【幻響に揺れる策】
神聖連合領・交易都市アールフェン
夜の路地裏、人気のない木造の裏階段にて
ひと気のない薄暗がりの中、セリナは息を静めながら、深く目を閉じた。
精神伝達魔法《幻響連絡》――起動。
せつなとの間にのみ繋がる、極秘の精神波長チャネルが開かれる。
(――こちらセリナ。現在、アールフェン第七支部にて、信仰系情報を整理中)
(……ここ数日で、“光の巫女”に関する噂が市中へ流れ始めています。“巡礼”や“聖女の兆し”という言葉が複数回、確認されました)
(まだ断片的ですが、神聖連合の上層部が“彼女”を動かそうとしているのは、間違いありません)
数秒の静寂――
やがて、せつなの声が、静かに脳内に響く。
『……確認した。“巫女”を中心とした宗教操作か。動くならば、神聖連合は確実に“仕掛ける側”へ回るだろう』
(……はい。その可能性が高いと判断します。……ご指示を)
一拍の後、通信が切断される。
ネザリア城・上層階 黒の作戦会議室
深い黒を基調とした円形の空間。
中央の卓に、せつな、じゅぴ、リィナの三者が揃っていた。
『……“巫女”が動くということは、神聖連合が“こちらを脅威と見なした”ということ』
「んふふ~♡ いよいよお出ましっすね、“神の器”ごっこしてるお姫様が」
「ふふ……“巫女”って、殺したら面倒くさそうなやつだよねぇ。信仰とか感情とかで粘っこくなりそう〜」
じゅぴとリィナの声音は軽かったが――
その目は真剣だった。戦略としての“脅威”を認識している者の目。
せつなは、彼女たちを見据えて言葉を継ぐ。
『神聖連合は、かつて“象徴”と“奇跡”だけで大陸を抑えた勢力だ。巫女が動けば、世論が傾く。逆らう者には“神罰”の名が与えられる』
「厄介なのは、“事実”じゃなくて“幻想”で人を縛れる点っすね。……どんなにこっちが理を通しても、巫女一人が“泣いて訴えたら”全部ひっくり返される、みたいな」
「……せつな、“巫女”って、ほんとに特別なの?」
『……それ次第では、“処理”もありうる』
その言葉に、じゅぴとリィナが同時に笑った。
「いやぁ~、やっと来たね、そういうの♡」
「じゃあぼくら、“光の巫女”も、“信仰”も――全部、影で塗りつぶしちゃえばいいんだよねぇ?」
せつなは短く頷く。
『だが、情報が足りない。“象徴”だけで判断はしない。……セリナを中心に、連合内の揺らぎと真意を探らせる。グレンも活用できるだろう』
「……ふふっ、セリナちゃんの“情”がまた揺れそうっすねぇ〜♡」
「……見守ってあげるのも、優しさだよねぇ?」
“神”と“影”の会議室で、次なる戦火の兆しが、静かに定められていく。
その中心にいるのは、まだ動きを見せぬ――“巫女”。
誰もがまだ知らない、“鍵”となる存在だった。
ネザリア城・作戦会議室――
漆黒の部屋に、霧のような静寂が降りていた。
卓の上に浮かぶのは、神聖連合領各地の魔導地図と報告文。
中央の光柱には、アールフェンで回収された噂の断片が次々に表示されていた。
『……未来が“見える”……?』
せつなの声が、静かに空間に落ちた。
「うん、あたしもちょっと驚いたっすよ。セリナちゃんが拾ってきた民間信仰の中に、“予兆があった”って言葉がいくつか」
じゅぴが、指で情報球をひとつ操作しながら口を開く。
「王国滅亡の数日前、“巫女が涙を流して倒れた”とか、“光の塔が震えた”とか……記録は曖昧だけど、複数の証言が一致してるっす」
「ふーん……幻想じゃないってわけだ」
リィナが椅子の背にくるりと体を傾け、赤い瞳を細めた。
「……で、予知能力? 神託ごっこ? ぼくたちの邪魔になるなら、潰しちゃえばいいんじゃないの?」
せつなは答えず、しばし沈黙した。
その沈黙を、じゅぴが埋めるように言葉を継ぐ。
「問題は、“完全な未来視”じゃないって点っすね。“見える”というより“感じる”に近いらしいっす。本人も詳細までは把握してない。だけど……」
『感知できるだけで十分、脅威だ』
せつなが静かに言った。
『こちらの存在を、“意図せず”先読みされる可能性がある。動きの精度が落ちる』
「じゃあ、やっぱり……処理?」
『否――』
その言葉に、ふたりの影たちが同時に首を傾げる。
『捕獲する。“未来”を感知できるのであれば、それは“戦略資源”として使える』
「うひゃ〜♡ せつな、珍しく“飼う”方向で来たっすねぇ?」
『価値があると判断したまでだ』
リィナがにぃっと口元を吊り上げた。
「ふふっ、じゃあ生け捕りか。捕獲作戦、面白そ〜……♡」
「……ただし、対象が“未来を感じ取れる”ってことは、下手に動くと逃げられる可能性もあるっすよ?」
『それも想定する。セリナとグレンの観察によって“揺らぎ”を誘導しろ。必要なら直接介入も辞さない』
作戦室の光がわずかに揺れる。
“敵”ではない。だが“味方”でもない。
光の巫女――その存在は、すでに“戦場”に立っている。
『……未来視を持つ巫女。放置すれば毒。使えれば力』
せつなの赤い眼が、虚空の一点を射抜いていた。
『――捕獲する』
じゅぴとリィナが同時に笑みを浮かべる。
「はーい♡ 新しい“お姫様”候補、ぼくたちが丁寧にお持ち帰りしてあげるっす♡」
「ねぇ、せつな。“傷を残してもいい”?」
『命さえ奪わなければ、好きにしろ』
作戦が、音もなく動き出す。
ネザリアが今、未来すらも“手に入れよう”としていた。




