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ソライロ

作者: 莉雨

毎日 空を見上げていた

青い空に 白い雲

雲がゆっくりと流れてゆく

―――本物の空もこんな様子だったのだろうか?

ファインダー越しに空を見つめ

シャッターを切った



(ソラ)

現像された写真を片手にいつもの写真屋から出きた時だった。

古びた扉開いた扉の先に(じゅん)が立っていた。

「純…何?また僕を待ち伏せ?」

「い、いや。たまたま通りかかって」


慌ててそう言う純が、明らかに嘘を吐いているとわかっていた。

こんな町外れの古い写真屋の前を通りかかる人なんてまずいないし、ここ数日、毎日純は此処に現れていたのだ。

けど、その理由を尋ねる気はしない。


「これから暇?」

「写真、撮りに行く」

「なら俺も付いてく。いいだろ?」


ここ毎日繰り返し行われる会話。

俺が純の問いかけに答えずに歩き出すと、純は俺の後をついてきた。

そしてそのまま二人で近くの野原に行った。


一面の草原に、俺は倒れこむ。

少し汗ばんだ肌に冷たい草が当たり、気持ちよかった。

そして俺は唯、目の前に広がる空を見た。

いつもと同じように。


手にしていたカメラのファインダー越しに見てはシャッターを切った。

もう数百年も前のカメラは見た目は古ぼけてはいたが、それでもシャッターを切るといい音がした。

デジタルが当たり前なこの時代に。

アナログな音は妙な響きをもって俺に伝わる。

デジタルのものとは違う、綺麗な音。

現在の音より、過去の音の方が好きだなと思う。


「面白い?」


横に座っていた純がそう尋ねた。


「別に」


一言、そう返す。

面白くていつもいつも空を見てるわけではない。


「なのに、いつも君は空を見てるんだね」

学校でも。そして今も。君は他のクラスメートとは違う。

何にも流されなくて。いつも一人で。

僕と正反対。


純に否定はしなかったけど。

俺はこんな空、好きではない。

唯、本当の空という物が知りたいだけ。

―――だから空を見る。


「写真、見ていい?」

「好きにすれば」


純は、さっき写真屋で受け取ったばかりの写真を手に取り、見始めた。

どの写真も空ばかり。空しか、写っていない。


「綺麗だね」

「何が?」


俺は、空から目を離さない。


「何がって・・・。(ソラ)が撮った写真。綺麗な空がよく撮れてるなって・・・」

「綺麗なんかじゃない」

「え?」

「綺麗なんかじゃない」


もう一度、呟く。


作り物の空なんて。綺麗だなんて 思えない。

これは、唯の作り物の空。偽物の空。(まが)い物の空なのに。

決まった時間に明るくなり、決まった時間に暗くなる。

天気予報は百発百中。

決まった時間に晴れるのも、雨が降るのも、雪が降るのも、全て判っている。

そんな、機械的な空。

それが当たり前で、それが日常。


けど、昔は違ったらしい。

けど、俺が求めていたのは本物の空だけだった。

機械的な空ではなくて。偽者の空ではなくて。

けれど本物の空はもう見れない。

本当の空がある地球はもうないのだから。

数百年も前に滅びてしまっていた。

今、俺たちがいるのは宇宙を漂うコロニーの一つでしかなく。

もちろん、空だって地球の空とは違う。

ただの映像でしかなくなった。

―――それは、誰もが知っている事実。


「これが、本当の空」


古びた写真を手に取り、空に(かざ)した。

そこには、綺麗な青い空が写っている。

これが、本当の空色(ソライロ)


「それ、写真は古いみたいだけど…。綺麗な空だね」


写真を覗き込んで見ていた純が、そう言った。


「うん、綺麗なんだ」


(ソラ)の顔には笑みが浮かんでいた。

学校では決して見せないような、初めて見る表情だった。

そんな(ソラ)に戸惑った。

けど、平静を装い返事をする。

「・・・さっきは、綺麗じゃないって言ってたのに。自分が撮った写真だから?」


違う。


けど、返事はしなかった。

きっと、純に言ってもわからないだろう。

本物の空と、偽物の空のことなんて。

純にとっては偽物の空が本物の空なんだから。


時間が経つにつれ、太陽は傾き、空は赤く赤く色づいていった。

―――本物の空も こんな風に変化していったのだろうか?

また、カメラを構えてファインダーを覗いた。

カシャッ

綺麗なシャッター音が静かに鳴る。

今日のフィルムが終わった。

もうあまり売られていないフィルムはかなり貴重品だったけど。

今日は一本使ってしまっていた。


俺はフィルムが巻き取られていく音を唯聞いた。


「帰ろう」


どちらともなくそう言って立ち上がった。

夕日に照らされ、赤く染まった道を歩く。

少し、綺麗かもしれない。

これも、太陽がこのコロニー内にあるわけなどないのだから、単に赤いライトに照らされているに過ぎないのだけど。



歩きながら、空を仰ぐ

赤い、赤い空

本当の太陽の夕焼けに染まった空は

紅く、紅く

綺麗なものなのだろう



「綺麗だね」


同じく、空を見上げていた純が、そう呟いた。


きっと、(ソラ)は空なのだ。

そして僕は雲。風は僕の周りの人々。

太陽は・・・世界を包み込むカミサマ?僕は神なんて信じないけど。

空は何にも流されはしない。

けど雲は流されていく。

風によって。いとも簡単に。

形を変えながら空を彷徨う。


「明日も、写真撮りに行くつもり?」

「多分」


俺は毎日空を見上げ、それを写真に収めていく。

きっとそれは、今までも、これからも変わらない。

たとえ、求めているものが見れなくとも。探すのだ。

それが、生活の一部であるように。

帰りに、今日撮り終わったフィルムを写真屋へ持ってった。

受け取りは、明日。今日と同じ時間。

きっと明日も純は、写真屋の前にいるのだろう。





一枚の古い写真が

    僕と本物の空を ―(ソラ)と空を― 繋げる




―――本物の(ソラ)は どんなものなのだろう?

偽物の空の下で本物の空を求めて



そして今日も俺はその答えを探し求めて

また空を見上げる



 

〜Fin〜




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― 新着の感想 ―
[一言]  偽物の空と本物の空の対比、というモチーフに惹かれ、拝読しました。  穏やかな時間の流れを感じさせる空の描写が素敵ですね。  それだけに、読後の印象の希薄さがもったいないように思います。 …
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