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夏の果て  作者: 水瀬さら
8/20

8 一緒に行こうよ

「こんなもんしかなくて、悪いなぁ」

 ばあちゃんが、野菜の煮物や、山菜のおひたしなんかを皿にのせて、僕の前に差し出す。

「男の子だったら、ハンバーグだとか、カレーライスなんかが、好きなんだろう?」

「ん、好きだけど……ばあちゃんの料理もおいしいよ」

「言うようになったねぇ……この子も」

 ばあちゃんがそう言って、ご飯をよそいながらおかしそうに笑う。

「小さい頃は、ハンバーグじゃなきゃ嫌だって駄々こねて、お母さんに怒られてたのにねぇ」

「そ、そうだっけ?」

 できるだけ平静を装って煮物を口に入れる。そりゃあ今だって、街のファーストフードが恋しいよ。だけど、ばあちゃんの料理がおいしいって思ったのも嘘じゃない。

 網戸の向こうから、涼しい風が流れてくる。蚊取り線香の煙が、細く揺れる。

 車の騒音の代わりに、虫の鳴き声が聞こえる静かな夜。テレビの音もゲームの音もない。ばあちゃんと二人だけの夕ご飯。

「あのさ……ばあちゃん?」

「ん?」

 ばあちゃんが、漬物を箸でつまみながら僕を見る。

「隣のひなたちゃんって……何の病気なの?」

 いつもの穏やかな表情のまま、ばあちゃんが答える。

「さあなぁ……ばあちゃんも詳しくは知らないけど。東京の大学病院を退院して、家族でこっちに越してきたって言ってたなぁ……お父さんは仕事を辞めて、ひかりちゃんも学校を転校して」

「……死ぬような病気じゃ、ないよね?」

 ぼそっとつぶやいた僕の声に、ばあちゃんが小さく微笑む。そして僕に向かってこう言った。

「大丈夫、大丈夫。ひなたちゃんも、ひかりちゃんも、すっごくいい子だろう? あんないい子たちに、神様がひどいことするわけないって」

 ばあちゃんの声を聞いていたら、不思議なことに、僕もそんな気がしてきた。

「食べたらお風呂、入っておいで」

 ばあちゃんが立ち上がり、僕の肩をポンポンと叩いて、台所へ向かう。

 僕はばあちゃんの背中を見送りながら、神社で一人祈っていた、ひかりの姿を思い出していた。


「あーゆーむー! 起きろっ」

 今日もいつものように、僕はひかりにたたき起こされる。

「ねえっ! 今日の夜、ヒマ? ヒマだよね?」

 なんでそう決めつけるかな……確かに暇には違いないけど。

「今夜さ、神社で盆踊りがあるんだって! 一緒に行こうよ」

 朝の日差しを背に、ひかりがはしゃいだ声で言いながら、僕の頬に冷たいトマトをぐりぐりと押し当てる。

「盆踊りぃ? 何でそんなもんに行かなきゃならない……」

「よしっ、決まり! 夕方あたしんちに迎えに来てよ!」

 ひかりはトマトを僕に押し付け、勝手に決めて庭に飛び出す。

 あいつ……絶対トマト食べたな? 『元気の素』だっていう、このトマトを……。

 僕はふうっとため息をついて、もう一度布団の上に寝転がる。

「盆踊り、かぁ……」

 だいたい僕は昔から、そういうイベントが好きではないのだ。たいして楽しいとは思わないし、人がごちゃごちゃと混んでるし……。

「盆踊り、誘われたのかい?」

 両手でトマトを持って目の前にかざしたら、その向こうの庭先から、ばあちゃんが顔を出した。

「行っといで、行っといで。境内にちょっとした夜店も出るしね。ほら、お小遣いあげるから」

「い、いいよ。子どもじゃないんだし」

 そう言いながらも、しっかり千円もらった僕は、やっぱりまだまだ子どもなのだ。

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