【揺れる神託の座】
【揺れる神託の座】
神聖連合・聖都評議院
円環の間
白銀と聖石で飾られた大理石の間。
天井には天使の彫刻が舞い、中央には十二の玉座が環状に並ぶ。
その中の一つ――最高司祭オレフ=カーディナルが、重く沈黙を破った。
「……つまり、“我らの使者”は何も得られずに戻ったのだな」
「ただ、“敵意なき通達”として送り返された。だが――」
と、聖導官の一人が答える。
「その者の記憶は曖昧で、会談中の記録が残っていない。 一部の伝達魔法も遮断されていた可能性がある。……だが、彼の怯えは本物だった」
重苦しい沈黙が、円環を満たす。
「我々は、王国を見捨てた。そしてネザリアは、それを正確に“見ていた”。」
別の座にいた若い聖官が、口を開く。
「……それでもなお、対話の余地を与えてきたと?」
「それが、“あの存在”のやり方か。ある意味、神に近い冷徹さだ」
「否。“神”ではない。“悪魔”だ。あれは――神の領域を侵す異端者に過ぎん」
その言葉に、空気がわずかにざわつく。
(王国に続いて、連合が滅びるとすれば?)
(次に狙われるのは、我らか……)
彼らの胸中に、恐怖が静かに芽生えていた。
「……諸君、忘れるな。神の名のもとにある限り、我々は“導く者”であり、“裁かれる者”ではない」
オレフは静かに言い放つ。
「この時代に現れた異端は、あまりに強大で、あまりに不可解だ。 ゆえにこそ――正面からぶつかる前に、“その全容”を知る必要がある」
「……まさか」
「“神喚の巫女”を、動かす」
一同の息が詰まる。
「異端に対抗するためには、“神の声”を聞く必要がある。我らに許される最後の“救い”を探るのだ」
聖域最深――眠れる巫女が、今、再び目覚める。
神聖連合の“最後の手段”が、静かに動き始めていた。
白き大聖堂の最奥。千の燭台が灯る聖域の中心で、一人の少女が跪いていた。
純白の法衣に身を包み、まるで“何か”を受信するように目を閉じている。
「……また、夢を見ました」
小さな声が空に吸い込まれる。
「黒い城、黒い兵、そして――黒い王。 けれど、その中心にいるのは……悲しみを知る目をした者でした」
その声を背に、数名の神官と、幾人かの軍の高官たちが控えている。
彼女の名は――ノア=アマリエ・セフィラ。
“神託の巫女”と呼ばれ、連合における“最後の希望”として保護・育成されてきた存在だ。
「これは兆しです。まだ、間に合うかもしれません」
彼女の声には、澄んだ祈りと、かすかな哀しみが混じっていた。
神官の一人が神妙に頷く。
「我らが神に連なる存在……どうか、導きを――」
(漆黒の王よ。もしあなたが本当に“理不尽”でしかない存在であったなら――こんな夢を見ることは、なかったはず)
(あなたの中には、なにか“触れてはならない哀しみ”がある……気がするのです)
少女の祈りは続いていた。
その想いが、遠く離れた“潜入者”の耳に届くことは、まだない。
神聖連合領・交易都市アールフェン
アールフェン冒険者ギルド・第七支部
昼下がりのギルドは、依頼の報告を終えた冒険者たちで賑わっていた。
セリナはいつも通り控えめに受付を通り、軽く会釈しながらカウンターの端で耳を澄ませていた。
「なぁなぁ、聞いたか? 神聖連合の中央……“巫女様”が動いたらしいぞ」
「マジで? あの“神託の巫女”ってやつ? あれが動くってことは、ネザリア、マジでヤバいってことじゃ……」
「でもよ、夢で未来がどうとか、いくらなんでも……信じられるか?」
「バカ、お前そういうの馬鹿にすると罰当たるぞ」
セリナは表情を変えずに会話を聞き流しながら、内心で情報を整理していた。
(……巫女。神託。未来視。……これまで聞かなかった単語が、街の端にまで届いてきてる)
(つまり、神聖連合の中枢で“何か”が動き始めたのね。ネザリアに対する“霊的”な対抗策……それが本命かしら)
外面では、依頼の報告に集中する演技を続けながら、影の仮面は静かに分析を深めていく。
(もし“霊感型”の存在が本当に介入してくるなら――魔導・軍事とは別軸の“神権的戦争”が始まる)
(……せつな様。この都市の空気が、少しずつ変わってきています)
報告すべき“兆し”は、確かに芽を出していた。
セリナは手にした依頼書を静かに畳み、心の中で、次の連絡の準備を始める。




