【揺れる眼差し】
神殿の回廊――
静寂の中、ふたりの少女の足音だけが響いていた。
ゆっくりと並んで歩く彼女たちは、まるで他愛ない世間話を交わすように見える。
だが――その裏では、互いの本質を見極めようとする、鋭い意識の探り合いが始まっていた。
「……夢で見たことがあるんです」
ぽつりと、巫女が呟いた。
セリナは眉を動かさないまま、しかし心中で冷たい緊張を走らせる。
「夢……ですか?」
「はい。誰かと話している夢の中に……その目の人がいた気がします」
(……予知夢? この子、ただの巫女じゃないとは思ってたけど)
(私の顔を“夢で見た”と、そう言ってきたのは……警戒を誘うため? それとも)
「偶然ですね。私は、こんな立派な神殿に来るのも初めてですけど」
「……そうでしょうか」
巫女の声は穏やかだったが、そこには明らかに“確信”があった。
(――誘ってる)
この距離、この言葉。この曖昧な笑みと、目に浮かぶ“期待”のような光。
(あの子も、“何か”を探ってる。私の正体を、少しずつ)
巫女はふと、井戸の前で立ち止まり、小さく微笑む。
「この井戸の水は、神の声を映すと言われているんです。……過去も、未来も」
「未来を……?」
「ええ。私は、ときどき夢を見るんです。起こるはずのこと、起こるべきこと――それが、時折、姿を見せてくれるんです」
「それは……神託のような?」
巫女はかすかに首を振る。
「神の言葉ではなく、私の目に映った“もの”です。でも、それが現実になったことも何度かあります」
「なるほど……」
セリナは口元に微笑を浮かべたまま、静かに考える。
(夢の中で、私を見た――それが事実なら、この子は本物。未来を見る能力、“予知”の持ち主)
(そうなると……せつな様の方針、“使えるなら使う”は、確実に変化していく)
そして、この“未来視”を持つ巫女が、今――自分に接触を許しているという事実。
(……お互い、わかってるのね)
「あなたの目、やっぱり不思議です。……すごく、よく通る目」
「それは……誉め言葉と受け取っておきますね」
二人の視線が、再び重なる。
交わることのない立場と立場。
だがこの瞬間、互いの内に確かな“違和感”と“可能性”を刻み込んでいた。
(“この子”は、鍵になる。神聖連合の動き……そして、せつな様の判断に対しても)
セリナはゆっくりと息を吐き、次の一手を見極めるように言葉を選んだ。
「……また、お会いできるかもしれませんね」
巫女は、柔らかく微笑んだ。
「はい。きっと――また、お会いします」
静かな声の奥に、不可思議な予感が揺れていた。
神聖連合領・交易都市アールフェン
市街地の外れ、人気のない路地裏。
夜の帳が街を包み始める中、セリナは一つの魔符を壁に押し当てる。
静かな音と共に、淡く輝く紋章が浮かび――《幻響連絡》が起動した。
(……せつな様)
意識を魔力の糸に乗せる。次の瞬間、空気が波打つように歪み――
『……セリナか』
届いた声は、いつも通り静かで冷たい。
「はい。任務継続中。新たな報告があります」
セリナの言葉は簡潔だったが、その声音には、ほんの僅かな熱が滲んでいた。
「……本日、神殿内部にて、例の“巫女”と直接接触。会話に成功しました」
『……よくやった』
その瞬間、横から明るい声が割り込む。
「やっぱり接触できたっすね〜! で、で、どんな感じだったっす? ちゃんと怪しいオーラ出してたっすか?」
じゅぴの声。その気軽な調子に、セリナはふっと息をつく。
「明らかに異質な存在でした。“予知夢”のような力を有しており、私の姿を“夢で見た”と証言。……情報としては、決定的かと」
『……未来を見る力、か』
リィナの声が、今度は冷ややかに響く。
「ふふっ、それ、結構厄介だよねぇ。“次”を見られてるかもしれないってことだから……処理したほうが安全だと思うなぁ?」
「……私見ですが。監視もほぼなく、組織的に孤立している様子。“保護下”に置く価値はあります」
『……使えるか否か。判断の余地はある』
せつなの声に、じゅぴがにんまりと口を挟む。
「ふふ〜ん♡ じゃあ、“捕獲優先”で行ってみるっすか?」
「……はい。もし命令を頂ければ、次回以降、機会を見て“位置把握と接触継続”を進めます」
『よかろう』
ほんの一言。それだけで、この作戦に正式な“方針”が与えられた。
だがその声の中に、確かな警戒と静かな決意が込められていた。
『……使えるなら利用する。だが、我が脅威となるなら――容赦はせぬ』
「……心得ております、せつな様」
通信が静かに切れる。
セリナは符をしまい、夜の風に髪を揺らしながら――その場を立ち去った。
(……利用するか、殺すか。どちらにしても――私の手で“選ばれる”)
それは、神を信じる者と、神に仕える者の境界線。
そして、仮面の下に潜む“従者”としての覚悟だった。




