「お兄ちゃんてば!」
ゲームでよくある、宝箱かと思ったらミミックっていうワナ。
ようは期待と裏切りなんだけど……
(……)
この場合は、どっちだ?
わざわざ席をかえてぼくのとなりにすわったってことは―――
ちょっとは気がある、ってことでいいのか?
ちらっと横目で様子をうかがう。
向こうは読書に集中してるみたいだ。
ここで「なに読んでるの?」とか「クラスは?」とか「名前おしえてよ」とかいって、
こっちからグイグイいくのは愚策な気がする。
うまくいえないが、せっかくのこの〈空気感〉がこわれてしまうというか……
「ねえ」
ぱちん、とぼくと彼女をつつむ透明なシャボン玉が、外からつっつかれてこわれた。
こわしたのは幼なじみ。
「え? ノア。どうしたんだ?」
「ちょっと……話があるからさ、いっしょに帰ってよ。ね?」
「いいけど……」
と、さっさと本を片づけて図書室を出る。
正直おしいと思う気持ちはあったが、こういうのはアセってもしょうがないからな。
それに五月が終わるまで、まだ時間はじゅうぶんにある。
「あれ、ごめん」
ぼくと幼なじみのノアは同じマンションに住んでいて、同じ徒歩通学。
学校を出てしばらくすると彼女が天気や中間テストの話をやめ、声のトーンを落としてこう言った。
「あれ?」
「ほら連休前の……私にコクったやつ」
「ああ」
「私も言いすぎたっていうか」長い髪を耳にかき上げ、ななめ上からぼくを見た。「アグリ、あのときもしかしたらマジだったのかも、って思って、ね」
ならんで歩いているぼくらは、まわりからどう見えるだろうか。
姉と弟、って雰囲気かもしれない。
ノアはぼくよりも背が高くて大人っぽいからな。
「それは―――もういいんだ」
「バカ。私がよくないの」
明るい声でそう言って、
ぼくとノアの場が和んで、
そのまま、むかしばなしになった。
「アグリもさー、よくないんだよ?」
「なにが」
「いつからか、私を遊びにさそってくれなくなったじゃん。幼稚園のころからずっと、アビちゃんとの三人で遊んでたのに」
「それは、しょうがないだろ」
「ん? どういうこと?」
ぴたっ、とノアが急に立ち止まった。
でも怒ったりしてる様子はない。
説明してよ、という表情だ。
「おまえ、習い事でいそがしくなって、さそえなくなったんだよ。だから仕方なく、ルキと家でマリカーしたり……」
「え~~~、それいつぐらいの話? 五年生のころには、もうアビちゃん引っ越してたよね?」
「じゃあ四年生のころか。ルキいってたぞ。『今日はピアノだ』とか。『今日は水泳だって』とか」
「…………うちにはアップライトのピアノも置いてないし、私泳ぐのきらいだよ?」
じーっとぼくたちは見つめ合った。
そして、おそらくおなじ結論にたどりつく。
「あー、はいはい、なるほどね」
ノアは言った。
ぼくは頭の中で当時のあいつを思い出していた。
「ほんと! 今日は遊べないんだって。ルキ、きいてきたもん!」
「今日もムリだって!」
「い……いなかったよ。ねえ、だから今日も二人だけであそぼーよ!」
ぜんぜん、それを疑ったことはなかった。
むしろ、ノアの都合をすすんでききにいってくれて感謝してたぐらいだ。
「あの子、独占欲がつよかったから」
と、ノアは急に目をほそめて言う。
ぼくとルキの仲を、冷やかすような表情だ。
「あなたもあなたよ。サボってないで、ちゃんと自分で確認すればよかったのに」
「ごめん」
「……そうしてたら、あの告白だって、きっと……」
ノアは空をみていた。
赤い夕焼けの空。
きれいな横顔。
本気かどうかわからないけど、それは勇気づけてくれるつぶやきだった。
ぼくだってやればできる。
そう思うと景色がガラリとかわった。
「となり、すわってもいい?」
放課後の図書室で、ぼくは積極的にうごいた。
もちろん自己紹介もした。
彼女の名前は長谷川芽依。同じ学年の女子だった。
明るい気分になるとすべてが前向きになる。
思わぬ攻略のヒントもえることができた。
同級生の友だち、吉田くんの一言。
ぼくのいまの(かなりまれな)状況をゲームに落としこんで説明し、
キミならどうする? と質問したときの、こたえ。
「告白に同意? すなおにたのめばいいよ。『同意してください』って。『はい』さえ言わせりゃいいんでしょ?」
「……たぶん同意するような態度だったらOKだと思うけど」
「同意だけでいいです、ぼくはそれ以外何もしません、ってひたすらたのみこむね。ぼくならね」
それで即エンディングさ! と吉田くんはぼくに人差し指をむけた。
指も、体つきも、顔も、全体的に丸っこい男子で、一部の女子からはマスコット的にかわいがられてる吉田くん。
吉田くん、ありがとう。
それはひょっとしたらすごいヒントだ。
この利用規約に同意っていうゲームをヌルゲーにしてしまう、
おそるべき仕様の抜け穴かもしれない。
はっきり言って―――「つかえる」。
「おい。なんだよヤローだけでなんの話してんだ?」
「あ、あ、あびっ、安孫子さん!!」
「あ!?」
ルキは片目をスッとほそめる。
対して、吉田くんは下をみてモジモジして、顔を真っ赤にしていた。
かまわず、ルキはぼくの前の席の机にすわってスカートをはためかせて足を組んだ。
「ところでアッちゃんさー、最近つきあいわりーぞ。放課後、ずっと図書室にこもっちゃってよー」
「わるいルキ。じゃあ今日は、ぼくといっしょに帰ろう」
「まじ!? ほんとか? 絶対だぞ!」
幼なじみの顔がパッと明るくなった。
髪の色も、あいかわらず、同じクラスのだれよりも明るい。
街の中ならとけこむようなレベルだけど、あいにくここは中学校だ。
中学校―――なんだよな。
「おう。そこ。まてよ」
校門を出てしばらく歩いていたら、暗がりから声をかけられた。
神社の横にある小さな森からだ。
うちの制服を着たヤンキーっぽいのが、4、5人いる。一人だけは女子のようだった。
「それ、黒くしてこいっつったよな? なぁ!!?」
その言葉ですべてを察した。
ルキの明るい髪色のせいで、不良に目をつけられてたんだ。
さっきまで笑顔でおしゃべりしてたルキの顔が、一瞬で暗くなった。
「……」
「ルキ。逃げよう。少し走れば人がいる場所に出るから―――」
「アッちゃん。ごめんな」
「え?」
「こんなおれでごめん。みじかい間だったけど、むかしみたいに話せてよかったよ」
ぼくの肩に手をおいた。
手はかすかにふるえていた。
ぼくはくやしかった。
ムカついてもいた。どうして髪の色ぐらいで、ルキがこの世の終わりみたいな顔しないといけないんだ。
ぼくには〈利用規約〉がある。
告白の同意をえないと、時間はループするんだ。
なら、ビビることなんてない!
「あの!!!」
ぎろっと全員がこっちを向いた。
「それ……染めてるとかじゃなくて生まれつきなんです!」
「あ?」
「ほんとです。こいつはむかしからこんな色だったから」
「ウソついてんじゃねーよ」
「小学校のときの写真、みせたっていいですよ?」
大ウソもいいとこだった。
家にもスマホにも、そんな写真はない。
が、あまりにもぼくが自信たっぷりに言ったからか、時間がかせげたようだ。
人が通りかかった。
「いこう、ルキ」
「あ……」
スキをついてぼくたちは歩き出した。
ちょうどいいことに車も何台か走ってきて、
うまく不良たちから距離をとれた。
「アッちゃん」
ぎゅっとぼくの手をにぎって、
ありがと、と小声。
うれしかった。
そしてまた一つ自信がついた。
そこからぼくの体にハネがついたように、
そのあとの時間を、圧倒的なはやさでピョンと飛びこしてしまう。
(つ、ついにやったぞ……)
最後の第十二条。
不可能と思われた〈女性教師〉にも、どうにか同意をしてもらえた。
やはり吉田くんのあのアイデアはバツグンだった。
「何もしなくていいから」と同意を「ひたすらおねがいする」。
中にはかなりの時間を要した女子もいたが、ギリギリまにあった。
自分でも、この結果におどろくばかりだ。
(えっ!!!???)
目の前が突然真っ暗になった。
そんなバカな。今日は終業式の日で、学校の駐車場で萩尾先生と向かい合っていたはずなのに。
これは――――?
ぼくが、すべてに同意をとったからか?
すぅ、とすった空気は夜のにおい。
あたりには濃い霧がでている。
(ここはどこだ)
視界がわるくて何もみえない。
心なしか、視線の高さが上がっているような気がして足元をたしかめたが、ただのアスファルトの地面のようだ。
ぶん……と低い音がきこえてきた。
ぶん、とこれはエンジン? バイクの音か?
こっちに近づいてくる。
ライトが。
すさまじいスピードで。
(なっ!!??)
ぼくめがけて一直線。
ぼくにぶつかった。
ぼくの体は上にふっとんだ。
痛みはなかった。
ただ、自分の首が、ありえない角度に曲がっているのだけが、わかる。
そのぼんやりした視界には、
横倒しのバイクと、
地面にうつぶせの人間。
街灯に、そこだけスポットライトのように照らされている。
最初からしてなかったのか、どこかへ飛んでいったのか、ヘルメットはかぶっていない。
髪にかくれて顔はよくみえない。
どこか見おぼえのある髪の色だった。
まるでパンの耳―――――みたい―――――――な―――――――
「お兄ちゃんてば!」
耳元でさけぶ声。
ぼくの妹の瀬菜だ。
ピンクのパジャマを着てる。
ってことは、ここはぼくの部屋?
「うなされてたよ? わっ。汗すっごーい」
「え? ああ……」ぼくはひたいをさわった。水をかけられたみたいにびっしょり。
「お水いる?」
「たのむ。あっセナまってくれ。今日は何月何日だ?」
四月一日、と即答した。
中二の四月? ということは……
ぼくはベッドから起きあがって、おそるおそる学習机の上をたしかめた。
そこには利用規約の紙と、下にもう一枚あった。
―――――
リトライボーナス
次回のチャレンジゲームでお助けボーナス発動
制限時間 +3分
※なお、今回から「カジュアルモード」から「クラシックモード」に変更になります。
「クラシックモード」では、告白のチャンスは一回きり、
かつ相手の心の底からの同意が必要です。あしからず。
―――――
なんてことだ。
ぼくはすべてを理解した。
今までのは、たんなるチュートリアルだったって。
始業式の朝。
ぼくは教室のみんなに背中を向けるようにしてすわっている幼なじみのところにいき、
「おはよう」
と声をかけた。
「ちっ。……るっせーな……って、あーっ!!! アッちゃん!」
いきおいよくイスから立ち上がって、セーラー服の赤いスカーフがゆれる。
明るい笑顔になった。
ぼくは目線を少し上にあげた。
ドキッとしてぼくは息をのんだ。
あまりにもあの色にそっくりだったからだ。
「なんだよ。あんまじろじろ見んなよー」
はずかしそうに頭をかくしたルキの細い指の向こうにのぞいているのは、
朝食の、ちょっと焦がしたトーストのパンの耳みたいな髪の色だった。




