我、死者ゆえに
ゾンビがいるならホラーになると信じて書きました。
怖くなくても目を瞑ってください。
気が付くと青空が広がっていた。風が吹いているが感じることはできない。自分の身体からは染み込んだ血のにおいがする。傷口はもう痛みすら感じはさせてくれない。
俺は、動く死者『ゾンビ』になったのだ。
町へ行けば見た目がいやだ、臭いがいやだと言われ石を投げられる。
俺は心の中で愚痴りながら起き上がった。昨日は夜空を眺めてそのうち寝てしまったため、周りは壁のない見晴らしのいい丘の上だ。夏が過ぎてそろそろ寒くなってくる頃なので、朝こんなところで寝ていれば風邪を引くのが普通の身体なのだろうが残念なことに俺の身体は寒さどころか病気にもならない。
俺も町で静かに暮らしたいのだがこの身体では仕方がない。俺は昔の軍事訓練で学んだサバイバル術を利用して少し離れた山小屋で生活をしている。
元々はもっと町に近い死者の里にいた。そこには迫害を受けて逃げてきた仲間がいるが、どいつも気を落としていたり、自分の欲望のまま動いているような手の施しようもない奴らばかりだ。それがいやで山小屋生活を始めたわけではない。それもゾンビには似合いそうもない理由がある。
※
あれは二年前、春が来る少し前の出来事だった。
寒さはまだ残り朝は霧がかかっていた。
俺の身体は他のゾンビとは少し違い寒さは感じないが寒い、暑さを感じないのに暑い、暖かいと感じないのに暖かい、涼しくないのに涼しいというように四季が分かるようになっている。矛盾した身体を仲間のゾンビたちは気味悪がり『半端者』や『四季の死人』などと呼ぶようになっていた。
意識ははっきりしている。生肉ではなくちゃんとした食事もとる。人間生活に何の問題もないのだが人間に嫌われ、四季を感じるというだけでゾンビに気味悪がれ、俺の心は次第に廃れていった。
「ちくしょう。何でこうもうまくいかねーんだ」
俺は湖の畔で酒に飲まれながらそう呟いた。
誰もいないので誰にも聞こえない。そんな当たり前のことでその呟きは独り言として空気に呑まれていくはずだった。
「おじさん、どうしたの?」
しかし、誰もいないと思い込んでいたところに一人の少女がいた。そして俺の独り言をキャッチボールのように繋げた。
「俺はまだ二十代だ、。まぁもう死んでいるがな。お嬢ちゃんはどうしてこんなところにいるんだ?ここは死者の溜まり場で町の人はめったに近寄らないところだぞ」
「私のお母さんとお父さんあそこだから……」
少女は湖に面した木を一本指差した。そこには二体の死体が首を吊っていた。
「あれは」
「ゾンビになりたかったんだって。ゾンビになって何も考えずに何も心配しないでのんびり死後を送りたかったって言ってた」
「ふん、ゾンビの多い場所で死んだからってゾンビになれるわけないのに。そんな冷静な判断もできないくらい心が乱れていたんだろうな」
俺が少し言いすぎと思い気まずさで下を向くと少女は静かに言った。
「おじさんもお父さんと同じことを言っていたから話しかけたの」
「そうか……、俺も冷静ではないんだな」
酒におぼれ、ずたずたに引き裂かれた心に腐った身体になっていた時点でもううすうす感じていたことをこの少女に教えられた。
「じゃあお嬢ちゃんは一人で暮らしているのか?」
「今日から一人暮らし。お父さんとお母さん見つけたの今日だから」
「そうかい。まあ頑張ることだな」
強いな。この少女は先ほど親の死に顔を見てなお俺の心配をした。俺とは違い、この子なら一人で立派に生きていけるだろう。情けないな、俺。
「おじさんも一人なの?」
「死者に一人も二人もない。まあ生きていた頃も一人だったがな」
「親は?」
「物心ついたころにはいなくなっていた。すぐ軍事施設に入れられたよ。おかげで頑丈な身体が作れたが死んだ今となってはもう関係ないな」
「じゃあ一緒に住もう!」
少女は明るい声でそう言ってきた。
「お嬢ちゃん正気かい?死者と一緒に住もうなんて軽く言うもんじゃないぞ」
「でもおじさん一人なんでしょ?私も帰る場所がない一人ぼっちなの」
俺は少し考え、何の気の迷いか少女を死者の里へ連れて行くことにした。
里には死者がさ迷い歩き絶えることなく死の臭いが充満している。
「おい、そいつは人間じゃないか。食わせろ!」
里に入るなりいきなり飛び掛ってきたゾンビを俺はカウンターで蹴りを入れて吹き飛ばした。少女は怯えて俺の脚にしがみついてきた。
「おいおい、どういうことだ?半端者、テメェーついに裏切ったか」
里のサブリーダー的存在のキッドが代表して近づいてくる。さっき喰ってかかってきたのもこいつだ。
「そんな気はねーよ。ただこの子が俺と暮らしたいって言うから連れてきたんだ」
「HAHAHA、冗談はよしてくれよ。どこにそんなキチガイがいるんだ?」
「ここにいるから言っている」
俺が冗談を言っていないと悟るとキッドは笑いをやめてさらに顔を近づけた。
「この里で生者が暮らせると思っているのか?」
「それはさっき襲い掛かってきたアホのおかげでよく分かった。だから俺はこの里を出て行く。この里には未練もくそもねーからな」
俺は荷物をまとめて村を出ようとすると、そこら辺にいるゾンビなどの位の低い死者とは違い完全な骨だけで構成された死者がいた。
「長老……」
彼はこの里の長。この里でもっとも長く死後を送り、不死王とまで呼ばれるようになった死者だ。
「お主はここを出るようじゃな」
「はい。今までお世話になりました」
ここにいる死者は皆この長老に拾われお世話になっている。もちろん俺も例外ではない。俺は今までの感謝の意を込めて深く頭を下げた。
そんな俺を見て長老は俺の頭をくしゃっと力を少しいれて撫でた。
「ほんとに身勝手じゃな。元気でいろよ」
長老はそういうと俺の手に何かを握らせた。それを見てみると古びた鍵だった。
「これは?」
「ここから離れたところに山小屋がある。だいぶ前に建てたんじゃがもう使ってないからそこを使うといい」
俺は再び深く頭を下げて里を出た。
山小屋に着くと大きな桜の木が満開で待ち構えていた。
「こんな時期に満開とは珍しい桜もあるもんだな」
「フフ、おじさんゾンビなのに花に興味が出るのね。意外だわ」
「お嬢ちゃん、それは偏見というものだ。俺たち死者はほとんど生きた人間と変わらない。それと俺はおじさんじゃない。ケイという名前がある」
「私もお嬢ちゃんじゃない。サヤっていう名前があるわ」
「じゃあサヤ、今日は住処の掃除から始めるぞ!」
「うん!」
俺はこの時楽しいと感じていた。楽しい、笑える、すばらしいことだ。
俺たちの生活はここから始まった。
※
俺が歩いて山小屋に戻るとサヤが洗濯を干していた。
「おじさんどこ行ってたの!」
サヤはまだ俺のことをおじさん呼ばわりだ。
「外で寝ていた。一人で寂しかったのか?」
「そんなことないもん!」
ちょっとおちょくってみるとサヤは顔を真っ赤にして言った。やはりガキをおちょくるのは大人の特権だな。
「ところで今日は何をするの?」
「サバイバル術も一通り教えたし今日はのんびり酒飲んで寝る」
俺は山小屋のテラスに掛けられているハンモックに横になった。
「一晩中地面で寝ていたから身体が動かしにくい。痛くはないんだけどなー」
「老いたんじゃないの?」
「はは、もうこんな身体になって二十年絶つからな」
そろそろかな……。
自分の身体に異変を感じ始めて俺はそう思った。ゾンビが老いるわけはない。だが最近身体が思うように動かなかったりだるかったりする。これは何かの前触れなのだろうか。一番最悪な前触れでなければいいのだが。
衝動はその夜から始まった。
「くはっ!」
俺はあまりの息苦しさに飛び起きた。額には汗が玉を作っている。以上な喉の渇きが喉を焼いているようだ。
「何だってんだ」
俺は息を切らしながら吐き捨てた。
横ではサヤが静かに寝息をたてている。起きなかったことに安堵してため息をつく。水を飲みに台所に行こうとしたときにたま
たま鏡に自分の顔が映った。
「うっ!?」
青白く血色の悪い顔は見慣れた。だが、驚くのはその目と歯だった。目は真っ赤に充血しており歯はナイフのように尖がっていた。血に飢えた猛獣のような自分の姿を見て言葉が出ない。
俺は一体どうなったんだ?
大体予想はついた。俺はこれでもゾンビだ。奥底に眠っていた本性、悪魔、衝動が二十年も。経てば出てきてもおかしくない。
もう、限界か……。
日が経つにつれ衝動は酷くなっていた。
「おじさん大丈夫?」
ある日いつものようにうなされて起きるところをサヤに目撃された。
「ああ、大丈夫だ」
俺は顔を隠して低い声で言う。明らかに大丈夫でないのがバレバレだ。だがサヤは察したのか「そう、あんまり無理しないでね」と言って再び横になった。
最近暑いのか薄い掛け布団を蹴飛ばしている。俺はパジャマからでる白い脚に目がいった。口の中が唾液で満たされる。
(バキッ)
俺は自分の顔を思いっきり殴った。衝動とはいえ自分のやろうとしていることが許せなかったからだ。
自分がこの子に手を出すなら自ら命を絶つ。
そう決意し牙を一本へし折りそれを外へ投げ捨てた。その行動自体何の意味もない。だが何かをしてこの決意を示さなければ自分に負けた気がしたのだ。
☆
冬が明けようとしていた頃、事件が起きた。
ある日の朝、山小屋の戸が激しく叩かれた。
「何事だ?」
寝ぼけ半分の目をこすりながら戸を開けると、そこには死者の里の奴らがいた。全員なにかしらの怪我を負っているようだ。
「朝早くからすまない。急用なんじゃ」
長老が代表して前へ出る。
俺はこの緊張を察して眠気を飛ばす。
「何かあったんですか?」
「里が襲われた。多分あれは町のものではなくもっと離れた城の奴らじゃ」
「城の奴らが?一体何のために?」
「分からんがこれだけは言える。奴らはワシらのことを笑顔で殺しにかかって来た。殺しを楽しんでいるようじゃ」
「ゾンビに仕掛けるとは命知らずな奴らだ」
「ただの命知らずじゃこんな壊滅的被害は出ておらん。なめてかかった結果がこれじゃ」
「奴ら最新の兵器を持っていやがる」
キッドが忌々しく言う。
「まさか生き残りはこれだけなのか?」
この山小屋の前には里にいた半分もいない。頭に影響がない限り平気なゾンビがここまでやられるとは……。長老は何も応えない。
「ケイ、ここにかくまってくれないか?」
そう言い出したのは里で仲良くしていた山田だった。
「しかしここにはサヤが」
「安心せい。こやつらには手は出させん」
「それなら安心した。ここは元々長老から貰った住居だ。断ることなんてできない。さぁ入ってくれ」
俺はサヤを起こして事情を説明した。サヤは入ってきたゾンビに怯えることなく水などを運んで手伝いを始めた。
「立派な子じゃのう」
「当たり前です。俺がこの二年間育てたんですから」
俺が少し誇らしげに言うと噂をすれば何とやら、サヤがこっちへ来た。
「骸骨のおじいちゃん久しぶり!」
「おお、覚えていてくれたか。久しぶり、大きくなったね」
長老は真っ白い骨の手で頭をなでた。
「お主、よくこの子を守ってこれたのう」
長老のその言葉に裏の意味があることを俺は気づいた。俺たちがここに住み始めて危ないと思えるようなことはなかった。唯一この子が危ないと思えた存在が俺自身だ。長老は俺が衝動を抑えていることに気づいている。やはりたいしたお人だ。
「頑張りました」
「よく頑張ったな。君はきっとたどり着けるはずじゃ。完全な死者となりこの子と幸せに暮らせる世界へ」
「そうだといいですね」
長老は完璧な死者になったはずなのに俺に何かを託すように言った。俺はそれが不思議に思えた。
夜、残ったゾンビはそれぞれ武器をかき集めた。山小屋の前には川の水を抑えるための砂袋で壁を作った。いつ奴らが来てもいいように準備は万全だが、長老の話を聞く限りでは勝てる確率はゼロに等しい。
「こんな状況になったのは死ぬとき以来だぜ」
キッドが愚痴をこぼす。それを聞いてサヤが興味心身に近づいていった。
「金髪のおじさんは何でゾンビになったの?どうやったらゾンビになれるの?」
「あ?ケイ、ゾンビのなり方こいつに教えてなかったのか?」
「ああ、忘れてた」
「しっかりしろよ。いいか、ゾンビっつうのは死んでも未練があって死にきれずにそのまま死体に戻ってきたバカ野郎のことを言うんだ。俺はとある戦場で死んでな、帰ったら飲もうとしていた酒を飲みに戻ってきたらゾンビになっていた」
「だっせー未練だな」
俺たちの話を聞いて他のゾンビも集まってきた。
「俺は偉いぜ。親孝行するために戻ってきたんだ」
「それでできたの?」
「帰ってすぐ寿命で死んだ。人間ってのは寿命が短くていけねーな」
「俺たちも元人間だろ」
「山田なんかもっとだっせー理由だぜ。おい、話してやれよ」
「おう。俺は好きなアニメの続きが気になって蘇った。まぁ蘇った頃にはもう放送終了してたけどな」
「ガハハハ、ダッセー」
「お前だって同じような理由だろ」
緊迫していた場の雰囲気が笑いへと変わっていく。ゾンビになるなんてろくな人間がいないといわれているが、否定する言葉も出ない会話だ。
だが、何故だが笑えて楽しい奴らだ。
「そういえばおじさんのこと聞いたことなかった」
「ん、俺か?俺は傭兵やっていてな、いろんなところで戦ってどこで死んだかも覚えてないな。そんな人生を送っていた俺が遣り残したことなんてなかったはずなんだが何故だか蘇っちまった。神様も適当なもんだな」
「世界なんてそんなもんじゃよ」
「そんなもんですよねー」
世界がどうでもよく思い、どうでもいいことに笑い、どうでもいい話をし、時間をすばらしく無駄に過ごした。
こうして夜は更けていった。
△
決戦は朝迎えた。
山小屋の前で爆発音が響いた。それが狼煙となり山小屋にいたゾンビ全員が手に準備した武器を持つ。もちろん準備といっても揃えられるのは最高で猟用のライフルやショットガン、最低で傘だ。ボウガンや剣、チェンソーといった武器もあるが最先端の兵器に通用するかは定かではない。
『化け物ども出て来い!今なら楽に二度目の死を与えてやる』
外では奴らが何かを言っている。
「あんなこと言われておとなしく出て行く奴がどこにいるってんだ」
「お前らは何者だ!何故俺たちを狙う!」
『冥土の土産に教えてやろう。俺たちは英雄なる者『ヒーロー』だ!お前ら化けもんを倒して名を上げるんだよ!』
「けっ、ヒーローだってよ。昔憧れてたやつとかけ離れてやがる。遊園地でマスコットキャラが着ぐるみ脱いだところを見た時以来のショックだ」
「今更そんなことでショック受けるなよ」
そんな会話をしていると、キッドが突然サヤの腕を掴んだ。
「おいキッド、何をする気だ!」
「こいつを人質にして奴らを脅す」
俺はそれを聞いて無意識にキッドを殴り飛ばしていた。二年前サヤに食って掛かろうとしたときのように怒りが湧き上がる。
「何すんだ!」
「テメーそれでもゾンビか!このゲスが!」
「俺は正しい判断をしたまでだ。少し汚いことをしてでも俺は生きたいんだ!」
「ゾンビになってまでネチネチ生を求めるんじゃねー。確かに俺たちは身体は腐ってるがな、心まで腐っちまったらただの腐敗物だ。ゾンビなら死ぬ気で生きてみろ!自分の正義を死んで貫きやがれ!」
俺は言うことを言った後サヤに近づき怪我がないことを確認する。
「ちっ、偉そうに説教しやがって。分かったよ。その子は使わねー。だがエアーで人質作戦はやる」
「自演乙」
「お前、この戦い終わったら覚えとけよ」
そう言い捨ててキッドは二階へ上がっていった。
「成功するかな?」
山田が不安そうに言う。
「無理だろうな。ヒーローなんて言っても人間だ。犠牲の一つや二つ軽く出してくる」
『やいヒーロー、こっちには人質がいる――』
(パーン)
キッドの声を掻き消すように乾いた音が鳴り、階段を転がり落ちてきた。
「あの野郎撃ちやがった!」
「安心しろ、心臓を撃たれただけだ」
これで全てが決まった。俺たちは奴らと戦わなければいけないということだ。おそらくこれで俺の二度目の生は幕を閉じることになるだろう。
さすがにこんないい生活をしてきて未練がないなんていえねーな。じゃあ未練をすっかと終わらせるとするか。
「サヤ、俺の最初で最後の一生のお願いをきいてくれるか?」
「おじさんのいう事なら何でもきくよ」
「お前はここから逃げろ。絶対に振り向かずにここには戻ってくるな」
「えっ?」
サヤは空気の抜けたような声を出した。俺は涙を堪えて震えながら言う。
「さぁ早く行くんだ」
「そんなのやだ!おじさんと別れるなんてやだ!」
「勝手に殺すな。まだ最後の別れとは決まってないだろ。大丈夫だ、きっといつか会える。何でもきくって言ったろ?俺との約束を守れないのか?」
「で、でも」
「俺はゾンビだ、簡単には死なない。裏に隠し通路があったろ。そこから逃げるんだ」
サヤは小さく頷いた。
「じゃあ次はどこで会える?」
「そうだな。じゃあこの山小屋にあるような立派な桜の下で会おう」
「分かった。約束だよ、ケイ!」
サヤはこのとき初めて俺の名前を呼んでくれた。
「さて、そろそろ開戦としますかね」
「そうじゃな」
「おっと、まだいたんですか。長老も早く逃げてくださいよ」
「何故ワシが」
「また俺たちのようなゾンビが生まれたとき、あんたがいなきゃどうすればいいんですか?のたれ死んじまう。これは俺たち全員の願いです」
「そうか……、じゃあ元気でいろよ」
「「「今までありがとうございました!」」」
ゾンビ全員が頭を深々と下げる。中には反動で堪えていた涙を床に落とす者もいた。それを見て長老は一人ずつ頭を撫でていった。
「あの子のためにも、死ぬんじゃないぞ」
俺の頭を撫でながら長老は小さくそう言った。
「はい、もちろんです」
俺はこの期に気になっていたことを聞くことにした。
「そういえば長老、あなたは完全な死者ではないんですか?」
「残念ながら違うな。ワシも元はゾンビじゃった。好きだった娘に「好きだ」と言いたくてよみがえったんじゃ。彼女はゾンビになったワシを受け入れてくれたよ。じゃが、楽しい生活は長くは続かんかった。ある日気づいたら彼女を喰っておった。生者を喰ってしまったら完全な死者にはなれんのだよ」
「俺も危ないところでしたよ」
「じゃあ先ほど逃がしたのも……」
「そろそろ潮時かと思いましてね。これでよかったんですよ」
長老は再び俺の頭を撫でた。
長老が出て行った後、俺たちは山小屋を出た。
「おう、最後の馴れ合いは済んだか?」
戦車に乗った偉そうな軍人が言ってくるが全員相手にしない。
「何か策はあるか?」
山田冗談交じりで言ってくる。
「はっ、あるわけないだろ。最後はゾンビらしく突撃だ!オメーら、最後くらい大人しく土に還ろうと思うな。噛み付き倒せ!撃たれようが斬られようが本能のままいけ!」
この戦いに勝者などいないってことをヒーローに教えてやる。
ゾンビはこんなにもドス汚く華麗に生きてるってことを教えてやる。
俺たちは突撃していった。
我、死者ゆえに人に嫌われ
我、死者ゆえに温もりを忘れる
我、死者ゆえに堕落し
我、死者ゆえに愛を求める
我、死者ゆえに温もりを知り
我、死者ゆえに愛を守る
我、死者ゆえに……
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三年の月日が経った。
私はとある町で暮らしている。あれから一度もあの山小屋にはいってないが、噂ではゾンビと人間が戦いゾンビは全滅、人間は隊長を含む多くの死傷者を出したとだけ聞いていた。おじさんとは一度も会っていない。
私はこの町の近くにある湖によく行く。そこにはあの山小屋の近くにあった桜のような立派な桜がある。そこにいればきっといつか、そんな甘い希望を抱いて三年が過ぎ、今年も早咲き桜の季節が来た。
私がいつものように桜の木下に行くと、知らないおじさんがいた。
おじさんはこう呟いた。
「こんな時期に満開とは珍しい桜もあるもんだな。なぁ、お譲ちゃん」
いい話でしたか?
ゾンビが主人公の物語があってもいいじゃないか、という友人の言葉で書いてしまったこの作品、楽しんでいただければ幸いです。