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夏の果て  作者: 水瀬さら
11/20

11 神様って信じる?

 ばあちゃんちの物置から引っ張り出した小さな金魚鉢に、昨日すくった金魚を放した。朝の光を浴びた朱色の金魚は、すいすいと水の中を泳ぎ始める。

「あっれー? もう起きてる。今日は早いんだね」

 朝顔の咲く垣根の向こうから、ひかりがひょいっと庭をのぞきこみ、ぐるりと回って中に入ってきた。

「めずらしい。いつもあたしに起こされなくちゃ、起きられなかった人が」

「ていうか、あんた、元気じゃん」

 金魚鉢を持って立ち上がる。ひかりがえへへっといたずらっぽく笑う。

「おかげさまで、風邪はすっかりよくなりました」

「嘘つき。風邪なんかひいてないくせに」

 金魚を縁側に置いて、ひかりを睨む。ひかりはもう一度、へへっと笑う。

「まぁ、いいじゃん。ひなたとデートできたんだし」

「そういう意味じゃないんだよ。だいたいあんたは……」

「おやおや? 金魚一匹ですか? ひなたは二匹すくってきたけど?」

 うるさい、それを言うな。ていうか、話そらすな。だけどひかりは、素知らぬ顔で縁側に座り、金魚鉢をつついたりしている。

 僕は小さくため息をつきながら、そんなひかりの隣に座った。

「ひなたは? 疲れて具合悪くなったりしなかった?」

「ん……」

 ひかりが金魚を見つめたまま、つぶやく。

「ちょっとね。熱出して、寝てるんだ」

「えっ?」

「あのね、盆踊り行ったからだとか、そういうわけじゃないよ? あの子が熱出すのなんて、しょっちゅうなんだから」

「でも……」

 なんだかものすごく嫌な予感が頭をうずまく。けれどひかりはそんな僕に笑いかけ、太陽に向かって大きく伸びをした。

「さてと……出かけてくるかなー」

「どこに?」

 僕の言葉にひかりが振り向く。そして、いたずらっ子のような顔をしてこう言った。

「一緒に行く?」

 ひかりの前で僕はうなずく。

 どうしてだろう……もっとひかりのことを知りたい、なんて、どうしてそんなことを思うんだろう。


 自転車に乗って、ひかりの後をついて行く。朝の空気は澄んでいて、今日も空は青かった。

 しばらく走って、ひかりが自転車を止める。そこは昨日ひなたと来た、神社の石段の下だった。

 ひかりは慣れた調子で石段を駆け上がる。僕は黙ってそんなひかりを追いかける。

 昨夜の名残が残ったままの、やぐらの脇を通り過ぎ、拝殿の前まで進んで、ひかりが鈴を鳴らす。静まり返った木々の上から、一斉に鳥たちが飛び立っていく。

 ひかりはお辞儀と拍手をしてから、静かに手を合わせて目を閉じた。

「歩は、神様って信じる?」

 もう一度お辞儀をした後、ひかりは振り向いて僕に言う。

「……どうかな。あんまり考えたことなかったけど」

「あたしも。東京にいた頃は、そんなに意識してなかった」

 ひかりが静かに微笑んだ。そして突っ立っている僕の脇を、ゆっくりと通り過ぎる。

「でもさ、ここに越してきて、この場所見つけてからは、なんとなく毎日来ちゃうんだよね」

 知ってる。ここでひかりを見つけた日から、何度も石段の下で、ひかりの自転車を見かけたから。

「ひなたがね、こういう田舎に住んでみたいって言ったんだ。小さい頃見た、アニメに出てくるような、大きな木や小さな川がある場所」

「だったら、ぴったりかも」

「でしょ? お父さんもよくこんなへんぴな所、見つけてきたよなーなんて」

 ひかりはいつものように明るく笑ったあと、すっと僕から目をそらす。

 風が、僕たちの間を吹き抜ける。ひかりは僕に背を向けて、急に黙り込む。

「ひかり……?」

 その時、僕のポケットで携帯が音を立てた。いつもの癖でポケットには入れてあったけど、ばあちゃんちはいつも圏外だったから、その音を聞いたのは久しぶりだった。

「鳴ってるよ?」

 ひかりがちらりと僕を見る。

「ん……」

 もそもそと取り出して開くと、液晶画面に並ぶ知らない番号。一瞬戸惑った後、僕の胸に「もしかして」という気持ちが沸き起こり、かすかに震える指で耳に当てる。

「……もしもし?」

「あ、歩? あたし……理紗」

 電話の向こうから聞こえてきたのは、懐かしい理紗の声だった。

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