6 春の日差しと真夏の太陽
田舎の暮らしは退屈だった。こんな所に一か月なんて……思った以上にキツいかもしれない。
僕は通っていた塾の問題集を、丸い卓袱台の上に広げたまま、畳の上に寝転がる。扇風機の生ぬるい風が、ノートのページをパラパラとめくる。
受験勉強もやる気がなかった。理紗と同じ南高に行けないのなら、どこの学校に入っても同じだ。
何気なく手を突っ込んだポケットから、あのアライグマを取り出して、ぶらぶらと揺らしてみる。
理紗は僕の連絡先を聞かなかった。僕も言おうとしなかった。だから、僕たちはこれで終わりなのだ。理紗は南高に行ってテニスをやって、新しい仲間を作って、彼氏ができて……。
やがて僕のことなんか忘れてしまう……。
指先から離れたアライグマが、ポトンと音を立てて畳に落ちる。その音と同時に、遠慮がちな細い声が、庭先から聞こえてきた。
「……こんにちは」
飛び上るように起き上がって、縁側の先を見る。
「ひかりちゃん……ここに来てないかな?」
麦わら帽子をかぶった頭を、ちょっと横に傾けて、ひなたが僕に微笑みかける。
「あ、えっと……来てないけど」
なぜかそわそわと、乱れたTシャツを整えたりしている僕。
「そっか……ごめんなさい」
「ひかり、いないの?」
ひなたが不安げな顔でこくんとうなずく。
どうせ自転車に乗って駆け回って、どこかのおばちゃんと、おしゃべりでもしているんだろう。そう思ったけれど、ひなたの心細そうな表情を見たら、そんなことは言えなかった。
「僕、捜してこようか?」
「あ、いいの。そんな……悪いよ」
「大丈夫、どうせ暇だし。家に帰って待ってて」
僕はそう言って庭に飛び降り、サンダルをはいて自転車を引き出す。
「歩くん」
そんな僕の背中にひなたの声。
「ひかりちゃん……あたしのことで、何か言ってた?」
「え?」
振り返ってひなたを見る。頬にかかった長い髪を、そっと指先ですくうひなたの肌は、透き通るように真っ白だ。
「自分のせいであたしが病気になったとか……そんなへんなこと、言ってなかった?」
「あ……えっと……」
僕は言葉を詰まらせて、少ない脳みそをフル回転させる。「言ってた」と言っていいのか、それとも「言ってない」と言えばいいのか……。
だけどひなたは、あわてまくった僕を見て、そっと微笑む。
「ひかりちゃんのせいなんかじゃ、全然ないのにね……」
ひなたの声は弱々しくて、真夏の暑さに溶けてしまいそうだった。
「僕も……そう思う」
ひなたが顔を上げて僕を見る。
「ひかりのせいなんかじゃないし、もちろん、ひなたちゃんのせいでもないでしょ?」
「……うん」
僕の前でひなたが笑う。
ひなたの笑顔は、春の日差しのように思えた。暖かくてぽかぽかしていて、心の中までほっこりするような……。
そしてひかりの笑顔は、真夏の太陽みたいだ。周りの人たちをみんな明るくしてくれる。
「心配しないでいいよ。ひかり連れてくるから、待ってて」
「ありがとう。歩くん」
ひなたが安心したように庭から出ていく。彼女たちの家はすぐそこだ。だけど僕は、その背中に声をかける。
「送って行こうか?」
くすっと笑ってひなたが振り向く。
「だいじょうぶよぉ。すぐそこだもん」
小さく手を振るひなたに手を振り返し、僕は自転車のペダルを勢いよく踏む。遠くの山から湧き出るような、真っ白い入道雲が眩しかった。