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夏の果て  作者: 水瀬さら
7/20

7 どこまでも、どこまでも

 自転車で、でこぼこした砂利道を走る。緑の草が風に揺れて、畑の隅に咲く向日葵が太陽に向かって伸びている。

 カッコつけて、ひなたにあんなことを言ってしまったけれど、僕にはさっぱり、あてがなかった。だからあてもなく、僕は自転車を走らせる。

 汗がじっとりとにじんできて、Tシャツに張り付き、気分が悪い。

 やがてこんもりとした森が見えてきて、小さな鳥居の向こうに、狭い石段が続いていた。

「この上に神社があるんだよ」

 買い物帰りに、ここを通りがかった時、ひかりが言っていたのを思い出す。

 僕は自転車を止めて上を見上げる。大きな木が生い茂るその森は、ひんやりと気持ちよさそうで、僕は炎天下から逃げるように石段を上った。


 石段を上りきると、やはりそこに神社があった。そして僕はその場所で、捜し物を見つけることになる。

「ひかり?」

 ひっそりとした、古びた拝殿に向かって手を合わせていたひかりが、ゆっくりと僕に振り向く。

「あれ、歩? 何やってんの? こんなところで」

「それはこっちが聞きたい」

 僕は蝉の声が降り注ぐ、うっそうとした木の下を歩いて、ひかりの隣に並ぶ。

「……何か、神様にお願いしてた?」

「それ以外にここですること、何かある?」

 ひかりがふふっと笑って、神様のいると思われる方向に向かって、ぺこりと頭を下げた。

「ひなたちゃんが、あんたのこと捜してたぞ?」

「うん。すぐに帰るよ」

 そう言いながらも、ひかりはぶらぶらとその辺を歩き回ったりしている。

「帰らないのかよ? ひなたちゃんが待ってるってば」

 ひかりはその言葉を無視するように、大きく伸びをしてから、「あゆむー」って僕に言う。

「ひなたと仲良くしてあげてね? あの子、男の子としゃべったことも、あんまりないから」

 僕はさりげなく、ひかりから顔をそむけて歩き出す。なんとなく、その先は聞きたくなかった。

「あ、てかさ。歩、ひなたと付き合ってあげてくれない?」

「な……何でそうなるんだよっ」

「だってもし、ひなたの病気が悪くなったら、あの子、男の子と付き合うこともなく死んじゃうんだよ?」

 足をぴたっと止めて、ひかりを睨む。ひかりはいつものように、平然と笑っている。

「……なんてね。冗談」

「冗談でも、そういうこと言うな。あんたの妹だろ?」

「わかった、わかった。怒らないでよ」

 ぴょんぴょんっとスキップするように僕を追い抜いて、ひかりが石段を駆け下りていく。僕は一番上で立ち尽くしたまま、そんなひかりの背中を見下ろす。

「あーゆーむー! 後ろに乗せてってー」

 僕の自転車の脇で立ち止まったひかりが、僕を見上げて、いたずらっぽく笑った。


「なんで今日は、チャリじゃないんだよ?」

 ひかりを後ろに乗せて田舎道を走る。空はいつの間にか夕焼け色だ。

「うーん、歩きたい気分だったから」

「ふん。暇人が」

 背中に聞こえるひかりの笑い声。

「だってさ、どこまでも歩いてみたかったんだもん」

 僕たちの脇を、のんびりと軽トラックが追い抜いていく。

「どこまでも、どこまでも、歩いていったらどこに行くんだろう……あたしはどこに行けるんだろう……なんて……」

 ひかりの声が、フェードアウトしていく。思わず振り向いたらバランスが崩れて、自転車がぐらりと揺れた。

「バカっ! ちゃんと前見て運転しなよっ」

「ああ……はい、はい」

「まったく、危なっかしいんだからぁ」

 ひかりがそう言って、いつものように笑う。

 そんなふうに笑うなよ。あんな意味ありげなこと言った後に、そんなふうに笑うなよ。

 ハンドルをぎゅっと握って、ペダルを踏み込む。後ろに乗ったひかりの指先が、僕の汗ばんだTシャツをそっとつまんだ。


 ひかりたちの家の前に、人影が見えた。麦わら帽子をかぶったひなたが、夕陽の中で、長い影を伸ばして立っていた。

「ひなた……」

 僕が自転車のブレーキをかけると同時に、ひかりが荷台から飛び降り、ひなたに駆け寄る。

「ごめん、ひなた。遅くなって……」

 ひなたはかすかに微笑んで、首を小さく横に振る。そして静かに顔を上げて、僕を見た。

「あ、ひかり、捜してきたから」

「うん。ありがとう……歩くん」

 そう言ってひなたは、僕にも笑いかけてくれたけれど、その顔はどこか寂しげだった。

「ごめんね、ひなた。もう行こう」

 ひかりがひなたの手をとって、寄り添うようにして歩き出す。僕は複雑な想いで、そんな二人の背中を見送る。

 なんなんだろう……この気持ち。

 ひなたはどうして、あんなに寂しそうな顔をするんだろう。

 ひかりはどうして、僕に振り向かないんだろう。

「おかえり。あゆちゃん」

 立ち尽くす僕の背中に、ばあちゃんの声が聞こえる。ゆっくりと振り返ると、オレンジ色の空の下で、ばあちゃんがにっこりと微笑んでいた。

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