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【完結済】堕神ノ書 〜異界支配の始原〜  作者: せつな
第四章【仮面の再出発】
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【静寂の檻と揺らぐ影】



神聖連合・聖域最深部――


空気が張り詰めていた。


聖堂の奥深く、普段は結界によって封じられた一室が、静かに開かれていく。 その中心に、横たわる少女――いや、“巫女”がいた。


純白の寝衣。微かな呼吸。瞼は閉じたまま、まるで眠り姫のように安らかに見える。


だが、祈祷官たちの顔はひとつとして安らかではなかった。


「この時代に現れた異端は、あまりに強大で、あまりに不可解だ。ゆえにこそ――正面からぶつかる前に、“その全容”を知る必要がある」


長髪の老神官が言うと、他の者たちは息を飲んだ。


「異端に対抗するためには、“神の声”を聞く必要がある。我らに許される最後の“救い”を探るのだ」


老神官が結界符を掲げる。 その瞬間、光が収束し、巫女の周囲に満ちていた封印の力が静かに解けた。


次の瞬間――


「……見えました。あの瞳……灰と黒の間……」


少女の瞼が、微かに開かれる。


(また、あの夢……同じ顔。同じ、声……)


セリナの姿を、再び夢で見た巫女は、静かに目を開けた。


「……“彼女”は、此方に近づいています」


「彼女?」


「――旅人の名を借りた影。まだ正体は掴めませんが……ただの“観光者”では、ありません」


巫女の視線は空を仰ぐ。 その姿は、神に問うというよりも――自らに、問いかけていた。


(次、彼女に会う時……私の役目が、決まる)


その言葉を、老神官は逃さなかった。


「付き添いをつけよう。“観察対象”として、記録も開始する」


「……いえ。私自身で、判断します。……それが“神の意志”と信じて」


その声には、抗えない響きがあった。




神聖連合領・交易都市アールフェン・夜


一方その頃、セリナは神殿の裏区画にある聖具庫前に立っていた。


日中の探索では見えなかった“気配”を辿り、裏口から静かに侵入する。


(……巡礼者の動線には含まれていない通路。 けれど、昼に巫女が視線を外した“その瞬間”だけ、この方向をちらりと見たわ)


扉の前、簡易的な魔法封印。 《幻響連絡ファンタズム・コール》で受け取ったじゅぴからの補助呪式を手元で再構築しながら、そっと結界を解除する。


(やっぱり……簡易だけど、“見られたくない”場所)


奥にあったのは、記録の保管庫。そして、予言に使われた“残滓”の痕跡。


「……これは……」

灰色の繭のような結界の痕。 夢を視た者の精神と記憶が、ここに記録として“留まる”仕組み。


(この巫女……本当に、“未来”を断片的に見ている?)


“見えていた”のだとすれば、セリナが接触した時の反応にも、納得がいく。


(厄介ね……でも、逆に言えば、“未来を信じて動く”というのは、利用価値がある)


(信じさせる未来を“見せる”ことができれば、操ることすら――)


視線を落としたまま、セリナの目が細くなる。


仮面の下、冷たい知性と計算が動く一方で――ふと、昼の“柔らかい声”が思い出される。


「セリナさん……ふふ。変わった目を、していますね」


(……なに、それ)


仮面の内側で、小さく眉が動いた。


目に浮かぶものが“未来”であるなら――彼女はもう、“セリナ”を知っている。


けれど、セリナは――彼女の未来を、まだ知らない。


(次は、“もっと踏み込む”)


気配を消しながら、彼女は闇に溶けた。


次なる接触は、遠くない。


そして、“巫女”もまた――同じように、それを待っていた。





神聖連合領・交易都市アールフェン

アールフェン冒険者ギルド・第七支部


「……やれやれ、ここの椅子は随分と座り心地がいいな」


グレン=ロウバルトは、木目の深い椅子に腰掛けながら、周囲の様子をさりげなく観察していた。


この街に流れ着いた“王国残党”という設定のもと、彼と数名の部下はギルドから仮の身分を与えられ、最低限の生活と情報の提供を条件に滞在を許されていた。


だが、それはあくまでも表向きの話。 本当の目的は――このギルド、ひいてはセリナが築いた“人間関係”が、守るに値するかを見極めることだった。


「へぇ……あんたたち、王都から来たってのはホントだったんだな」


声をかけてきたのは、見覚えのある青年、ルカ=フェイルだった。 セリナの仲間として報告書に記されていた人物の一人。信頼度は高いとされている。


「俺はルカ。この支部じゃ古株のほうだな。今は新人の面倒をよく見てる」


「……グレン。避難兵のまとめ役みたいなもんだ」


握手を交わす手は強く、粗野さはない。表情には警戒があるものの、敵意は感じられなかった。


「無理に馴染もうとしなくていい。……ただ、あんたたちが“俺たちのルール”を守ってくれりゃ、それでいい」


「……心得ている」


他愛ない会話の中にも、ギルド特有の“空気”があった。 無闇に詮索せず、それでいて排他的でもない。冒険者としての信頼は“共に仕事をする中で得るもの”という風潮が、確かに根付いている。


(……この空気。悪くない)


グレンは、隊の他の者たちにも観察を促していた。


一人は鍛冶場の老人と話し、一人は受付嬢に雑用を頼まれていた。 どの顔にも、恐怖も嫌悪もない。むしろ、同じ苦労をしてきた仲間として、どこか近い距離で見てくれているような――そんな視線。


(セリナが……この人たちと“情”を交わした理由、わかる気がする)


この都市の冒険者たちは、確かに“戦力”ではない。 だが、命をかけて生きている。誇りを持って歩いている。 それだけで、守るに足る理由には十分だった。


「隊長……」


耳元でささやいた副官の声も、どこか和らいでいた。


「この街……悪くないと思います」


「……ああ。俺も同感だ」


(せつな殿は、ただ情で判断したわけじゃない。“価値”を見たんだ、セリナの見ているこの光景に)


その日の夕刻。 グレンは報告書の最後に、こう書き記した。


――《対象:アールフェン冒険者ギルド・第七支部》

《保護対象として、十分に信頼に足る人物群である》

《……この街は、守るに値する》


仮面の裏で、静かに誓う。


彼女が背負った“感情”に応えるために。

そして、影として歩む者としての誇りのために。


影が、守る意思を得た――その瞬間だった。

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