4.Choice!大剣
翌朝、宿屋の簡素な朝食を詰め込んだ俺たちは、朝日が石畳を照らす中、街の中心部にある旅人ギルドへと足を運んだ。巨大な石造りの建物には、剣を交差させた紋章が刻まれた旗がはためいている。重厚な扉を押し開けると、そこには朝から依頼を物色する冒険者たちの熱気と、羊皮紙が擦れる乾いた音が満ちていた。
「ここが、ギルドか…」
「感心してないで行くわよ。まずは登録。これがなきゃ、魔物を倒しても一銭にもならないんだから」
クロエに促され、俺達は受付カウンターへと向かった。窓口には、朗らかに微笑む女性職員が座っている。
「新規登録ですね。こちらのプレートに手をかざして、名前と職業を念じてください」
差し出されたのは、淡く光る透明な板だった。俺はおそるおそる手を乗せ、自分の名前と、昨日クロエから教わった言葉を頭に浮かべた。
(名前はマシロ・ホサカ。職業は…白魔術師、だ)
板の上に、見たことのない文字が浮かび上がる。職員の女性がそれを確認し、一瞬だけ眉をピクリと動かした。
「…マシロ・ホサカ様、職業は白魔術師ですね。確認しました。銅級からのスタートとなります。よろしいですか?」
「ああ、構わないよ。実力で上がる方が性に合ってる」
俺がそう答えると、周囲にいた冒険者たちが「白魔術師だってよ」「どのくらい戦えるんだろうな」「俺、声かけてみようかな」と小声で囁き合うのが聞こえた。やはりクロエの言う通り白魔術師は相当珍しいようだ。
「はい、これが登録証です。紛失には注意してください。」
俺は先ほど手をかざしたプレートを受け取った。無色透明だった板は、銅特有の鈍い反射をしていた。
「…さて、次は装備ですね。新人にはギルドから基本装備の貸し出しがありますが、どうされますか?」
「借りた方がいいわ。無一文なんだから、今は少しでもお金は浮かせた方が後のためよ」
俺はクロエに言われた通り、ギルドの装備品を借りることにした。
ギルドの地下にある備品庫には、使い込まれた武器や防具が所狭しと並んでいた。どれも新品とは言えないが、手入れは行き届いている。
「マシロ、見て。この白樺の杖。これなら魔力を高めやすくなって、あなたの白魔術も強化されるはずよ。白魔術師なら、まずはこれを手にするのが定石ね」
クロエが一本のスマートな杖を差し出してきた。先端には小さな水晶が埋め込まれ、いかにも魔法使いといった趣だ。
しかし、俺の目はその隣、壁に立てかけられた「それ」に釘付けになっていた。煤け、至る所に刃こぼれがあるものの、圧倒的な存在感を放つ巨大な鉄の塊。俺の身長ほどもある大剣だ。
「…いや、俺はこっちにする」
「はぁ!?ちょっと待ちなさいよ、正気? それ、前衛の戦士が使う武器よ! あなたが持つのは杖か、せいぜい護身用の短剣でしょ!」
「言っただろ、クロエ。俺も戦うんだ。後ろで杖を振ってるだけなんて、俺の魂が納得しねぇんだよ。このデカい剣で魔王をぶっ飛ばす…想像しただけで最高じゃねぇか!」
俺はワクワクしながら、その大剣の柄を両手で握りしめた。
(ふんぬッ…!)
力を込め、一気に持ち上げようとする。だが。
「…っ、ぐ、ぬぬぬぬぬ…っ!?」
動かない。ビクともしない。それどころか、あまりの重さに俺の腰が悲鳴を上げ、大剣は自重で床にめり込むような音を立てた。
「…っ、ハァ、ハァ…マジかよ…重すぎだろこれ…」
「当たり前でしょ、馬鹿」
クロエが呆れ果てた顔で、腰に手を当てて解説を始めた。
「いい?この世界の摂理を教えてあげるわ。魔術師…つまり体内に多くの魔素を保有できる人間は、その代償として身体的な能力が低く設定されているの。簡単に言えば、筋力や免疫力が、魔術を使えない一般人よりもずっと劣るのよ。そんな鉄の塊、白魔術師のあなたに扱えるわけないわ」
衝撃だった。魔法が使える代償として、ひ弱になるという「設定」。だが、その説明を聞いて、俺の心は折れるどころか、逆に火がついた。
「…分かった。今は、その大剣は諦める。でも、見てろよ。いつか必ずそれを片手で振り回してやるからな」
「はいはい、夢を見るのは勝手だけど。とりあえずはこれにしなさい」
クロエが投げ渡してきたのは、どこにでもある平凡な片手剣だった。受け取ると、これですらズシリと重く感じる。俺の腕は、想像以上に魔術師仕様の貧弱なものだった。
装備を整えた後、俺たちは町の外れにある静かな広場へ向かった。クロエは「まずは魔術の練習を…」と提案したが、俺が始めたのは全く別のことだった。ドサッ、と防具を地面に置き、俺は腕立て伏せの姿勢をとる。
「一!…二!…三…っ!」
「…ちょっと、何してるの?」
「見て分かんねぇのか? 筋トレだよ!重い剣が持てねぇなら、持てるだけの筋肉をつければいい。単純な話だろ!」
クロエは信じられないものを見る目で俺を凝視した。
「…マシロ。さっき言ったわよね?魔術師は筋力がつきにくい性質なの。そんなの、時間の無駄よ。魔術の精度を上げたほうが効率的だわ」
「効率なんて知るか!才能がねぇなら、その分回数こなすだけだ。俺は自分の体を信じてるんだよ。」
俺は一度立ち上がり、ぐっと拳を握った。
「自分の意志で、自分の繊維を千切って、それを治して強くする…それが俺のやり方だ!」
そう、俺には白魔術がある。普通、筋トレをすれば筋肉痛になり、回復には数日の休息が必要だ。だが、俺は違う。限界まで追い込み、筋繊維をボロボロに破壊したその瞬間に。
「『回復』…っ!」
白い光が溢れ、俺の全身を包む。瞬時に筋肉の痛みが消え、疲労が霧散する。超回復のプロセスを、魔術で強引にショートカットするのだ。
「…よし、休憩終了。次、スクワット百回!」
「な…何なの、その狂った使い方は…! 本来、白魔術は神聖な、慈愛の心で行うものなのよ!?自分の筋肉をいじめるために使うなんて、前代未聞だわ!」
クロエの悲鳴に近い叫びを背に、俺はひたすら体を動かし続けた。一セット終わるたびに『回復』を使い、すぐに次のセットに入る。普通の人間が一年かけて行うトレーニングを、俺はこの数時間で凝縮して叩き込む。額から滝のように汗が流れ、肺が焼けるような感覚。だが、その苦しみの先に大剣を振り回す自分が見える気がして、笑いが止まらなかった。
「ハハッ、ハハハハ!いいぜ、これ!治るから無限に追い込める!これこそ白魔術師の特権じゃねぇか!」
「…もう知らない。勝手にしなさい、この脳筋…」
クロエは近くの木陰に座り、読書を始めたが、時折こちらをチラチラと見ては「ありえない」と呟いている。だが、忘れない。トレーニングを始めて数時間後。最初にあれほど重く感じた片手剣を握った時、わずかだが、さっきよりも軽く感じたことを。
俺の異世界生活は、こうして始まった。多くの魔術を覚えるよりも先に、腕立て伏せの回数を数える日々。白魔術師でありながら、誰よりも汗臭く、誰よりも野蛮に。冥王ネクロムが支配する最北の地を目指し、俺は今日も自分の限界を、魔法で無理やりぶち壊していく。
「見てろよ、クロエ。一ヶ月後には、あのギルドの床に転がってた鉄屑を、俺の愛剣にしてやるからな!」
茜色に染まり始めた空に、俺の宣言が響き渡った。




