わたしというそんざい1
あまりの眩しさに、重い瞼を持ち上げると、カーテンの隙間から光が差し込んでいるのに気がついた。
マリーゴールドの花が小さく散りばめられた、夏を彷彿とさせる色合いのカーテンは、三週間ほど前に母さんが繕ってくれたものだ。
左右から閉じられたカーテンの隙間から漏れているのは太陽の光だろう。外でかすかにだが鳥の鳴き声がする。この地方に夜に鳴く鳥は生息していないから、今が朝なのは確実だろう。何度か瞬きを繰り返して、わたしは漸く上体を起こすことにした。
んーっ、と大きく伸びをして、体の筋肉を解す。寝ていた体勢が悪かったのか、体の節々がポキリと音を立てた。首を左右に振ってぐるりと回すと、肩が凝っているのか、またさらに音が鳴る。
この音に、自分には女らしさというものが皆無なのだと毎回思い知らっされるのだが、これをやらないことには一日が始まらない。
幾分かスッキリとした頭で、さて何をしようかと考える。
父さんがやっている毎朝恒例の薪割りのお手伝い?それとも母さんの針子のお手伝い?それともそれとも家で読書に徹するか?
色々考えて、ふと思い出す。
わたしには、そんな選択肢など存在しないということを。
思い出して、ぶるりと身震いをする。なんとも言い難い寒気に両腕を掻き毟るようにして抱きしめる。
震える体を落ち着かせるために、大きく深く深呼吸を繰り返す。吸って吐いて吸って吐いて。
それでも頭の中で止むことのない、どうして?という疑問。答えは出ないし、自分は運が悪いなどと割り切ることもできない。
嫌だ嫌だ嫌だ。外には出たくない。ひっそりと、誰にも悟られることなく家族と過ごしていたい。
「……………憂鬱だ」
今日も今日とて、幸せじゃない一日が始まる。
皇歴七四二年ジルの月三周目二十六日。
世界屈指の大国であるルシアナ王国が神の怒りに触れて崩壊したという事実も曖昧になり、その存在さえもお伽話のように語り継がれて久しいこの頃。
ガルフィール皇国の西南の空に、一つの吉兆が描かれた。
大預言者ヴィラズィラは、その吉兆を指し示し唱えた。
西南の空深紅に燃ゆる刻神の怒り鎮まり滅びし大国復活せん、と。
その預言に世界中は激震した。
各国で国会会議が毎夜のごとく開かれ、かの亡国を復活させないよう阻止すべきだという意見と、そんなのは世迷言だ復活するも何も傍系の類はもう滅びている!と預言を信じないという意見に分かれて騒然とする議会や、国家はかの大国を容認するのではなく属国とならなければならない、ととある宗教の教主が提唱しだしあわや戦争かという騒ぎまで起きたが、そんな騒動もそっちのけで、遠い東の大地にてわたしは吉兆と時を同じくしてこの世界で産声を上げた、らしい。
らしい、と曖昧な表現なのはわたしはもとより、普通の赤ん坊でもこの世に産み落とされた瞬間の記憶などあるはずもなく、その瞬間にあった出来事のアレやソレな話はもっぱら母親か父親に聞かされるからである。
そしてわたしも例に漏れることなく、吉兆があったと騒がれたその日その時間に奇しくも生まれたのだと聞かされた。
人によっては、その話を聞いて自分は特別なんじゃ、って考えるかもしれないが、それはそれ。わたしからしたらへぇ、と少し驚くだけでさりとて気になるような話題でもなかった。
子供ながらにして、ある意味冷めていると思われるわたしの名前はアイリーンという。
みんなからはアンと呼ばれ、それなりに可愛がられている自覚のある、世にも珍しい前世の記憶を持って生まれた転生者である。
わたしが生まれた国は、世界地図の東側の端っこに小さく載っているザガ共和国という名の国だ。
豊穣の神ラヌフィールが誕生したとされるラディナという森が有名で、ただでさえ東にある国の更に東の国境近くにあるイドル村でわたしは育った。
村の人口は正確に計ったことはないけれど、おおよそ二百人ほどだと思われる。とにかく小さい村で、尚且つ子供も少ない寂れた村だ。
村にいる子供は十人と少し。最年長は村長の孫娘のルーアという女の子で、最年少はおしどり夫婦で有名なサン家の三男坊ユン。わたしといえば中間位に位置する子供で、お姉さんぶることも年上に甘えることもできない中途半端な子供だった。
それでも周りの大人や子供たちはわたしに優しくしてくれた。同い年のカキネは毎朝家に来て引きこもりがちなわたしを連れ出してくれるし、一つ下のラルフは獲った木の実を分けてくれる。みんなみんな優しくて、わたしはそんなみんなを好いている。
けれど、そんな日常も長くは続かなかった。
あいつが、村にやってきたのだ。
あの、憎たらしくて大嫌いな幼馴染に似た顔を持つ男の子が。