽子、SF、プールというお題から、こんな馬鹿馬鹿しい作品を思いつく発想も良い。
スミレの発想力だったら、何も思い浮かばなかったかも知れない。
……敗北感が、込み上げる。
「案外書けちゃうもんだな」
言いながら、木太は随分得意げだ。
「昇ってば、最初はウンウン唸ってたのに、突然キターって叫んでさー」
すごく変だったよー。
細川はそう言って笑う。
ちょ、言うなって。
焦る木太。
――って、一緒に書いてたのかよコイツら。
やっぱり仲良いなおい。
なぜか、スミレにさらなる敗北感がのし掛かった。
「ねえ、三題噺、もう一度やらない?」
もうちょい、まともな物が書けるようになりたい。
スミレは強く思った。
「いいよー」
間髪入れずに答えたのは、細川だった。
「……まあ、別に良いけど」
木太も、そっぽを向きながら言った。
「じゃあ、次のお題は――」
悔しさを誤魔化すようにお題を検索する。
コレはなんだか、創作に励む文芸部っぽくなったのではなかろうか。
青春だ。
良い感じだ。
スミレは、ジワジワとテンションが上がっていくのを自覚した。
……細川実の部屋にある、かろうじて人がくぐれそうな窓の外、一メートルくらい先の窓へと手を伸ばす。
いつも通り、鍵は開いていない。
窓を開けてから、そこへ飛び込む。
小さい窓超えた先、その下にあるベッドへと四つ足で軽やかに着地した。
木太昇の部屋。
毎日のように、ここへ訪れている。
最近は窓枠に体の一部が引っかかりそうで少し怖いが、今更普通に行き来したら負けのような気がしてしまう。
「うーっす」
昇は、こちらに背中を向けたまま声を掛けてきた。
机に向かって、ノートパソコンのキーボードを乱暴に叩いている。
バックスペースのキーに手を伸ばす割合が、地味に多いようだ。
頭に話は浮かんでも、それを上手く文書に出来ない。
昇はしょっちゅう愚痴っていた。
脳内に凄い作品があるのに、それを最高の文章で表現できない自分に腹が立つ。
ネットで投稿した小説を批判される度、そう言い訳していた。
今回の三題噺は、昇が文章表現を磨く良い機会かもしれない。
そう思ったからこそ、月島の提案に賛同したのだ。
「がんばってねー」
「わかってるっつの」
――こっちも書こうかな。
昇の部屋に置きっ放しの、実専用ノートパソコン。
ベッドから降りて、ちゃぶ台の上に置かれたそれを起動し、床に座り込む。
パソコンの起動を待ちながら、唸っている幼馴染の背中を見つめる事しばし。
――なんだかんだ言って、楽しそう。
そんな昇を眺めている時が、実にとって一番安らぐ瞬間なのであった。
続きゃしないよ
読んでいただき、ありがとうございます。
ちなみに登場人物の性別に関しては、あえてぼかしたところ有りますんで、お好きにどうぞ。