異世界に行くとは限らない
何となくできた短編です。
置いて行くのは辛いな。
いつも、置いて行かれるのは自分だったからわからなかった。
呼ぶ声が必死で、悲痛で泣きだしそうで。
後悔が溢れる。
もう少し注意して歩いていれば良かった。
でも、きちんと歩道を歩いていたんだ。
いつもの道を同じように。
テストだ、部活だ、忙しいと言って家を空けてばかりいた。
こんなことになるなら、もっと話しておけば良かった。
弟の面倒ももっと引き受ければ良かったな。
とても疲れて、いろんなところが痛くて、目を開けていられないんだ。
そして、とても眠い。
でも、眠ったらやばいのだろうなとわかる。
もう少し、頑張らないと。
そんな風に葛藤していたら、耳元で声がした。
もう、良いよ。
優しい声だ。
でも、泣かしてしまうし大変なことになる。
大丈夫、もう良いんだ。
再度言われて、なんだか納得してしまった。
あぁ、もう良いのか。
気分が楽になって、やって来る眠気に意識を任せた。
おやすみ。
後から考えると、これは天使の声ってやつだったのかもしれない。
もしくは死神?
でも、とても優しくて労わりに満ちた声だった。
だから、俺はあっさりと17年の人生を終えた。
今考えるともう少し粘れよ、って感じだよな。
「いやいや、十分粘ったからね」
何を言っているんだという感じで突っ込まれた。
「そうか」
だって、もしかしたら死ななかったかもだろう。
「本当だって。意識不明で三日間。おかげで予定とずれちゃったからね」
スマートフォンを出して、ぶつぶつ言う。
スケジュール帳代わりらしい。
すごいな、使いこなしている。
「人の死って、そんな風に確定しちゃっているものなのか」
漫画とかで、よくあるみたいに閻魔帳とかあるのか。
この場合スマートフォンが?
「いや、そんなことはないよ。ただ、俺らはお迎えにいかなきゃいけないからさ。どうやったって避けられない、その人の体の限界ってのはあるだろ。そういうのは、わかるわけよ」
不治の病とか。末期の癌とか。
助かりようのない臓器の損傷とかだろうか。
でも、今の医療は凄いぞ。日々進化しているし、その辺はどうなんだろう。
「恐ろしい能力だな」
そういうのを全部すっとばして分かるっていうなら凄いよ。
「そう?俺らからすると君たちの方が怖いよ。とっくに身体は限界なのに生きたいっていう気持ちだけで死なないんだから」
嘆かわしげに言う。
複雑な気分だ。
良い事じゃないか、俺ら人間からすると。
余命半年が5年とか生きたってことだろう。
「まぁ、人間って言うのは欲深いからな」
その辺は認める。
俺も含めて、ゴキブリのような生命力を発揮させようと頑張っているからね。
でも、結構脆いんだぞ。
「他人ごとのように言うね」
客観的な事実だ。
嘘でも、慎ましいとは言えないだろう。
じゃなきゃ、こんなに平均寿命延びないだろう。
「それで、来てくれるの?」
綺麗な琥珀色の瞳がひしとこちらを見つめる。
「うーん、正直あまり気は進まないんだよな」
いきなりシリアスになったな、と思いつつ答える。
身体の重さを感じないって不思議だな。
「どうして異世界だよ!ファンタジーとかゲームの中だけの存在が居るんだよ!」
がくがくと肩を揺さぶられる。
おい、やめろ。
視界が揺れて気持ち悪いから。
「うん、それは凄いと思うけどさ」
人並に本とか映画とか読んだし、見た。
ファンタジーも好きだ。
「そうだよ!龍とかエルフとか、救国の勇者とかさ。魔法だってあるんだよ!」
どうだ!って感じで言われてもな。
「今なら行けちゃうんだよ、好きでしょう?」
確信ありげに言う。
もしかして調査済みか。
いつ調べたんだよ。
「嫌いではないけどな」
正直に頷く。
でも、気が進まないのは隠さずにニュアンスにいれる。
「だったら行こうよ」
無視したな。
仕方ない。
「家は一般的な日本の世帯だからさ、仏教徒なんだよ」
それがどうしたって目で見ないで欲しい。
説明しようとしているんだから。
「うんうん、クリスマスも初詣もしていたけどね」
何か非難ありげに言われる。
「うん、その辺も一般的日本人だから。」
俺は悪びれず肯定する。
結構普通だよな、これ。
「……すごい民族だよね。それで?」
お前、日本人嫌いなのか。
容姿はいろいろ混ざってそうだが。
興味なさげに話を勧められたのを、気にしないようにしながら続けて口を開く。
「仏教には輪廻転生って考え方があるだろう?」
あんま、詳しくはないけどさ。
「あぁ、うん」
頷かれて安堵する。
ここでわからないと言われても、どうすれば良いか困る。
「俺は今まで結構、生きていて楽しかったんだよ。それで、もし輪廻っていうのがあるなら又日本に産まれたいなって思う」
うん、素直にそう思うんだよな。
あっさりと、すんなり。
「あぁ、成るほど成るほど。うーん、でもあくまで一宗教の思想だよね、それって」
うわぁ。なんか全否定っぽいぞ。
ないのか、輪廻転生。
「夢も希望もないこと言うな。」
「だってねぇ」
なんか、さも俺らが悪いみたいな、目するな。
宗教観は自由だぞ。
「まぁ、良いや。実際に生まれ変わりなんてのがなくても、肉体は死んだけど俺、今自我っぽいのがあるだろ」
確かに死んだからな。
確かめたぞ。
「うん、あるね」
不思議でもなんでもないと言う風に肯定される。
こいつのお蔭なのかもしれない。
「あんたが居なくなって、その自我っぽいのがなくなってもさ。その残り滓みたいなものが、俺が産まれた世界にまた還ったら多分俺は嬉しいと思うわけだ」
莫迦みたいだよな。
案の定、眉を寄せられる。
「何その願い。夢がないのはどっちだって感じだよ」
うん、確かに。
変に現実的だよな。
でも、何でか今とっても還りたいんだ。
「だってさ、やっぱり早く死んじゃったから未練とか心残りなこととか結構あるわけよ」
死ぬ時も、いろいろ思ったし。
「そりゃ、ねぇ。君若いし」
本当にな。
まぁ、本当の子どもでないだけマシなのかもしれない。
「だから、正直あんまり他の世界とか興味ない」
考えるのは、産まれた世界のことばかりだ。
後悔とかもあるけれど、それより楽しかったこととか。見たものとか、感動した時のこととか、笑っている誰かの顔とか。
とても、温かで切なくてなんとも言えない感覚を覚える。
こういうのって、希うとか。慕わしいとか。そんな感情だよな。
俺って、結構この世界が好きだったらしい。
「…………」
「…………」
暫く互いに沈黙する。
そうして、目の前の相手は溜息をついた。
「あーあ。はいはい、わかりました」
投げやりだな。
でも、諦めてくれたようで良かった。
「諦めるよ。もう、せっかく丁度良い生命体を見つけたと思ったのに」
愚痴られる。
少し罪悪感を覚えなくもない。
でも、いつ見つけた。
「生命体って死んでるって」
とりあえず、そうとだけ突っ込む。
「俺らの中では言うの」
きっぱり言われる。
多少八つ当たりぎみだ。
「そうなんだ」
不思議な言い方だな。
じゃあ、死んでるってどういう状態なんだよ。
「そうなんです。よし、交渉は失敗ってことで良いよ。」
また、スマートフォンが出てきた。
メールですか。いったい誰に。
「有難う」
本当に。
心底安堵している。考えていた以上に、産まれた場所を離れるのは自分にとって嫌だったらしい。
「良いよ、無理には連れて行けないし」
笑っていわれる。
優しい表情だ。
不思議だと思う。
途端に、神聖で美しい存在に見えるのだから。
「じゃ、送って行こうか。君の世界へ」
手を差しだされる。
「頼む」
しっかりとその手を握った。
自然と口元がゆるむ。
良かったと思って。
「はい、到着」
「ありがとう」
あぁ、やっぱり自分はこの世界が大好きだと実感した。
わくわくして、でも胸が温かくなって大切だなと思う。
「本当に君は――」
声に振り返る。
苦笑した彼は、白い手で俺の頬に触れた。
「君みたいな魂に会うとまだまだ、この世界も捨てたものじゃないと思うよ」
どういう意味だろう。
問う前に彼が手を離す。
「じゃあ、さよなら」
簡単な別れの言葉とともに白い光が弾けた。
何ていう派手な退場の仕方だ。
というか、意識が薄れてきた。
やはり、今俺の意識があるのは彼のお陰だったらしい。
此れって、消滅ってこと?
うわー、困った。
でも、望み通りだよな。
そうして、俺は世界の一部となり消え果てた。
最後に、あの時と同じ声が聞こえた気がした。
――お帰り
うん、ただいま。
「お帰り、愛し子」
手の中にある小さな光。
ありふれた少年だったもの。
「おもしろいね」
「そうだな」
今まで、声を掛けられた者たちは、すべからく冒険に心躍らし、新しい世界に羽ばたいて行った。
それはそれで良いのだ。
彼ら自身が選んだのだから。
でも、彼は――。
「好きだと、大切で愛しいと彼の心が叫んでいた」
琥珀の瞳の青年が苦笑して言う。
「この世界は、温かくて、居心地が良いのだと」
離れたくないと全身で言っていた。
困ったものだねと青年が笑う。
ずっと離れたくないなんて、我儘を言ってと。
「けれど、とてもうれしかった」
「あぁ」
儚くて、それでいて力に満ちた光を撫でる。
ありがとう。
その言葉だけで、報われる。
良かったと思える。
また、産まれておいで。
この世界に。
読んでくれて有難うございます。