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夏の果て  作者: 水瀬さら
9/20

9 浴衣姿の君と

 夕方、自転車を押して、ひかりを迎えに行った僕の前には、浴衣姿のひなたがいた。

「ごめんっ! あたし風邪ひいちゃったみたいでさ。代わりにひなたを連れてってあげて」

 呆然と突っ立っている僕に、ひかりが家の中から声をかける。

「風邪って……それ、どういうこと……」

「それじゃあ、よろしくっ!」

 ひかりは僕から顔をそむけるようにして、窓をぴしゃっと閉めた。

 夕暮れの中に立ち尽くす、僕とひなた。やがて申し訳なさそうな、ひなたの声が聞こえてくる。

「……なんか、ごめんね? あたしで」

 僕はあわてて首を振って、目の前に立つひなたを見る。

「謝ることなんかないよ。えっと……ひなたちゃんは元気そうだね?」

「うん。今日はとっても調子がいいの。お母さんも行ってきなさいって、浴衣まで着せてくれて」

 ひなたが夕陽に照らされた頬を、さらに少し赤らめて、自分の姿を見下ろす。

「……似合わない、かな?」

「いやっ、似合ってるよ。すっごく」

 そう言ったあと、自分で照れた。やっぱりひなたは可愛いということに、あらためて気づく。浴衣なんか着ているから、なおさらなんだ。

「チャリで来ちゃったけど……乗れる?」

「うん。大丈夫だよ」

 ひなたが荷台にちょこんと横座りする。

「座布団でも持ってこようか?」

「大丈夫だってばぁ。この前はひかりちゃんを乗せたんでしょう? 同じでいいよ」

 なんとなくその言葉の意味を考えながら、僕はゆっくりと自転車をこぐ。

 なるべく平らな道を選んで、ひなたのお尻が痛くないように……あれ、そういえば、ひかりの時は、そんなこと考えなかったな。あいつの体は頑丈そうだし。

 そしてひなたの体は、薄くて脆くて壊れやすい、透き通ったガラスのように思えた。


 薄暗くなってきた道を、ひなたを後ろに乗せて走る。

 近所の子どもたちを追い抜いていくと、遠くから太鼓の音と、盆踊りの曲が流れてきた。

「歩くんは……」

 その音と一緒に、ひなたのか細い声が聞こえてくる。

「こういうこと、東京でもしていたの?」

「え? こういうことって?」

「女の子を自転車に乗せて走ること」

 思わず後ろを振り向きそうになり、僕はあわてて前を向いた。「ちゃんと前見て、運転しなよっ」という、ひかりの声が聞こえてきそうだったから。

「そんなこと、してないよ」

「でも、東京に彼女いたんでしょ? ひかりちゃんが言ってた」

 あいつ……どうしてそんなふうに話を大きくするかなぁ……。

「彼女なんて、いないって」

「そうなの?」

「……いないよ」

 理紗は……理紗は『彼女』じゃないから。

 盆踊りの音が大きくなって、いつもでは考えられないくらいの人が、神社に向かって歩いていく。この集落に、こんなに人が住んでいたなんて、知らなかった。

 鳥居の横に自転車を止めて、薄暗い石段をゆっくりと上る。

 浴衣の裾を気にしながら歩くひなたを見て、僕はおずおずと手を差し出した。

「転ぶと、危ないから」

 ひなたの手をとって、階段を上る。ひなたは恥ずかしそうにうつむいている。そして僕も、女の子と手をつないだのなんて、これが初めてだった。

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