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夏の果て  作者: 水瀬さら
3/20

3 赤いトマトと青い空

「あーゆーむっ、授業終わったよぉ?」

 ぼんやりと目を開けたら、僕は懐かしい教室にいた。

「また英語、寝てたなぁ? けっこう勇気あるんだね? キミ」

 机から顔を上げる僕を見下ろすようにして、理紗が笑っている。これは……きっと夢だ。夢に違いない。

「歩さ、南高なんこう受けるんだって?」

 夢の中の理紗が言う。同じクラスで、同じテニス部だった理紗は、いつものようにポニーテールを揺らして、くりくりした大きな目で僕の顔を見ている。

「あたしも受けるんだ。南高」

 女子テニス部のキャプテンなんてやっていて、誰よりしっかり者だと言われていた理紗の頬が、ほんのりピンク色に見えたのは気のせいか。

「だってあそこの制服、超可愛いでしょ? 南高行って絶対テニスやるの。歩、一緒に頑張ろうね?」

「……僕、南高受けないから」

 理紗がぽかんとした顔で僕を見る。

「引っ越しするんだ。だから南高には行けない」

 その声を聞いたあとの、怒り出しそうな、泣き出しそうな、微妙な理紗の表情を、僕は覚えている。これは夢じゃなくて回想なんだ。

「……そう」

 それだけ言って、理紗が背中を向けた。僕は黙って、理紗の後ろ姿を見送る。

 どうして……どうしてこんなことになっちゃったんだろう……。

 誰が悪いのか、何を間違えたのか……。

 見慣れた理紗の白いブラウスが、僕の視界から消えていく。


「あーゆーむっ! 起きろっ」

 もう一度目を開けたら、今度は見知らぬ場所にいた。いや、確か、ここは……ばあちゃんちだ。

「もうっ! いつまで寝てるんだっ」

 体に巻きついていたタオルケットを、無理やりはがされる。

「な……なにすんだよっ」

 思わずそれを引っ張り返すと、僕を見下ろして笑う、ひかりの顔が見えた。

「ばあちゃんに頼まれたのっ。あゆちゃんを起こして来てって」

 昨日と同じような服装で、腰に手を当て、偉そうに仁王立ちしているひかり。その姿を見ながら、僕は頭の中を整理する。

「……あのさ、なんで、あんたがここにいるの?」

「おかしい? あたしここで、おばあちゃんのお手伝いとか、いろいろやってんの」

「……暇な人だな」

 ひかりはおかしそうにまた笑ったあと、縁側に置いてあった籠から、何かを取って差し出した。

「はい。ばあちゃんの作ったトマト。採れたてだよ?」

 寝起きにトマト……。田舎の風習なのかよくわからないけど、喉が渇いていたから、とりあえずかじる。

「……うまい」

「でしょ? あたしの元気の素!」

 そう言ってひかりも、僕の隣にぺたんと座りこんで、トマトをかじる。

「今日も、いい天気だねぇ……」

 甘酸っぱいトマトをかじりながら、ひかりの視線の先を追いかける。

 開けっ放しの窓の外に、青く広がる空。綿菓子みたいな雲が、のんびり行くあてもなく漂っている。

 そういえば、こんなふうに空を見上げたのなんて、久しぶりかもしれないな……。

「さっ、食べたら買い物行くよ! 早く支度しなっ」

 まるで自分の家のように、僕の寝ていた布団を、てきぱきとたたみ始めるひかり。

 太陽はもうかなり高く上がっていて、蝉の鳴き声だけが、寝起きの頭にうるさいほど響いていた。

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