3.Union!仲間
石造りの大きな門をくぐると、そこには昼間の静寂が嘘のような喧騒が広がっていた。街灯の代わりに魔法の灯火が軒先を照らし、石畳を歩く馬車の音や、仕事終わりの男たちの笑い声が響いている。
「ここが都市・イラミジャよ。とりあえず、お腹空いたでしょ?案内してあげる」
クロエに連れられて入ったのは、木製の重厚な扉が印象的な酒場兼宿屋だった。中に入ると、肉を焼く香ばしい匂いと、エール樽の甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。
「…うわー、これ本当に異世界なんだな」
俺はキョロキョロと辺りを見回しながら、案内された席に座った。木の節がそのまま残る武骨なテーブル。壁にかけられた獣の頭剥製。どれもがゲームや漫画でしか見たことのない光景だ。
「はい、これ。ここの名物、オーク肉の煮込みと黒パンよ」
クロエが手際よく注文してくれた料理が運ばれてくる。茶褐色のスープにゴロゴロと転がる肉の塊。
「あークロエ…言いにくいんだけどさ、俺、お金持ってないぞ」
俺はポケットから財布を出し、その中身をクロエに見せた。千円札が二枚と646円。
「こんな硬貨も紙幣も初めて見たわ。やっぱりあなた異世界から来たのね。…いいわ、今夜の食事代と宿代は私が立て替えてあげる。…さあ、食べましょう」
「ありがとう、クロエ」
俺は空腹に耐えかねて、スプーンを口に運んだ。
「…っ!旨い!何だこれ!?」
肉は口の中でホロリと解け、野性味溢れる旨味が広がる。俺は無我夢中で食べ進めた。夢中で料理にがっつく俺を横目にクロエが話を続ける。
「明日からはしっかり働いてもらうわよ」
「働くって、何をすればいいんだ?バイト募集とかあんのか?」
「バイト?まあ、似たようなものね。明日の朝一番に旅人ギルドへ行くわよ。あなたは希少な白魔術師なんだから、仕事には困らないはずだわ。むしろ、引っ張りだこよ」
「そうか、じゃあ何とかなるか」
俺はスプーンを運ぶ手を止めることなく返事した。クロエはさすがに少し呆れた顔をした。
食後の冷えた水を飲みながら、俺は少しずつこの世界について聞いてみることにした。
「なあ、クロエ。こういう世界って、やっぱり魔王とかいるのか? 勇者が倒しに行くみたいな、お決まりのパターン」
俺は冗談半分で尋ねたつもりだった。だが、クロエの表情が、一瞬にして凍りついたのを見て、心臓が跳ねた。
「冗談はやめて。…笑えないわ」
彼女の低い声に、周囲の喧騒が遠のく。
「本当に、いるのか?」
「ええ。北の果て、魔の大陸と化した、大地イラウォに君臨する『冥王・ネクロム』。やつが率いる冥王軍はこの数百年の間、人類の領土を侵食し続けているわ。この町だって、いつ最前線になるか分からない。人々は毎日、いつ空が黒く染まるか怯えて暮らしているのよ。あなたのいた世界には、そういう絶対的な悪はいないの?」
俺は言葉を失った。俺にとっての魔王は、コントローラーを握って倒す「遊び相手」でしかなかった。だが、今この目の前にいる少女にとっては、生活を脅かす生々しい「恐怖」そのものなのだ。俺は自分の置かれている状況をゲームか何かの延長程度にしか捉えられていなかった。異世界転生をして、珍しい白魔術師という特別な存在になった。…特別な、存在。俺がこの世界に来て特別な力を手に入れたことには、意味があるんじゃないか?
「…よし、決めた」
俺はテーブルを軽く拳で叩き、立ち上がった。
「クロエ、俺がその魔王を倒す」
酒場の中が、一瞬静まり返ったような気がした。隣の席で飲んでいた屈強な男たちが、こちらを見て鼻で笑う。
「…マシロ、頭を打った衝撃がまだ残ってるんじゃない? さっきの『回復』、自分にかけてみたら?」
「本気だよ。俺、たぶん死なない体を手に入れたんだと思うんだ。だったら、誰かがやらなきゃいけないこと、俺がやってもいいだろ? 魔王をぶっ飛ばして、平和にして、ついでに英雄になって…最高じゃん!」
俺の目は、きっと爛々と輝いていたはずだ。不謹慎かもしれないが、心のどこかでワクワクしていた。ただコンビニに向かうはずだった俺が、世界の命運を握る。これ以上の興奮があるだろうか。
「誤解しないで。あなたは回復能力を持っているってだけで不死身じゃないのよ」
「それでも!俺がこうしてここに来たことには意味があると思うんだ!」
「はぁ」
呆れ果ててため息をついたクロエだったが、次第にその視線が鋭くなった。彼女は顎に手を当て、何事か考え込み始めた。
「…魔王を、倒す。…本気なのね? 冗談じゃなくて」
「ああ、本気だ」
「…いいわ。それなら、私も同行する」
「えっ、いいのか!?」
思わぬ返事に、俺は驚いた。クロエのような可愛い黒魔術師が仲間になってくれるなら、これほど心強いことはない。
「勘違いしないで。あなたが死ぬほどのお人好しだから助けるわけじゃないわ。…いい? 各国は冥王討伐に対して、天文学的な額の懸賞金をかけているの。もし本当に倒せたら、一生遊んで暮らせるどころか、一つの国を買えるくらいの金貨が手に入るわ」
クロエはニヤリと、少しばかり世俗的な笑みを浮かべた。
「私には、どうしても大金が必要な事情があるの。正直、あなたの実力は未知数だけど、話を聞く限りあの『自動再生』の速度は異常よ。白魔術師にとして最高に優秀な素質を持っていると見込んだわ。鍛えればあなたはきっとものすごく強くなる。私が最大火力の黒魔術で敵を焼き払って、もし誰かが怪我をすればあなたが治す…。効率的かつ安全な戦術だと思わない?」
「役割分担としては完璧だな!でもよ、どうせ治せるんだ。俺も戦うぜ」
俺の発言にクロエは眉をしかめた。
「はぁ?あなたが前線に行ってどうするのよ。それで死んだら意味ないじゃない」
「いーや戦うね。せっかくの魔王討伐で、やってることがちまちま回復するだけなんてまっぴらだ。そんなの全然カッコよくねぇ」
「…はぁ、分かったわ。その代わり、ビシバシ鍛えるからね」
俺があまりに強情そうだからか、クロエは言い返すこともなく折れたようだった。何だかクロエに申し訳ないことをしたような気持になったがそれよりも、この少女と共に、誰も成し遂げたことのない伝説を作る。その高揚感の方が、遥かに勝っていた。
「決まりね。パーティー結成よ。マシロ、あなたの真っ白な経歴に、輝かしい戦歴を刻んであげるわ」
クロエはそう言って、細い手を差し出してきた。
「ああ、よろしくな、相棒」
俺はその手を力強く握り返した。




