【鎖と牙の出撃】
【鎖と牙の出撃】
神聖連合・聖域地下 “光律の環”封印層
――ごぉん、……ごぉん、と
重たい扉が幾重にも開かれる音が、地下深くに響いていた。
封印の環に守られた、その“檻”の中――
黒鉄の装甲を纏い、無表情に佇む影が十数体。
そのすべてが、“眠りの縛鎖部隊”と呼ばれる抑制特化の戦闘存在。
通常の武力ではなく、“捕らえること”だけに特化した、神聖連合の禁制戦力。
「神喚の巫女が覚醒を始めた。予知夢の範囲が不定形に広がっている」
「抑制のため、“接触者”の捕縛を最優先とせよ。」
淡々と通達が下る。
その命令に応じ、兵たちは一言も発さぬまま、重厚な魔導鎧を軋ませて動き出す。
外部との遮断層が開かれると同時に、影のような部隊がアールフェンへと向けて、地上へ浮上していく。
“正義”の名を借りた鎖は、今、静かにその牙を剥こうとしていた。
ネザリア城・作戦詰所
「……セリナちゃんが、そろそろ危ない位置にいるっすね」
作戦机の上、じゅぴが並べた幻映地図の上に、ひとつの“赤”が浮かび上がる。
それは、神聖連合側が動かした縛鎖部隊の術式痕跡。
「うーん……こういう抑制型って面倒なんすよね〜。力使わせないように、精神を封じてくるし」
「殺す系じゃないのが、逆に厄介ねぇ」
リィナが膝を抱えながら、指先で刃を転がしている。
「命取られないと思ってるから、無茶してくるのよ。……いっそ、最初から“消した”ほうが楽なのにぃ」
「だ〜めっす♡ せつなが“捕まえろ”って言ってたんすから〜」
そのとき――扉が静かに開いた。
漆黒の衣のまま、せつなが入ってくる。
『進捗は』
「はいはい、ちゃーんと全部把握してるっすよ。抑制部隊の発進、巫女の周囲の警戒、セリナちゃんの動きも全部」
『封印魔具の準備は』
「例の“精神拘束輪”も、“幻魔結界”も、全部展開可能っす。あと三手先までなら、セリナちゃんを守りながらの捕獲もいけるはずっすよ〜」
『なら、構わん。捕らえろ』
せつなの声は静かに響いた。
『あの巫女……“使える”と判断した。殺すな。』
「ラジャっす♡ じゃ、リィナちゃん。遊びの時間、少しお預けっすよ〜?」
「ふふっ、つまんなーい。でも、捕まえるならそれも“ごっこ遊び”だよねぇ……♪」
――“捕獲”と“反撃”の、時が迫っていた。
神聖連合領・交易都市アールフェン
月光が、白のタイルに柔らかな影を落とす。
夜の神殿は巡礼の足も止み、しんと静まりかえっていた。
(……この時間帯なら、監視も緩むはず)
セリナは長衣のフードを深くかぶりながら、誰にも気づかれぬように回廊を歩く。
目指す先は、神殿の中央聖堂。
そこには――巫女が、ただ一人で佇んでいるはずだった。
(今日は“見る”側から、“見られる”側になるかもしれないわね)
そして、月明かりが射す中庭に、ふたたび――彼女はいた。
白銀の装束。儚げな微笑。
その姿は変わらず美しく、そして――どこか、すべてを知っているような静けさを纏っていた。
「……こんばんは、セリナさん」
まるで、ずっと待っていたような声音だった。
「……偶然ですね、こんな時間に」
「ええ。でも……あなたが来る気がしていたの」
その言葉に、セリナはわずかに目を細める。
(また、予知夢……?)
「もしかして……“夢で見た”と、また言うつもり?」
「……そうですね。少し、変な夢を見たの」
「私が現れる夢?」
「“世界が黒く包まれる”夢。赤い目の王と、その側に立つ影の女の子。……それから、“仮面をかぶった人”が近づいてくるの」
巫女の視線が、静かにセリナに重なる。
「あなた、“仮面”を持っているでしょう?」
沈黙が落ちる。
セリナは笑みを崩さないまま、胸元にそっと手を置いた。
「……私は、ただの旅人です。人の不安を解き、土地の声を拾う……そんなただの者ですわ」
「そう……なら、なぜ、心の奥に“剣の音”があるの?」
(剥き出しの勘……この子、どこまで気づいてるのかしら)
セリナは、言葉ではなく“沈黙”で応じた。
そのとき――
風が揺れた。
……いや、それは風ではない。
神殿の外、複数の“何か”が、音もなく配置についていく気配。
(……動いた)
《幻響連絡》が脳裏に小さく共鳴した。
――セリナ、そろそろ“鎖”が動く。気をつけて。
……じゅぴの声だ。
(来る……“捕獲”が)
セリナは内心で警戒を強めながら、視線だけで巫女を見つめる。
(まだ……ここじゃない。ここで捕らえたら、確実に騒ぎになる)
(“導かなきゃ”……彼女を、指定の封鎖領域まで)
「……セリナさん、お願いがあります」
「……なんでしょう?」
「少しだけ、一緒に歩いてくれませんか? この神殿のこと……あなたと話しながら、もう少しだけ見ていたいの」
(……自分から“動く”つもり?)
「……もちろん。お供しますわ」
ふたりの影が、夜の神殿へと静かに歩み始めた。




