8 一緒に行こうよ
「こんなもんしかなくて、悪いなぁ」
ばあちゃんが、野菜の煮物や、山菜のおひたしなんかを皿にのせて、僕の前に差し出す。
「男の子だったら、ハンバーグだとか、カレーライスなんかが、好きなんだろう?」
「ん、好きだけど……ばあちゃんの料理もおいしいよ」
「言うようになったねぇ……この子も」
ばあちゃんがそう言って、ご飯をよそいながらおかしそうに笑う。
「小さい頃は、ハンバーグじゃなきゃ嫌だって駄々こねて、お母さんに怒られてたのにねぇ」
「そ、そうだっけ?」
できるだけ平静を装って煮物を口に入れる。そりゃあ今だって、街のファーストフードが恋しいよ。だけど、ばあちゃんの料理がおいしいって思ったのも嘘じゃない。
網戸の向こうから、涼しい風が流れてくる。蚊取り線香の煙が、細く揺れる。
車の騒音の代わりに、虫の鳴き声が聞こえる静かな夜。テレビの音もゲームの音もない。ばあちゃんと二人だけの夕ご飯。
「あのさ……ばあちゃん?」
「ん?」
ばあちゃんが、漬物を箸でつまみながら僕を見る。
「隣のひなたちゃんって……何の病気なの?」
いつもの穏やかな表情のまま、ばあちゃんが答える。
「さあなぁ……ばあちゃんも詳しくは知らないけど。東京の大学病院を退院して、家族でこっちに越してきたって言ってたなぁ……お父さんは仕事を辞めて、ひかりちゃんも学校を転校して」
「……死ぬような病気じゃ、ないよね?」
ぼそっとつぶやいた僕の声に、ばあちゃんが小さく微笑む。そして僕に向かってこう言った。
「大丈夫、大丈夫。ひなたちゃんも、ひかりちゃんも、すっごくいい子だろう? あんないい子たちに、神様がひどいことするわけないって」
ばあちゃんの声を聞いていたら、不思議なことに、僕もそんな気がしてきた。
「食べたらお風呂、入っておいで」
ばあちゃんが立ち上がり、僕の肩をポンポンと叩いて、台所へ向かう。
僕はばあちゃんの背中を見送りながら、神社で一人祈っていた、ひかりの姿を思い出していた。
「あーゆーむー! 起きろっ」
今日もいつものように、僕はひかりにたたき起こされる。
「ねえっ! 今日の夜、ヒマ? ヒマだよね?」
なんでそう決めつけるかな……確かに暇には違いないけど。
「今夜さ、神社で盆踊りがあるんだって! 一緒に行こうよ」
朝の日差しを背に、ひかりがはしゃいだ声で言いながら、僕の頬に冷たいトマトをぐりぐりと押し当てる。
「盆踊りぃ? 何でそんなもんに行かなきゃならない……」
「よしっ、決まり! 夕方あたしんちに迎えに来てよ!」
ひかりはトマトを僕に押し付け、勝手に決めて庭に飛び出す。
あいつ……絶対トマト食べたな? 『元気の素』だっていう、このトマトを……。
僕はふうっとため息をついて、もう一度布団の上に寝転がる。
「盆踊り、かぁ……」
だいたい僕は昔から、そういうイベントが好きではないのだ。たいして楽しいとは思わないし、人がごちゃごちゃと混んでるし……。
「盆踊り、誘われたのかい?」
両手でトマトを持って目の前にかざしたら、その向こうの庭先から、ばあちゃんが顔を出した。
「行っといで、行っといで。境内にちょっとした夜店も出るしね。ほら、お小遣いあげるから」
「い、いいよ。子どもじゃないんだし」
そう言いながらも、しっかり千円もらった僕は、やっぱりまだまだ子どもなのだ。