【揺れる聖堂の影】
神聖連合・中央聖都バルトラ――“聖界議院”本会議室
白大理石の柱がそびえ立つ、荘厳なる会議の間。
その中心で、年老いた男が静かに立ち尽くしていた。使者――リオネル。
彼の衣は塵にまみれ、表情はひどく硬い。
「……帰還は確認した。で、“どうだった”?」
問うたのは、議院の最高座《聖統導師》エルマン=カリス。
神代の紋章を身に纏う男は、鋭い目で使者を見据えていた。
リオネルは静かに膝をつき、口を開く。
「――交渉は、不成立に終わりました」
「ほう」
「……尋常ではありません。すべてが黒で統一された巨大な要塞、そして……」
数秒、口を閉ざす。
「“人ならざる王”が、確かにそこに存在しました」
一同が息を呑む気配が、重く室内を包む。
「我々は礼を尽くし、使者として言葉を交わしました。
彼――“漆黒の王”は、一応、応対の体は保ちましたが……」
「だが、和平の意志はなかったと?」
「……いえ。正確には、“我らの誠意次第”と受け取りました。
彼は言いました。――“敵意を向ければ滅ぼす”と。
“王国のようになりたくなければ、選べ”と……」
ざわ、と議員席が騒然とする。
「まさか……!」
「やはり、あれは“人”ではない。災厄だ。あれを放置すれば、神の秩序が乱れる」
「しかし、王国が滅んだのも事実……我々が軽々に剣を振るえば、同じ末路になるやもしれん」
意見が飛び交い始める。
だが、エルマンだけは沈黙のまま、リオネルを見つめていた。
「……お前はどう思う?」
唐突な問いに、使者はわずかに目を見開いた。
「……私には、判断がつきかねます。ですが――あの王には、“道理”があった。
あの場では、彼の言葉が一番、真っ当であるようにさえ……思えました」
議員たちの中で、ざわめきがもう一度強まる。
だが、エルマンはその全てを受け止めるように頷いた。
「……よい。下がれ。よく戻った」
「はっ」
リオネルが退出した瞬間、エルマンの指が静かに机を叩いた。
「……城の分析を続行。既存の聖紋では歯が立たぬ可能性もある。
“祈り”を捧げよ。……天の光が、我らの前に現れることを信じて」
「まさか、“聖遺軍”を……?」
「早計は禁物だ。だが――備えは必要だ」
会議の空気が一変する。
対話の裏で、確実に“戦争の兆し”は育ちつつあった。
一方その頃――
ネザリア城・玉座の間
じゅぴがくるくると回転しながら、せつなのそばにひょいっと現れる。
「戻ったっすよ〜♡ 使者くん、ちゃんと帰ったっす。
さてさて、これで神聖連合も“揺れる”っすねぇ♡」
せつなは何も言わず、ただ赤い眼を細める。
『……彼らは選ぶだろう。対話か、滅びか。王国と違い、多少は頭が回るはずだ』
「んふふ。でも、あたしらはどっちでもいいんすよねぇ。どっち来ても――“応じる”だけっす」
静かに告げる支配者と、その傍に立つ従者。
嵐の前の静けさが、再び世界を包み始めていた。




