【囁きと策謀】
神聖連合領・交易都市アールフェン
神殿・裏庭に続く礼拝者用の小径
午後の光が、石畳に柔らかな影を落とす。
セリナと白銀の巫女は、もう“偶然の再会”を装ってはいなかった。
「……また、会えましたね。セリナさん」
「はい。私も、もう一度お話できればと思っていました」
お互いが“話す”という意志を持っていたことが、空気から自然に伝わる。
「あなたの目……やっぱり、夢の中のものと同じです。昨日も、また見ました」
「……予知夢?」
「ええ。名前はまだ出てこなかったけれど、あなたの姿は、何度も……」
巫女の声は柔らかいが、その奥にある“確信”は、静かにセリナの警戒を刺激する。
(……精度が高い? 情報がこれ以上漏れると厄介ね)
だが、セリナも笑顔を崩さずに応じる。
「もしかしたら、私もあなたに導かれていたのかもしれませんね。 ……私たち、まだ名もない他人同士のようで、何かがつながっている気がするのです」
「……セリナさんは、“神”を信じますか?」
「信じたい、とは思います。でも……“何を神と呼ぶか”は、人それぞれだと思っています」
巫女のまなざしが、ほんの僅かに揺れた。
(刺さった。私の立ち位置を探っている……それに、“神の代弁者”という役割自体に、本人がまだ迷いを持っているわね)
そのまま数歩、二人は庭の奥へと並んで歩く。
「この街で何を?」
「巡礼と、記録です。古い神話や信仰の形……残っているうちに見ておきたくて」
「記録者……なるほど」
巫女は小さく頷く。
「……私は、もうすぐ“決断”を迫られる気がしているんです。夢が、それを告げているような気がして」
「それは、“どんな決断”ですか?」
「……敵と、味方の区別をつけること。どちらと共に立つべきかを」
セリナは息を止めかけた。
(やはり、この子は――)
(神聖連合にとっても、まだ“定義されきっていない存在”。利用価値があるからこそ、“捕獲”が必要)
笑顔のまま、セリナはゆっくり言う。
「その時は、私も、あなたの側でお話を聞いていられたらと思います」
「……ありがとう。セリナさん」
ほんのわずかな信頼――それが、今、芽吹こうとしていた。
ネザリア城・作戦応接室
「よーし♡ 計画再調整いくっすよ〜!」
じゅぴがぱたんと資料を広げたその瞬間、リィナがすでにソファの背に乗っていた。
「ねぇ、そろそろ本格的に“お持ち帰り”してもよくない? 面倒くさくなってきたよぉ」
「だーめっす! じっくりやるのが今回の任務っすから!」
「でも、あの子、思ったより“いい感じ”に揺れてるよねぇ?」
「うん、それはぼくも感じてるっす。たぶん……あと一歩。 それに、セリナも相当うまくやってくれてるっすから、焦らず包囲していくっすよ〜」
リィナはため息をついて、床にストンと降りた。
「せつなが“生かして使え”って言うから……ほんっと、扱いがめんどくさいんだよねぇ」
「文句言いながら、意外と気にしてるじゃないっすか〜♡」
「そりゃ、ぼくの仕事だからねぇ?」
じゅぴとリィナのやりとりの奥で、再調整された捕獲計画はさらに精度を増していく。
その影は、ゆっくりと――白銀の巫女の背へと、忍び寄っていた。
神聖連合領・交易都市アールフェン
神殿回廊・静謐の庭
薄曇りの空の下、風が白い花弁をさらう。
その中央、石造りの小道を歩く二人の少女。
白銀の装束に身を包んだ巫女――
そして、控えめに微笑みながら付き添う“旅人”セリナ。
「……静かですね、今日は」
「ええ。空も、風も、少し優しい気がします」
「まるで……嵐の前みたいな空気ですけどね」
「……ふふっ」
微笑みを交わしながら、しかし、その眼差しは互いを決して離さない。
セリナの中で、“何か”が確信に変わりつつあった。
(この少女――やっぱり、“視えている”。わたしの仮面の奥を)
「……セリナさん」
「はい?」
「この前、夢を見たんです。あなたが、誰かと剣を交える夢。たくさんの光と、影と……そして、その先に、“選ばれなかった”私がいた」
セリナの心臓が、わずかに脈打つ。
(……予知夢。やはりこの子、“未来”を覗いている)
「怖かったんです。自分が、誰にも必要とされなくなる未来が」
「……」
「でも……もう少しだけ、あなたと話していたい。わたし、自分で選びたいんです。どう終わるかを」
「……ありがとう。私も、あなたともう少し話せて嬉しいです」
(……やっぱり、この子、“救う価値”はある)
だがそのとき――
セリナの耳の奥に、微かな《幻響連絡》の振動が走る。
せつな様からの指令。
「“接触は完了した。捕獲の準備に入る”」
同時に、空の気配が変わった。
高い位置で、鳥が一斉に飛び立つ。
(……来る)
セリナが感じ取ったのは、ただの風ではなかった。
“鎖”の気配――眠りの縛鎖部隊。
神聖連合が本気で動き出した証。
「……ごめんなさい。今日はここまでにしましょうか」
「……ええ。なんだか、疲れてしまいました」
ふたりの歩みが、静かに別れる。
セリナは、神殿の回廊を背にしながら、そっと空を見上げる。
(この子を……どう捕らえるか。いえ――“どう守るか”を、私は選ぶ)
その視線の先に、“神”を名乗る組織が仕掛けた罠が、ひたひたと迫っていた。
捕獲か、拒絶か。
運命は、もうすぐ交差する。
玉座の間にて、ひとり呟いたのは、大司祭ヴェル=メグレイド。
彼が掲げた杖には、聖紋の光が揺れていた。
「“眠りの縛鎖部隊”――目覚めさせろ。対象は、巫女に接触する冒険者の女」
「御意……!」
側近がひれ伏し、走り去っていく。
神喚の巫女は、神の言葉を受ける“器”。 だが同時に、それを狙う異端を“沈黙させる”ための誘引でもあった。
その力に触れようとする者は、容赦なく鎖に縛られ、眠りへと葬られる。
動き出す鎖。 神聖連合は、すでに“迎撃”の構えに入っていた。




