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夏の果て  作者: 水瀬さら
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1 出会い

 もともと夏っていうのは好きではなかった。

 純粋な子どもだったら、夏休みだ、海だ、プールだって、わくわくする季節なのかもしれない。が、僕は純粋な子どもではなかったようで、夏なんて、暑くてだるいだけの、過ごしにくい季節というだけだった。


 中学生最後のその夏は、とても暑い夏だった。

 僕は一人、祖母の住む田舎へ向かっていた。

 バスには冷房がきいてなくて、窓からは生ぬるい風が吹き込んでくる。

 聞き覚えのあるバス停で降りると、湿気のある草の匂いと、しゃわしゃわという蝉の鳴き声が、僕の鼻と耳に飛び込んできた。

「……暑っ」

 駅前で暇つぶしにもらった、旅行会社のパンフレットで風をおこす。だけどそんなものは気休め程度にしかならなくて、汗は容赦なく額から流れ落ちる。

 途端、何もかもが嫌になった。

 本当だったら今ごろは、部活の仲間と市民プールで軽く泳いで、冷房のきいた図書館でちょっとだけ受験勉強して、家に帰ったら親に隠れて漫画を読むかパソコンを眺めて……。

 それなのになぜ僕は、こんな田舎の炎天下に、たった一人で突っ立っているんだろう。


神崎かんざきあゆむくん?」

 名前を呼ばれて振り向いた。

 緑の夏草が揺れる道端に、細くて色の黒い男の子……いや、女の子が立っている。

「歩くん……でしょ?」

「そうですけど……」

 僕と同い年くらいに見える、男みたいなその女の子は、満足そうに微笑んだ。

「あたし、おばあちゃんちの隣に住んでる、あずまひかり。おばあちゃんに頼まれて、あんたのこと迎えにきたんだ」

 おばあちゃん……おばあちゃんって、僕のばあちゃんのことだよな? こんな子、隣に住んでいたっけ?

 ひかり、という子は、呆然としたままの僕に一歩近寄って、躊躇することなく話し続ける。

「道、わからないんでしょ? ついておいでよ」

 ばあちゃんの家に来たのは一年ぶり。いつもは母さんの車で来るから、一人で電車とバスに乗ってきたのは初めてだ。だから確かに、少し不安だったんだけど……。

「さ、行こうっ」

 なんだか昔からの知り合いのような調子でひかりが言い、僕に背中を向けて歩き始める。

「ちょっ……待って」

 僕は大きなスポーツバッグを肩にかけ、ばあちゃんに渡す手土産を持つと、急いでひかりの後を追いかけた。


 畑の中の田舎道を、僕はひかりの後ろについて歩く。

 ギラギラと照りつけていた日差しは、少しだけ柔らかくなった気もするが、あたりがオレンジ色に染まるには、もうちょっとかかるだろう。

 前を歩くひかりは気持ちよさそうに、アイドルの歌なんか口ずさんでいた。だけど僕はなんとなく居心地が悪くて、仕方なくひかりの背中に声をかける。

「あの……えっと、東さんは……」

「『ひかり』でいいよ。同い年だし」

 振り向いて笑ったひかりは幼く見えて、中三にはとても思えなかった――なんて考えている僕も、他人から見れば、そう思われているのかもしれないけれど。

「じゃあ、ひかり……ちゃんは」

 ひかりが顔をそむけてぷっと噴き出す。たぶん僕の言った、中途半端な「ちゃん」づけがおかしかったのだろう。確かに僕も、自分で言って違和感ありありだったから。

「『ひかり』でいいよ。歩」

 弾むような声でそう言うひかり。いきなり『歩』って呼び捨てにされても、なぜか嫌な気はしなかった。

「えっと、じゃあ、ひかり……は、いつからばあちゃんちの隣に住んでるの? 前に来たときは、いなかったと思うけど」

「あたしはね、三か月前にここに来たんだ。その前は歩と同じ東京に住んでたんだよ」

「東京に?」

「歩、夏休みの間だけ、おばあちゃんちに住むんだって?」

 笑いながら振り向いて、後ずさりするようにひかりが歩く。僕は急に、現実へ引き戻されたような気持ちになった。

「……うん」

 そうなんだ。僕は夏の間ここで暮らし、夏休みが終わったらここを出る。

 父さんの住む、東京に戻るわけではない。新しい家に引っ越すのだ。母さんと、母さんが付き合っていた男の人の住む家に。


「あ、ひなたっ」

 突然ひかりが駆け出した。僕はゆっくりと顔を上げて、ひかりの駆け寄る先を見る。

 田舎道に似合わない、真っ白な日傘を差した、髪の長い女の子がそこにいた。

「ひかりちゃん、遅いから迎えにきたの」

 女の子がひかりに言って、日傘の陰から僕を見る。

「お隣のおばあちゃんちの、歩くん?」

 僕はこくんとうなずいた。それを見たひかりが口を開く。

「この子、東ひなた。あたしの双子の妹」

「ふたごっ?」

 思わず声をあげて二人を見た。

 日焼けした肌に短い髪、タンクトップにショートパンツ姿の、男の子のようなひかり。

 白い肌に長い髪、女の子らしいワンピース姿のひなた。どう見ても……

「どう見ても、双子に見えないって思ったでしょ? 今」

 ひかりがにやりと笑って僕を見る。

「い、いや……そんなこと思って……ないよ?」

 おかしそうにけらけらと笑うひかり。日傘の陰で、ひなたも控えめに笑っている。

「あたしたち、全然似てないけど、本当に双子だよ? 生まれる前からずうっと一緒。そうだよねっ? ひなた」

 笑い合う二人の顔は、よく見ると、似ているのかもしれない。そして彼女たちが、かなり可愛い女の子だということに、僕はその時やっと気がついた。

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