【重なる影、交わる仮面】
【重なる影、交わる仮面】
神聖連合領・交易都市アールフェン
アールフェン冒険者ギルド・第七支部
朝のギルドは今日も賑わいを見せていた。
セリナ=アルメリアは、いつものように受付嬢のミラから依頼を受け取り、依頼書を手にしていたが――
(……空気が違う)
日々の喧騒は同じなのに、その中に混じる会話の端々から、違和感が滲んでいた。
「おい、聞いたか……昨日、神聖連合の使者が漆黒の城に行ったって話……」
「戻ってきたけど、なにひとつ話さないってよ。なーんかヤバい空気だよなぁ……」
「もしや、次はこっちが……?」
(やっぱり、動いてる)
受付カウンターの向こうでも、冒険者たちの控え室でも、噂は確実に広がっていた。
「セリナちゃん……なーんか騒がしいよね、最近」
ミラが少し苦笑しながら声をかけてくる。
「王国の時みたいにならなきゃいいけど……あたし、ちょっと怖くてさ……」
「……大丈夫ですよ。今はまだ、噂だけですから」
セリナは柔らかく笑い返しながらも、頭の奥では鋭く情報を整理していた。
(神聖連合が直接動き出すには、もう少し時間がかかるはず……)
(でも、ネザリアへの使者は既に派遣され、帰還してる。せつな様へもその報告は届いている頃ね)
(こちらの“動き”は、今はまだ見えない。けれど、いずれ“対応”はあるはず)
彼女は依頼掲示板に目を移しながら、ほんの少しだけ、足を止める。
(そして――グレン隊長たちの動きも。まだ“使われる”とは決まっていないけれど……)
(彼らがこの街に潜入する可能性は、十分にあるわ)
(ただの客人ではなく、“兵”として送り込まれるなら――)
セリナは静かに息を吐く。
(そのとき、私の任務も変わるかもしれない。だとしたら……それまでに、街の空気をもっと把握しておくべきね)
仮面の裏で、戦術思考が回り始める。
――それに、あの人たちは、この街に“顔見知り”がいる。 不用意に動けば、過去の繋がりを悟られる。
(……となれば、私が気づいた時点で、対応しなきゃ)
「じゃあ、行ってきますね。午後までには戻ります」
「うん、気をつけてね~!」
ミラに軽く手を振りながら、セリナはギルドを後にした。
(この街の“日常”は、もうじき終わる。だけど、まだ誰も気づいていない)
(仮面は、微笑むためにある。でも、それだけじゃ――足りない)
セリナは、街の光と喧騒の中へ溶け込んでいった。
仮面の少女が再び歩き出す。
その足元に、影が静かに寄り添っていた。
神聖連合領・交易都市アールフェン
東門・臨時検問所
正午を回った頃。門の前の石畳に、不自然な“空白”が生まれた。
そこに、現れたのは――
「誰だ!? おい、あれ……!」
「人が……十数名? ……武装してる!?」
都市の警備兵が慌てて駆け寄る中、彼らは何もせず、ただ疲れた様子で佇んでいた。
泥と血にまみれた衣服、無言の表情。
そしてその中心に、グレン=ロウバルトの姿があった。
「……神聖連合の関係者か。俺たちは、元・王国軍。第七調査隊――だった者だ」
警備兵たちが一気に緊張を強める。
「俺たちは“逃げてきた”。漆黒の城、ネザリアから。国も家も、何もかも失った。だが……命だけは、まだある」
視線が交錯する。だが、嘘のないその眼差しが、事態を飲み込む隙を作っていた。
ほどなく、冒険者ギルドに連絡が届く。 そして――セリナが、現地への“応援”として向かってくる。
(……この気配)
人混みの中に立つ、その姿を見つけた瞬間、グレンの肩が僅かに揺れる。
セリナもまた、彼の顔を見て――目を見開いた。
「……グレン、さん……?」
(来たのね……)
「セリナ、落ち着いて聞いてくれ」
人目を盗むように、グレンは短く口を開く。
「俺たちは、“せつな殿”の指示で来た。表向きは避難兵の偽装だが、実際には――お前の“護衛”だ」
「護衛……?」
セリナの声が震える。
「お前の報告、伝わってる。“この街の者たちに、情がある”って」
「……!」
「だから、せつな殿は考えた。“お前が必要だと思うなら、守ってやれ”と」
(せつな様が……)
「もちろん、俺たちの任務には、“判断”も含まれる。実際に、この街の人々が“保護に値するか”――それを見極めるよう、言われている」
セリナは何も言わなかった。 ただ、肩を小さく震わせ、目を伏せた。
(……私は、この街を壊す覚悟で、ここにいたのに)
(それでも……せつな様は、私の心を、否定しなかった)
「……ありがとうございます。伝えてください、せつな様に」
ゆっくりと顔を上げたセリナの目は、かすかに潤んでいた。
「……本当に、ありがとうございます」
グレンはそれ以上、何も言わなかった。
ただ静かに頷くと、彼は仲間たちに目配せを送り、疲れたふりをしながらゆっくりと門へ向かっていく。
人々の視線が集まる中、セリナは胸の奥で、ひとつの決意を強くした。
(この街を、守ってみせる。……せつな様に、そう望まれたのだから)
仮面の奥で、微かに光が揺れる。
それは、影である彼女が初めて知った、“誰かを守るための意志”だった。




