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【完結済】堕神ノ書 〜異界支配の始原〜  作者: せつな
第四章【仮面の再出発】
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【影に呑まれし黎明】



神聖連合・縛鎖部隊、ネザリア目前。


鬨の声も上がらぬまま、数百名の兵士たちは戦列を組み、警戒を高めていた。

だが次の瞬間――


「……なっ……何が……!」


空間が、ねじれた。


黒い霧のような魔力が全方位に広がり、瞬時に各部隊を包み込む。


「動け――ぐ、が、体が……っ!」


「魔力の流れが……封じられてる!? こんな制圧――ッ!」


まるで意思を持つように滑る“影”が兵士たちの足元を這い、縛り上げていく。

無数の《影縛拘糸》が肉体と魔術回路を同時に拘束し、呼吸すらままならぬ空間を作り出した。


「ッ……何だこれは!?」


「全軍、散開して抵抗――がぁっ!」


叫ぶ前に、兵士たちの視界が暗転する。

リィナの刃が、音もなく喉元をかすめ――血ではなく、“意識”だけを断ち切っていく。


「ふふっ、ねぇねぇ。これって“寝た”ってことでいいの? それとも“捕まった”ってやつ〜?」


楽しげな声が響く。


その後方ではじゅぴが、手のひらで魔導盤を展開しながら軽やかに跳ねていた。


「起きてる子だけ、特別に追加拘束しとくっす♡ あ、無駄な魔法は禁止で~す♡」


《魔導阻害封界》が空間全体に展開され、兵たちは術も剣も抜けぬまま、次々に倒れていく。


「……ッ、まだ終わってはいない!」


指揮官格が叫び、手にしていた魔具を高く掲げた――その瞬間。


「そこまでだ」


重低音のように響く声。


黒い外套を翻しながら、せつなが“戦場の中心”へ転移して現れた。


「漆黒の……王ッ!」


数名の兵が、せつな目がけて魔法と武器を放つ。


だが――


『無駄だ』


その一言とともに、空気が爆ぜた。


飛来した魔術は触れる前に拡散し、武器は一切近づけずに弾かれる。


『我を捕縛しようとしたな?』


冷たい視線が敵兵をなぞる。


『――その企ては、すでに敗れている』


その言葉を最後に、襲いかかった者たちの視界が闇に包まれ、膝から崩れ落ちた。


「な……に、これが、“戦争”だというのか……!」


縛鎖部隊の一部は完全に包囲され、あっという間に“無力化”された。

残された数部隊――指揮系統の生き残りが判断を下す。


「……撤退だ! 全隊、魔導転位陣を使え、すぐに下がれ!」


転移陣が急速に展開され、いくつかの小隊が姿を消す。


撤退の選択だけが、せめてもの判断だった。


せつなはその様子を見つめながら、呟く。


『……逃げ場などない』


その後方で、じゅぴとリィナが並んで現れる。


「ふっふ〜、やっぱりせつなの出番は一瞬っすね〜♡」


「つまんない〜。もっと暴れたかったのにぃ」


「次は“本陣”じゃないっすかねぇ?」


せつなは静かに振り返る。


『……なら、準備を始めよう。我らが“進む”番だ』


影は、なお深く広がっていく。


次なる狩り場は、神聖連合そのもの――その心臓部へ。





神聖連合・中央支部前線軍、ネザリアへの一斉侵攻が開始された――その報せが、アールフェンに届いたのは午前十時過ぎ。



アールフェン冒険者ギルド・第七支部――


騒然とする空気の中、ギルド内では冒険者たちが次々と武具を手に集まり始めていた。


「神聖連合が……本当に、戦争を仕掛けたってのか!?」


「ネザリアに向かったって情報だ! 次はここが巻き込まれるかもしれねぇ!」


「ふざけるな……黙って潰されるのを待てってのかよ!?」


ギルドの中で、怒りと焦りが渦巻いていた。


そんな中、セリナが小さく眉をひそめながら、ゆっくりと皆の前に立つ。


「――待ってください」


その声に、場の空気が一瞬だけ静まる。


「……戦う必要は、ありません。ここは戦場にならない。少なくとも、そう“ならないように”動いてくれている人たちが、います」


「……は? セリナ、何言って……!」


「聞いてください。あのネザリアは、確かに強大な存在。でも、無差別に街を潰すような相手ではありません」


「そんなの信じられるかよ! 王国を一晩で滅ぼしたような連中だぞ……!」


「……その王国の末端にいた者たちが、今ここにいます。グレンさんたちが、どんな態度でこの街に接しているか、見てきたでしょう?」


誰かが息を呑んだ。 セリナは深く一礼する。


「お願いです。武器を取る前に、ほんの少しだけでいい……信じてみてください。この街は、“戦場”になんてさせません」


冒険者たちの間に、微妙な沈黙が流れる。


「……俺は、セリナを信じる」


グレンが、前へ出る。


「俺たちは、この街に救われた。戦火から逃れ、ここで命を繋いだ。だからこそ、ここを巻き込みたくはない。セリナの言葉は、“守る者の言葉”だ」


続いて、部下たちも次々と武器を下ろし始める。


「俺も……」


「自分の剣を、誰に向けるべきか、考えたい」


「……セリナちゃん。俺ら……どうすりゃいい?」


「……何もしないでください。どうか、そのまま。今は、それが“守る”ことになるから」


誰かが息を吐いた。 その波は、じわじわと広がっていく。 セリナは静かに、胸の内で祈った。


(……お願い。せつな様。あなたが言ったとおり、私は“この街”を、守ります)




ネザリア城・迎撃観測室


スクリーンに映る戦場は、まさに一瞬の出来事だった。


進軍してきた神聖連合の部隊は、各拠点で展開したネザリアの迎撃部隊によって、すべて“無力化”された。


決して殺さず、逃さず。すべて捕獲。 それは、“意思”を持った迎撃――ネザリアがこの戦いを“支配している”証明だった。


「……ふふっ」


声をもらしたのは、巫女――


その背後で控えるのは、彼女専属のメイド。 深い藍色の髪を結い上げ、黒を基調とした凛とした制服に身を包んだ、礼儀正しい女性だった。


「何か、お気づきで?」


「ええ……。この人たち、やっぱり普通じゃないわ。怖いのに、なぜか……少し、笑ってしまうの」


「恐れを抱きながらも、笑える――それは、真に強い者だけが持つ矛盾です。……今のあなたは、そういう状態なのでしょう」


巫女はその言葉に、ふっと目を伏せた。


「“何も感じない”って思ってたのに。変ね……」


メイドは微笑み、そっと一礼した。


「……お食事の準備が整っております。どうか、体をお休めくださいませ」


静かに扉が閉じる。


巫女の心には、かつてなかった感情が、ゆっくりと芽吹いていた。


そして彼女は、スクリーンの向こうにいる“彼ら”を見つめながら、静かに呟いた。


「……やっぱり、知りたい。この人たちのことを」


微かな興味。 それは、まだ戦いが終わらぬ証拠でもあった。

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