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女子12人と告白を同意したい【耐久】  作者: 嵯峨野広秋


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2/4

「……」

 五月になった。

 ぼくがかよう中学は全学年10組まであって、生徒の数が多い。

 そのため朝の登校時は、流し台にためた水が排水口に流れこむかのごとく、校門に向かって生徒がどんどん吸いこまれていく。

 そんな景色の中、ただ一人、地面にしゃがみこんでいる生徒がいた。


「ほら、こっちだこっちだ」


 なにやら楽しそうな背中だった。

 手に細い木の棒を持っていて、それを左右にサッサッとうごかしている。

 それを追うように動いているのは、猫。


「ルキ。おはよう」


 声をかけると、座ったままふりかえってニコッと笑った。

 朝日をななめに受けて、こいつの明るい髪の色が、さらに明るくかがやいて見えた。


(あっ。これ……まずくないか?)


 校門の前に立っているのは先生。

 しかもあれは、きびしい指導で有名な先生だ。


「おーっす、アッちゃん」木の棒を茂みにポイっと投げて、猫の頭をなでる。「じゃまたな」にゃあと返事するようになき、猫はとことこ歩いて行ってしまった。

「ルキ。その頭、大丈夫か?」

「なにが?」

「校門にいるの、あれ、ゆるしてくれるタイプの先生じゃないぞ」

「へー。おれのこと心配してんの?」

「ぼくの体がもっと大きかったら、ルキをかくしていけたかもしれないけど……」


 言うと、胸のところをグーでタッチされた。

 さーっと風がふく。

 ルキのショートの髪がゆれた。


「いい幼なじみをもったよ。アッちゃん。おまえは巻きこみたくねーから、先にいってくれ」


 そのまま背中をおされ、ぼくは一人で校門をくぐった。

 うしろをついてきたあいつは、やっぱり先生に止められたようだった。

 そのそばを、ノーヘルのヤンキーっぽい男子が自転車でスーッと通りすぎる。先生は気づいてない。


 もう少しタイミングをずらせば、逆にルキがつかまらずにすんでいたか?


 朝礼がはじまるギリギリになって、やっとあいつは教室にはいってきた。 


 一見、けろっとしているように見える。とりあえず安心かな。


(『おとなしい子』かー……)


 放課後。

 ぼくはあてもなく図書室に足をはこんだ。


(なんとなく、こういうトコにいる女子はそんな感じだと思うけど)


 きょろきょろして棚の間を行ったり来たり。

 しばらくそうしていると、


「さがしものは何?」


 と女子の声。

 腕を組んで仁王立ちしてこちらをにらんでいた。


「え? いや、その」

「さがしものなど最初からなかった―――そうね?」


 すべてお見とおしよ、と言わんばかりの断言。

 あきらめて、ぼくはうなずいた。

 すると、フンフン、となっとくしたようにうなずいて、その女の子は行ってしまった。

 セーラー服のえりに二本、ツイストドーナツみたいな三つ編みの髪がゆれている。


(なんだったんだ今の……ただぼくに質問しただけ?)


 一瞬、運命というか直感的なモノがあったが、

 さすがにあの子は〈おとなしい〉とはいえない、そんな第一印象だった。


(ま。せっかくきたんだ)


 ぼくは棚から本をとって、席についた。

 近くの柱には夏目漱石の絵に「携帯の使用はいかんよ!」のフキダシがついたポスター。


(あ)


 しまった。

 座るときに席をよく確認してなかった。

 けっこう()いてるのに、

 だれか知らない女子の真隣(まとなり)にすわってしまったようだ。

 はっきり顔は見ていないけど、さっきの三つ編みの子ではない。


(……)

(……)


 おたがいに、前を向いたまま視野の外に集中してる感じ。


 気まずい。


 しかし、このままあわてて席をたつのもさらに気まずい。


(ええいっ!)


 ぼくはかまわず本をひらいた。

 そして何食わぬ顔で読書、読書、読書。


(……)


 ときおり、チラチラとこっちをみられている。

 だがなんとなく、「どっか行けよ」という攻撃的なものではないように思える。


 図書室は静かだ。

 この時期はエアコンもつけてないから、(しん)から無音(むおん)


 柱時計がさすのは五時十五分。


 まわりは席につく生徒がだんだん少なくなっていた。


 少なくなればなるほど、となりあってすわっている男女のぼくたちが際立(きわだ)つ。


 が、こうなればもうチキンレースだった。


 先に立った方が負け。


(ところで彼女は何を読んでるんだ……?)  


 えらくごつい本だ。

 有名な作家のなんとか全集みたいなそんな見た目。


 根っからの本好き、そんな人なのかな。


(あ)


 目が合った。 


 目元には細いフレームのメガネ。

 前髪は眉毛にかかるぐらい、うしろの髪はゴムできちんと結ぶ、といったちゃんと校則をまもった髪型だ。


(あー……)


 ぷいっ、と顔をそむけてそのまま立ち上がる。

 小脇に大きな本をかかえて小走り。

 なんか―――やっぱりさっさと席をかえたほうが良かったかな。

 相手はきっと、ぼくをへんなヤツだと思っただろう。


 翌日。五月二日。

 今日一日がんばれば、明日から長い連休。

 本来、うれしいイベントなんだけど、ぼくにとっては困りものでもある。



 利用規約。



 今月中に告白を同意してもらわないといけないのに、

 またその相手すらみつかっていないなんて―――――はっ!


(……)

(……)


 やってしまった。

 考えごとしながらの着席はダメだって、きのうちゃんと反省したはずなのに。


(うわー)


 これはミスった。

 となりの彼女も、さすがに今日は席を移動するはずだ。

 こんなのあきらかにスナイプだもんな。


 放課後の図書室。


 ぼくは昨日と同じ本をえらんでいた。


 で、昨日のつづきから読み進める。


 チキンレースになれた、とはいえないが、今日はけっこう集中できた。


 一段落して顔をあげると、いつのまにか一時間もたっていた。


「あの……それ…………」

(えっ!!??)


 一瞬、耳をうたがった。

 おとなりさんからの(ぼくがムリヤリそうしたんだが)ささやくような声。


「むずかしそうな、本……だね」


 それは、友だちに話しかけるような親しさはない、ほどほどによそよそしい言い方だった。

 声変わりをすませた男子にはだせない、ひじょうに女の子っぽいやさしい声。 


「あ、これは、プログラムの本だけど」

「プログラム? あの、授業でやったパソコンとかの?」

「そう」

「もう表紙の字から読めない……」

「これ? これはシープラスプラスって読むんだ」


 と、そこでまわりの視線を感じた。

 声をかけられたうれしさもあって、つい声が大きくなってしまった。

 図書室は私語厳禁。

 近くの柱にはられた太宰治の絵のフキダシにも、赤字でそう書かれている。 



「おう。ここにいたのかよ、アッちゃん!」



 いきなりうしろから肩に手がおかれた。

 いっさい図書室なのを気にしていない声だ。

 むかしから、こいつはこういうヤツだけど。


「いっしょに帰ろうぜ」

「え? ああ……」


 そんな感じで、せっかく彼女と仲良くなれそうだったのに、ぼくは幼なじみのルキと下校することになった。


 連休が明けた。


 昼休み。


 二階の廊下をあるいていると、


(あれ?)


 一階のテラスにルキがいた。こっちに背中を向けているけど、髪の色であいつ本人なのがわかる。


「よぉ、おまえおれとつきあえよ」

「やだ。私、好きなやつがいるから」


 下におりて、足音を消してそっちに近寄ってきこえてきた会話。

 ぼくは大きめの花壇(かだん)のうしろで姿勢を低くして、身をかくしている。


「私を呼び出したの、それが理由? もういっていいか?」

「まてよ」


 ルキが二の腕をつかまれた。

 体格のいい男子。

 あれはたしか三年のヤンキーだ。


「好きなやつってだれよ。そいつとタイマンさせろよ。そんでおれ勝ったら、おまえはおれのもんな」

「……」

「いいだろ? おれのツレなら仲間内ででけー顔できんぞ」

「……」

「なんだよその目」

「カンちがいすんな。私はこういう髪してるけどな、アンタらと同じグループに入るつもりはねーよ」

「は!?」 


 おい、という怒鳴り声を無視してルキは立ち去る。

 両手を頭のうしろに回した、平然(へいぜん)としたポーズで。

 ぼくはドキドキしていた。

 これはあいつを心配したっていうより、あの三年のヤンキーとタイマンっていうのを想像してのものだ。

 ぼくは一方的にやられるだろう。


(……)


 いやな気持ちだった。きっと自己嫌悪ってやつだ。

 結局、ルキの身よりも自分がかわいいっていうか、そういう……小さい男だった、ぼくは。


 こんなやつに彼女をつくれる資格があるとは思えない。


(……告白、か)


 ぼくはいったいなんでこんなことに巻き込まれ――――はっ! ……いや今日は大丈夫だ。問題ない。


 放課後の図書室。


 まわりにだれもいない席にぼくはすわった。


 少し向こうに、今日もあの子はいる。小柄なうしろ姿。ときおりページをめくる手がうごいている。


 近くの柱にはられた芥川龍之介の絵のフキダシには「少年老いやすく学なりがたし」。


 そうだよな。


 今のうちからしっかり勉強しとかないと、ぼくはゲームをつくれない。

 ぼくの夢はゲームづくりだから。

 しかし、どうにかこの利用規約に同意っていうゲームを攻略しないと、夢どころじゃな……


(ん?)


 前のほうの席にいるあの子がふり向いた。


 ぼくは反射的に小さく頭をさげる。


 いやよく考えたら、まだそこまででもない、ほとんど赤の他人なんじゃないかぼくらは。


 知り合いですらない―――えっ!!!


(……)

(……)


 スススと静かな動作で、

 本とスクバを手にもって、

 彼女は席を移動してきた。



 無言で、ぼくの席のとなりに。



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