教室の隅にいるあの子
「…、川上さん、だろ?」
「うん。」
「そうそう!よく知ってるね、坂野くん。」
「…だって、クラスメイトだし当たり前だろ。」
「希美ってね、よくクラスの子にも誰って言われるんだよねー。」
「…そうなんだ?」
「うん。」
俺がこの機会を逃すまいと再び口を開こうとした時に、がららっと先生が入ってきた。川上さんはすぐに前を向いて、授業の準備を始めた。川上さんの友人である木谷さんも、席に戻っていった。俺は話しかけるタイミングを失い、名残惜しくも席に戻った。
川上希美さん。教室の一番廊下側で一番前の席にいる。彼女はとても静かで目立たないし、目立とうともしない。授業中は真面目に受けているように見えて、面白い落書きをしていることが多いし、授業そのものをサボることもある。意外とお茶目でお転婆。
友人も少ないがいて、いつも女子高生らしい会話をしている。例えば、日常のこととか、ファッション、恋愛、その他諸々。見た目はファッションには興味なくてオタクな感じもするけど、実は女の子らしくてかわいい。
俺と川上さんは全く親しくない。なのに、どうして彼女のことを俺が知っているか。答えは簡単。俺が彼女のことを好きで、よく観察をしているからだ。
俺は廊下から3番目の列の前から4番目の席である。俺の席からは彼女がよく見える。彼女は今日も何か落書きをしているらしい。先生は何も書いていないのに、彼女のペンは止まらず動いている。
今日初めて、川上さんと話が出来た。油断していると緩みそうな頬を必死に耐える。いつも遠くで聞く彼女の声が、彼女の目が俺に向けられた。有り得ないぐらいの喜びと緊張で、心臓が張り裂けそうになった。こんな経験、初めてだ。
がたがたと周りが立ち、俺も立ち上がった。いつの間にか授業は終わっていたらしい。俺のノートは言わずもがな、真っ白である。こんなことはよくあることなので、気にはしない。
「礼。」
「ありがとうございました。」
6時間目が終了。つまり、もうすぐ放課後。俺は、はぁと重いため息を吐いた。
―――――
「何で放課後になったら、テンションが下がるんだよ、雅明は。」
「川上さんが速攻、帰宅するから。」
「また川上さんか。」
「部活入ってくれないのかな…。川上さんがいるなら、俺も部活入るのに…。あー…バイトがあるから、無理だよな…。俺も川上さんとバイトしたい。」
「重症だな。」
友人である源川はため息を吐いた。俺も重いため息を吐いた。理由は各々で違うが。
川上さんが学校にいる間は目が耳が勝手に彼女を探す。自分でもストーカーじみていると感じている。しかし、止められるものならとっくに止めている。止めないのではなく、止められないのである。
彼女とは親しくないので、会話どころか挨拶すらもままならない。前にクラスメイトだからという建て前でしてみたが、警戒されてしまった。それ以来、怖くて出来ない。
結果、いつも俺は川上さんが不足し過ぎて、無意識に求めてしまうのだ。恋とは恐ろしいものである。
「川上さんって、見た目地味だし性格も暗そうだし、何がいいのかさっぱりだわ。」
「ぁあん?」
源川が意味の分からないことを言い始めた。俺はそれに対して、低い声で凄んでしまう。
川上さんのいいところだ?まずはかわいい。見た目も目がくりくりしていてかわいいが、彼女のかわいいさは見た目より性格だ。
ちなみに、見た目は綺麗系であると思う。おしとやかで清楚な雰囲気がある。黒髪のセミロングというありふれた髪型ではあるが、そこも彼女の魅力だ。
性格はお茶目でかわいい。しっかり者で大和撫子な感じもあるのに、実はお茶目でお転婆というギャップが何よりかわいい。授業も真面目そうに見えて、落書きしていたり忘れ物もしていたりする。時より、学校を休むのは病気ではなく、サボリらしい。サボって、色んなところに旅行しているらしい。真面目で大人しそうに見えるのに、本当は積極的でアクティブ。かわいすぎる。
それでも、友人からは信頼されているようで、そこからも彼女がいかにいい子なのかが分かる。
それから、
「もういい。」
「何?まだ半分も語ってないぞ。」
「もういい。」
「ちっ。」
「恋は盲目っていうけど、お前の場合は盲目すぎて恐ろしいわ。」
否定はしなかった。自覚があるだけマシということにしておいてくれ。
―――――
今日も今日とて、川上さんを観察する。友人である木谷さんとファッション雑誌を広げながら、わいわいと笑いあっている。いつもの光景である。それを遠くから、でも声がぎりぎり聞こえる距離から友人と話すふりをしながら、盗み見する俺。これもいつもの日常である。
「おい、坂野。」
「何だよ。」
「お前、話聞いてる?」
「聞いてる。明日のサッカーの試合、頑張れ。」「聞いてるなら、相槌ぐらい打てよ。」
うるさい。俺は今忙しい。なにせ、明日は土日なんだ。だから、今日のうちに川上さんを補給しなくてはならない。顔に出した覚えはないが、なんとなく俺の考えが分かった源川はうんざりした表情を見せた。
俺が友人と話しているうちに、いつの間にか川上さんはいなくなっていた。トイレかと思ったが、木谷さんは自分の席に戻っている。トイレだったら、いつも待っているのに、これはおかしい。何かあったのだろうか。
聞き逃す原因となった友人にはヘッドロックをかましておいた。理不尽!と喚いていたが気にしない。
もしかしたら、ケンカかもしれない。その後の休み時間は別々に過ごしていたから、2人で何かあったのだろう。
昼休みは木谷さんは別の友人と食べていた。川上さんは弁当を持って何処かにふらりと歩き出した。俺は思わず、ついて行ってしまった。そのまま観察するかもしれないので、俺も弁当を持って行く。
ふらふらと川上さんは体育館裏へ向かっていた。そこはよくあるリンチする場所ではない。何故から、グランドから丸見えだからである。ついでに言えば、自転車置き場からも。こんな場所でリンチするのは、ただのアホである。
ただ確かに人通りはない。昼休みにこんなところにわざわざ行く人はいないだろう。川上さんは体育館裏のコンクリートに座り込み、弁当を広げだした。
こんなところで1人で食べるつもりだろうか。そんなの寂し過ぎる。
「あの、」
「え…。」
そう思うと無意識のうちに声をかけてしまった。彼女の驚く顔を見てから、しまったと思った。
ここは偶然通りかかるような場所ではない。俺が彼女の後をつけてきたのがバレてしまった。こんなの立派なストーカーである。完全に引かれる。嫌われてしまう。
「坂野くん?」
「は、はい。」
「…どうかしたの?」
どうしようか。ここで川上さんが気になって付いてきたとか言ったら、さらに嫌われてしまう。今この時点で嫌われているのに、これ以上は避けたい。
ぐるぐると解決策を巡らして、俺が出した答えはかなり苦しいものだった。
「…、お昼一緒に食べていいですか、」