【耳と目と財布】
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ギルド内の受付を終えたセリナは、フロアの隅の席に腰を下ろした。
少しだけ背を丸めて、周囲に溶け込むような姿勢で――それでも、その紅の瞳は、絶えず周囲を観察し続けていた。
木のテーブルに肘をついて談笑する中年冒険者。
壁に貼られた依頼掲示板の前で、仲間と作戦を立てている二人組の戦士。
カウンター近くでは、若い弓使いが新しい武器の話をしている。
「西側の丘で、またブルトワームが出たらしいぜ」
「この前のダンジョン、奥に“回廊型構造”が続いてたんだよな……」
「報酬、銀片三枚だってよ。あれならいい飯食えるな」
断片的に飛び交う会話。
情報のひとつひとつに、セリナは神経を研ぎ澄ませていた。
(魔物の討伐。ダンジョン探索。……ふぅん、ゲーム時代と似てはいるけど)
気になるのは、その中に混じる――“違和感”。
(さっきも……『銀片』って)
セリナは自分の登録証と、配布された支援金用の封筒をそっと取り出した。
中に入っていたのは、手のひらほどの大きさの灰銀色のコイン。
【1銀片=10銅片】と小さく刻まれている。
(通貨単位、違うじゃない……?)
かつての《Ark Chronicle》では、基本は【G】=ゴールド表記。
銅貨→銀貨→金貨の流れで、単位も「C/S/G」と略されていた。
(この世界じゃ、G表記がない……。それに、“片”っていう単位、明らかに独自文化ね)
さりげなく他の冒険者たちの持ち物にも目をやる。
装備はおおむね量産型の鉄製だが、独特の意匠や刻印が入っているものもあり、素材などが異なる。
(装備体系も変化してる。……これは、思ってた以上に“別物”だわ)
この街は、《Ark》の記憶の延長ではあっても、完全な写しではない。
ルールが違う。貨幣が違う。もしかしたら、魔法の理すら違っているかもしれない。
(ってことは、長期潜入のための準備……根本から見直さなきゃ)
支援金の中身をもう一度確認する。
入っていたのは、銀片1枚と銅片数枚。
これは――生活数日分が限界。
(この世界で動くなら、最低限の資金は必要……無銭状態じゃ、調査どころか生きていけないわ)
静かに、セリナは腰を上げた。
目立たぬように受付へと戻り、手持ちの仮登録証をそっと差し出す。
「……初依頼、受けたいです」
職員の女性は少し驚いた顔を見せたが、すぐに優しく笑ってうなずいた。
「ええ、大丈夫。ちょうど、初めての人向けに簡単な配達依頼が入ってますよ。
危険もありませんし、土地勘をつかむにはぴったりです」
「……お願いします」
少女は、再び“演技”をまといながら、その手に封筒を受け取る。
潜入は、まだ始まったばかり。
だが、すでに“情報”はこの世界との齟齬を語りはじめていた。
(……いいわ。全部、拾ってみせる。せつな様のために)
セリナの瞳がひときわ冷たく輝いた。
潜入生活スタート!
ギルド内で耳と目を働かせるセリナ。
貨幣制度や装備、暮らしの細部に潜む“ズレ”から、世界の違和感を読み取っていく描写を楽しんでいただけたら嬉しいです。