白い結婚は白い衣装のことだと思っていた!?
「――――いや、だって、白い結婚って」
一年ほど前のあの日を思い出し、私の頭は真っ白になりかけた。
よくよく考えたら『溺愛』されているという事実に、ちょっと花吹雪が舞い踊ったけれども!
目の前でキョトンとした顔で首を傾げているアレクサンテリ様。
金髪の髪をふわりと揺らし、少しだけ緑がかった青い瞳はどこまでも澄んでいて、嘘なんて言っていないことが分かる。
「ああ、白い花嫁衣装を着たエミリア嬢は綺麗だろうなと」
「っ……………………紛らわしいっ!」
ほんと、なんて紛らわしいの。あの日からずっと勘違いしていたなんて――――!
◇◇◇
侯爵家長女として生まれ、一八年。わりと平穏に人生を歩んでいた。
…………が、いま窮地に立たされている。
我がユーセラ侯爵家は、子どもは私しか恵まれなかったことから、婿養子に家督を継いでもらうという政略結婚に踏み出そうとしていた。
「政略結婚は別に構いませんが、相手を夜会で探すのですか? 効率悪くありません? というか、夜会は参加したくないのですが」
夕食後のお茶の席で、にこにこ笑顔で今度の王城夜会に行こうと誘ってくるお父様に難色を示すと、お父様はぷにぷにの頬を膨らませなが口を尖らせ、お母様は美しく微笑んで「うふふ」と笑うばかり。
デビュタントボール後にも何度か夜会に参加させられたけれど、あの煌びやかな世界にどうにも馴染めなかった。
前回参加した王城夜会で、天真爛漫なご令嬢から大勢の前で瓶底眼鏡だと笑われて以来、参加するのがちょっと億劫だというのもある。
「一応ね、候補は居るんだよ。エミリアが直接見て、印象が良かったら話を進めるくらいでいいかなとは思っているんだ」
「まぁ、確かに。人となりを見たくはありますね。一生を共にする方ですし、我が家を継ぐ能力があるのかも知りたいところです」
「ええ? そこよりも――――」
「貴方、エミリアがその気になってますので、シーッ」
お父様が何かを言おうとしていたけれど、お母様がお父様の唇に人差し指を当てて黙らせてしまった。
お父様はというと、お母様に唇を塞がれて心底嬉しそうな顔をしていた。そして、いちゃいちゃしようとしていたので、退席の挨拶をして自室に戻った。
「ふぅ…………」
ソファに体重を預け、外した眼鏡を眺める。
いつからかガクンと視力が落ち始め、いまはこの眼鏡がないと生活に支障が出てしまう。
ダサいだとか辛気臭いだとか言われても、どうしょうもない。これはもう私の一部だ。
何度か婚約者候補と顔合わせしたこともあったけれど、毎回見た目を理由に断られていた。そんな相手に侯爵家を任せる気にもなれないので、こちらとしてもお断りではある。
私としては、女主人として爵位を受け継ぎ養子を取る方向でもいいんじゃないかと思っていた。
そのための家庭教師も付けてもらっていたし、お父様の執務の手伝いも行っている。なのに――――。
「なんで急に政略結婚なのかしら……」
独り言ちたあと、ふーっと長く息を吐き出し、ささくれ立った心を落ち着かせてからバスルームへと向かった。
政略結婚の話から一晩が経ち、いまは前向きな気持ちになっている。
お父様が候補を見つけて来たということは、侯爵家にとって利点のある人物なのだろう。あの人はぽよぽよとしていて無害そうに見えるが、かなりやり手だ。
朝食の席で夜会の参加と政略結婚の了承を伝えると、お父様とお母様が私の夜会用のドレスを新調しようとノリノリで話していた。
落ち着いたデザインと色合いにしてとお願いしたけれど、話は聞いていなさそうだった。
お父様にエスコートされて馬車を降り、王城を見上げる。
心配していたドレスは、希望を聞き入れてもらえた。深い青緑色のシンプルなAラインドレスに、裾に刺繍が施されたエメラルド色のオーバースカートを重ねたもの。落ち着いている中に可愛さもあって結構気に入っている。
茶色でモサモサの扱いづらい髪は、三つ編みにして横に流した。
「さて、入場後は挨拶まわりをするが、ついてきてくれるかな?」
片眉を上げて聞いてくるお父様。こういったふうに聞くときは、もう既に何か仕込んでいるときだなと思いつつも了承した。
会場内を巡り、様々な人に挨拶をした。
どんなに凛とした空気で佇んでいる相手でも、お父様が近付いて行くと急に表情を崩し、肩から力を抜いて楽しそうに話し出す。お父様のこういう警戒心を解かせるところは、本当に見習うべきところだと思う。
社交界での交友関係が狭い私には、なかなか難しいところだけれど。
「やぁ、宰相閣下」
「ユーセラ殿、もう来ていたか。お、そちらがいつも自慢している愛娘だな?」
「ああ。可愛いだろう?」
お父様が他の方々よりも気安そうに話しかけていたのは、この国の宰相閣下。シルバーグレイの髪をふわりと後ろに流し、左目にモノクルを着けている。
はじめましてと挨拶をして少し談笑したあと、宰相閣下とお父様が何やら込み入った話をするので、会場内で少し待っていて欲しいと言われた。
「女性を一人にするのは些か不安だな……あぁ、あそこにいたか。アレクサンテリ!」
宰相閣下が会場内にいた金髪で少し長めのボブヘアーの男性を呼び寄せた。男性は宰相閣下に気付くと、話していた相手に目礼をしてこちらに向かってきたのだけれど、なんというかとても人目を惹き付ける方だった。
金髪碧眼で、整った顔立ち。さらりと揺れる横髪をスッと耳にかける仕草だけで近くにいた女性たちの視線を奪っている。
「彼は、アレクサンテリと言ってね、私の部下だ。次期宰相候補でもあるんだよ」
「お初にお目にかかります――――」
お互いに挨拶したあと、宰相閣下とお父様が何やら楽しそうに話しながら立ち去っていくのを見送った。
アレクサンテリ様は、現在二四歳で宰相補佐をしているそう。
「……」
「…………あ、不躾にすみません」
「い、いえ。こちらこそ」
急に二人きりにされたことで、お互いに変に緊張というか困惑していて、無言で見つめ合ってしまっていた。
「何か飲み物をもらってきましょうか」
「はい、ジュースをお願いいたします」
彼、アレクサンテリ様が給仕から飲み物をもらっているのを眺めていたら、ドンと後ろから衝撃を受けて前方によろめいてしまった。その拍子に眼鏡がガシャンと落ちたかと思うと、ダンッ、バキッ、パリンと嫌な音が連続で聞こえた。
「あら、ごめんあそばせ。わざとじゃないのよ?」
顔はぼやけて見えないものの、真っ赤な髪と少し甲高い声は聞き覚えがある。以前に瓶底眼鏡だと私を嘲笑ったパーヤネン侯爵家のご令嬢だ。そして、彼女の足の下にはきっと眼鏡があるのだろう。
「パーヤネン様、お気になさらないでください。予備がありますので」
ドレスの隠しポケットから眼鏡を取り出して掛けると、視界がクリアになり目の前の赤髪のご令嬢の顔が酷く引き攣っているのも見えた。
「エミリア嬢! 大丈夫ですか?」
慌てたように近付いてくるアレクサンテリ様に大丈夫だと伝えていると、パーヤネン様が私を押しのけるようにしてアレクサンテリ様の目の前に立った。
そして、私がぶつかってきたこと、その拍子に眼鏡が落ちて踏んでしまい私に叱責されたと、あることないこと説明していた。
――――なんか、凄いわね。
明らかに嘘だと分かる気がするのだけど、アレクサンテリ様はウルウル瞳で訴えかけているパーヤネン様に柔らかく微笑んで、眼鏡を踏んだ足が怪我していないか控え室で侍女に見てもらうよう伝えていた。
その瞬間、少し落胆した。
地位が高く主張の強い者が生き残るのが常だが、こういった嫌がらせさえも許されるのだろうかと。
パーヤネン様が立ち去ったあと、アレクサンテリ様が少し困ったような笑顔で身を屈め、私の顔を覗き込んできた。
「お怪我はありませんか?」
「ええ」
「よかった」
その言葉や表情が、心からホッとして漏れ出たように思えてドキリとしたものの、そういえばこの人は宰相候補なのだからこういう対応は上手いのだろうな、と思い直した。
なぜ予備の眼鏡を持っていたのかと聞かれ、無くては困るものだから予備は必ず持ち歩いていると伝えると、アレクサンテリ様が顎に手を当てて「凄いな」と呟いた。何がどう凄いのかと聞きたかったが、彼に話しかけてくる令嬢が多すぎて聞くタイミングを失った。
少しだけ離れたところでご令嬢たちを笑顔で対応しては、壁際に控えていた私の隣に戻ってきて小さく息を吐く、というのを何回も繰り返していた。
「あの、何方かにご用があるようでしたら、どうぞ。私はここにいますので」
「え……あ、すみません!」
聞けば、アレクサンテリ様もあまり夜会に参加しないらしく、珍しいから声をかけられるのだろうとのことだった。みんな親切心で会場の案内や人物紹介などを申し出てくれるだけだと。
――――天然なのかしら?
彼に話しかける人はほとんどがご令嬢で、みんな一様に頬を染めているのだけれど、彼には伝わっていないようだった。
それからしばらくは、突撃してくるご令嬢たちの対応の間に、お互いの家のことや普段何をしているか、どんな本を読んでいるかなどの世間話をポツポツとしていた。
「キャッ!」
なぜか私の真横を通り過ぎようとしていたパーヤネン様が、蹴躓いたような仕草で手に持っていたワインを私の顔に掛けてきた。
「……ケホッ」
「酷いわ! なんで足をかけるんですの!?」
なぜこの人はこんなにも私に絡んでくるのだろうかと思いつつ眼鏡を外し、隠しポケットから出したハンカチで拭いた。顔やドレスの胸元も拭いていると、視界の端に白いものが見えた。
アレクサンテリ様の手とハンカチだ。
「……持っていたか」
「ええ、持っていますよ?」
たぶんハンカチの意味だろうなと思いつつ返事をすると、私の手にあったワインで濡れたハンカチをアレクサンテリ様が取り上げ、真っ白なハンカチを渡してきた。
「え、あ……っと、ありがとうございます?」
「うん」
アレクサンテリ様は真顔で軽く返事をすると、パーヤネン様の方には笑顔を向けた。
「ヘルガ嬢、君もう帰りなさい」
「え……」
「帰りなさい」
有無を言わせない笑顔ってあるのね、なんてアレクサンテリ様をしげしげと見つめていたら、ハッとしたようにこちらに向いて家まで送ると言ってきた。
お父様と来たから、お父様と帰ると伝えると、なぜか肩を落とされてしまった。
あれだろうか、任されたのにこんなことになってしまった、みたいなやつ。別にアレクサンテリ様のせいじゃないからいいのに。
「巻き込んで申し訳ありませんでした」
「え!? いや、私が巻き込んでいるんだと思うが!?」
「……では、お互い様ということで」
「っ、ふっ……ははっ。君は面白い人だね」
なぜ着地点を提案したら、面白いと言われたのか分からなくて首を傾げたら、更に笑われてしまった。ご令嬢たちに向ける笑顔とはまた違った、少年のような笑い顔がなんだか可愛かった。
そんな夜会の翌日、お父様の執務室に呼び出されてアレクサンテリ様から婚約申し込みの書状が届いていると言われた。
「どうなることかと思ったが、顔合わせは成功だったようだね」
――――ああ、そういうこと。
あれは顔合わせだったのかと理解した。思えばいきなり二人きりにされたし、ワインを掛けられたあとすぐに宰相閣下とお父様が戻ってきたし。見られていたのだろう。
「エミリアは彼についてどう思うかい?」
「とても誠実な人だと思いましたよ。人に好かれているし、毅然とした態度も取れる。聞く限り頭脳労働も肉体労働も好きなようですし、侯爵家の当主としての資質はしっかりあるかと」
「いや、そういうことじゃ――――」
「あ な た ?」
お父様の横に立っていたお母様が、またもや唇に人差し指をあてていた。
「エミリア、彼を婿養子にするのはありだと思っているのね?」
「ええ」
「じゃあ、婚約でいいわね?」
「はい、もちろんです」
そう返事すると、お母様が鷹揚に頷いてお父様に婚約話を進めるよう命じていた。我が家の本当の主導権はお母様なのかもしれない。
アレクサンテリ様と婚約して、月に何度かある彼の休みにデートを重ねた。
国立の庭園で草花を見たり、図書館で読書をしたり、馬車て少し遠くの湖に出かけたり、貴族街にあるカフェで甘いものを食べたりした。
会話は思ったよりも弾んだ。宰相補佐の仕事内容は多岐にわたっており、聞くだけでも大変そうなのだけど、アレクサンテリ様は楽しんでやっているようだった。
また、我が家の婿養子になる件は、アレクサンテリ様のご両親も歓迎していて、お互いの家の関係も良好だ。
彼は才能に恵まれているが、実家は子爵家で三男。まだまだ地位が全ての王城職務では、出世が見込めない。だからこそ、彼は我が家の婿養子になることを選択したのだろう。
「んっ! エミリア嬢、私のケーキも美味しいよ、ほら、口を開けて」
カフェのテラス席で二人隣り合って座り、お互いのケーキを一口ずつ味見したり、時にはあーんもしてみたりと、回数を重ねるごとに恋人なのだろうかという触れ合いも増えた。
アレクサンテリ様はわりとスキンシップが好きなようで、よく手を繋いだり肩を抱いたり、頬にキスをしてくる。
これは政略結婚だと分かっていても、アレクサンテリ様とならいい夫婦関係を築けそうだなと思っていた。
婚約から半年ほど経ち、結婚式の準備に取り掛かることになった。
会場を決めたり招待客のリストはもちろんだが、ウェディングドレスのデザイン決めはちょっと楽しみではあった。
ドレスのラインや色、細かなデザイン決めにもアレクサンテリ様は積極的に参加してくださり「こっちの方が似合いそうだ」とか「白が絶対にいい」とかの嬉しい口出しも色々あった。
仮縫いが終わったと連絡があり、サロンで試着しているとアレクサンテリ様がひとしきり褒めて嬉しそうに微笑んでくださって、美しいねという言葉と頬へのキス。
私たちは政略結婚ではあるものの、お互いに想い合い恋のようなものはもう芽生えてきているのでは、と思っていた。
「…………これが白い結婚か」
――――え?
仮縫いの試着から着替えようとサロンの隣の部屋に入る直前、アレクサンテリ様の呟きが耳に届いてしまった。振り返ると、アレクサンテリ様は後ろ姿で表情が見えない。
聞き間違いだと思いたい。でもはっきりと『白い結婚』と聞こえた。
白い結婚とは、つまり形だけのもので触れ合いや体の繋がりなどない、お互いに純潔のままでいること。その理由は、子どもがいなければ離婚は比較的簡単に行えるから。子どもが出来ないから、家のために、という理由で離婚が承認されやすいから。
婿養子になったあと、白い結婚から数年で離婚して、家督はそのままに本当に愛する人と結婚する者もいるという。
私も『それ』だったのか…………。
アレクサンテリ様は白い結婚のつもりなのに、私は彼に恋をしていたのだとこの瞬間に気付いてしまった。喉を絞められているかのようで息が苦しい。心臓が張り裂けそうなほどに痛い。
襲い来る様々な感情がごちゃ混ぜになり、ウェディングドレスを試着したまま、ボロボロと泣いてしまった。
私の異変に気付いた針子がアレクサンテリ様を呼んでしまい、一騒動となった。
どうにか着替え終え、私室に戻りソファに座った。アレクサンテリ様も一緒に。
「エミリア嬢、本当に何でもないのか?」
「……ええ、軽いマリッジブルーだと思います」
「どんな些細なことでもいい、不安なことがあるなら教えて欲しい。君はいつも自分を抑え込んでいる気がする」
アレクサンテリ様が私の肩をそっと抱き寄せて、そう言った。彼の体温がじんわりと伝わってきて、さっき絶望したはずなのに、また胸に炎が灯りそうになってしまう。
そっと体を離してティーカップを取ることで、彼を拒絶していると気付かれないようにした。きっと彼は私に恋をさせておきたいのだろう。その方が事が運びやすいから。
それから三ヵ月が経ち、ウェディングドレスが完成して最終確認することになった。
ドレスを着て、大鏡の前に立つ。
真っ白なウェディングドレスは、アレクサンテリ様が絶対に似合うからと言ったマーメイドライン。
髪は上半分を編み込み、下半分は自然に流して。
式では眼鏡を外したほうがいいだろうと侍女と話していると、アレクサンテリ様が眼鏡はそのままでと強く主張してきた。
「……なぜ……ですか」
「エミリア嬢の素顔は可愛すぎる。私だけが知っていればいい」
その言葉に侍女たちは「愛されている」と言い、キャッと頬を染めていたけれど、私はそうは思えなかった。
だって、彼の中には私への愛などないのだから。白い結婚をして、本当に愛しい人を迎え入れるつもりなのだから。
「瓶底眼鏡で冴えない女のほうが、都合がいいでしょうしね」
つい、言ってしまった。
サロンの中が静まり返り、変な空気になってしまった。後悔してももう遅く、どうしようかと考えていると、アレクサンテリ様が使用人たちを全員下がらせ、私の腰に手を回して少し座ろうと言ってきた。
「っ! 触れないでください!」
「エミリア、どうしたんだ……? 何か不安なことがあるのかい? 教えて欲しいんだ。これから夫婦になるのにわだかまりは残したくない」
「…………結婚したくない」
そう言った瞬間、アレクサンテリ様の顔が真っ青になり、オロオロと慌てふためき出した。それはそうだろう、我が家の婿養子になるという契約が崩れ去るのだから。
「もう、我慢できないの。これからずっと貴方のそばにいるなんて無理」
ボロボロと涙が零れ落ちていく。眼鏡を外して拭っても拭っても、涙が止まらない。
「っえ…………エミリア!? あ、エミリア嬢。その、もしかして、私が嫌い……なのか? いや、うん、嫌いだからそうなっているんだよな……結婚…………したくない……………………のか。その……何でか聞いてもいいかな?」
アレクサンテリ様が青緑の美しい瞳を揺らしながら、身を屈めて私の顔をじっと見つめてきた。その瞳には困惑と悲しみが見えた気がしたけど、きっと気のせい。
だって、白い結婚なのだから。
■■■
宰相閣下の勧めで、政略結婚をすることになった。
私の家があまりにも脆弱過ぎることもだが、大きな要因は私が結婚に希望が持てずに、恋愛をする気も結婚する気も起きないと宣言したのを聞いた宰相閣下が何やら画策したせいだった。
宰相閣下に、それなら婿養子になって相手の家を運営するという目的で結婚すればいいだろうと言われ、それもありかと思った。
侯爵の希望で王城夜会でエミリア嬢と顔合わせをして、お互いに色々と話していて、この子は酷く純粋な子だなと思った。聞けば一八歳だというし、本当にスレていないのだ。
将来有望だと宰相閣下が言いふらした直後から『私を見て!』と訴えかけてくるご令嬢たちが増えてうんざりしていた。
そんな中で、エミリア嬢は私の立場や将来のことを聞いても、お仕事に励まれているのですね、と至って普通だった。むしろ私には興味がなく、仕事の内容には興味があるようだった。
――――面白い子だ。
眼鏡を壊されたり、ワインをかけられても、淡々と処理していく。相手はフル無視で。なんというか、本当に面白すぎる。
気付けば夢中になっていた。
そして、初めての恋をしていた。
デートで、たくさんの想いを伝えたつもりだった。
二人で楽しくウェディングドレスを決めて、結婚式を夢見ていたつもりだった。
「…………結婚したくない」
彼女にそう言われて、頭が真っ白になった。苦しそうにボロボロと泣く彼女を抱きしめたいが、彼女を苦しめているのが私なのだから、触れることは許されないのだろう。
なぜ嫌なのかと聞いたら、想定していない言葉が彼女の口から出てきた。
「っ、愛しているのに、一生愛されることがないのが、辛すぎます」
「え……えっ? 愛してる……」
エミリア嬢の口からでた『愛してる』に狂喜乱舞しそうになったが、内容は不穏な言葉だらけだった。
「白い結婚ということは、爵位を継いで数年したらほかの女を作るのでしょう?」
「白い結婚? 白い結婚が何で今ここで出るんだ?」
「貴方が言ったじゃない! 仮縫いのときに、これは白い結婚だって!」
ドレスの裾をぎゅっと掴んで、泣き叫ぶように訴えかけてくる。エミリア嬢が私に感情をぶつけてくれている。それが酷く嬉しかった。
普段の私なら面倒だとか思いそうなのに。
あと、さっきから出てくる白い結婚がなぜそんなにも嫌がられているのか分からない。もしかして、最近また風習が変わって白いウェディングドレスは縁起が悪いとかの噂がでているのか!?
数年前まではカラードレスが一般的だったが、ここ最近は白いウェディングドレスの『貴方色に染めて』というのが、女性的にも物凄くエモいのだと聞いた。
それに、カフェオレのような柔らかな髪色のエミリア嬢には、白が似合うだろうと思った。だから、白い結婚がいいなと思ったんだが。
「――――いや、だって、白い結婚って……」
なるべくゆっくりと、心を込めて、私の想いを伝えた。エミリア嬢との結婚を本当に心待ちにしているのだと。
「白い結婚は、白い衣装を着ることだと思っていたってこと……!?」
「ああ、白い花嫁衣装を着たエミリア嬢は綺麗だろうなと」
アンバーの瞳を大きく見開き、エミリア嬢が驚いた表情のままで固まっていた。
「っ……………………紛らわしいっ!」
直後、エミリア嬢にお腹を抱えるほど笑われ、そういうドジな貴方も好きですと言われた。
「私も、君が大好きなんだ。一生大事にすると誓うから、結婚してくれないか?」
「っ、はい」
涙ぐみ頬を染めて嬉しそうに頷いてくれたエミリア嬢。フライングはどうかと思ったが、この衝動は止めたくないなと、エミリア嬢を抱き寄せて唇を重ねた。
甘く柔らかく、愛していると、何度も囁きながら。
◇◇◇
どうやったら『白い結婚』が白いドレスのことだなんて勘違いを起こすのかと、アレクサンテリ様に聞きたいけれど、何度も何度も重ねられた唇のせいで全く喋れない。
「あれく……さんて…………んっ、さま」
「アレク、と」
「苦し…………アレクさま」
「ん、ごめん」
ゆっくりと唇を離したアレク様は、見た人が全員とけてしまいそうなほどに甘い笑みを零してしていた。
「エミリア、と呼んでも?」
「っ、ふぁい……ど、どうぞ」
「ふふっ。エミリア、君には抑え込まずにもっともっと気持ちを伝えたほうが効果覿面のようだ。これから、覚悟しておくといい」
とけるような笑みから一転、妖艶に微笑んだアレク様がまた体を密着させてきて、顎クイッからのキスを落としてきた。
大人の色気がエグい。
これから待ち受けている結婚式やそのあとの諸々…………どっ、どどどどどうなるのよ!?
――――全く白い結婚じゃないっ!
―― fin ――
読んでいただき、ありがとうございます!
白い結婚ってそういう意味なのか……とアレクサンテリ同様に勘違いしていた貴方!
いや知ってたし……という博識な貴方もっ!
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