【揺れる情の芽】
神聖連合領・交易都市アールフェン
アールフェン冒険者ギルド・第七支部
朝のギルドには、いつもと変わらぬ活気があった。
依頼を選ぶ冒険者たち、受付に並ぶ者、仲間と冗談を飛ばし合う者たち――
そのざわめきの中に、セリナ=アルメリアの姿も自然に溶け込んでいた。
「おはようございます、皆さん」
「お、セリナちゃん! 今日も早いなぁ!」
「ミラさんもおはようございます。依頼、もう出てますか?」
「うん、今朝出たばかりのがあるよ。セリナちゃんなら、これとかどう?」
受付嬢のミラが微笑みながら依頼書を差し出す。
その仕草は、まるで長年の仲間に向けるような信頼を含んでいた。
「……ふふ。ほんっと、立派になったなあ、セリナ」
「最初に来た時なんて、“あの、ひとりになっちゃって……”って、今にも泣きそうだったのにさ〜。覚えてる?」
「もちろん、覚えてますよ。この街で……生きていけたらって……思って……ですよね?」
くすりと笑うセリナの声は、当時より少しだけ強くなっていた。
(……あの頃は、“怯えた少女”を演じるのも、慣れてなかったわね)
今のセリナは、Aランク
実力・人柄ともにギルド内での信頼も厚く、日々の依頼でも安定した成果を出し続けていた。
そんな彼女に、周囲も自然と“仲間”として接している。
「……いやぁ、もう追い越されちまったなぁ」
声をかけてきたのは、ルカ=フェイル。
彼女が初めてこの街に現れた日、手を貸してくれた冒険者の一人だ。
「そんなことありませんよ。私がここまで来られたのは、ルカさんや、皆さんのおかげです」
「……ははっ、そう言ってくれるうちは、まだ負けてないって思っとくか」
笑いながらも、どこか寂しそうな顔。
だが、セリナはあえてその空気に触れず、柔らかく返す。
(……それでいいのよ。深入りさせないためにも、必要な“距離”は保つべき)
けれど――その思考の片隅に、小さな違和感が引っかかる。
ミラが無邪気に笑い、ルカが軽口を叩く。
冗談を交わし、依頼に向かう冒険者たち。
この日常が、“悪”でも“敵”でもないと、わかっているのに。
(……なのに、“せつな様が戦うとき、ここも巻き込まれるのかしら”なんて)
(そんなこと……本来、思うべきじゃないのに)
潜入者。観察者。従者。
そのどれにも、情は不要なはずだった。
けれど、今日の陽射しがやけに眩しく感じるのは――演技のせいだけではない気がしていた。
「……セリナちゃん? どうかした?」
「いえ、大丈夫です。少しだけ、考え事をしていただけです」
いつものように笑ってみせる。
仮面の内側で、心が一瞬だけ揺れたことなど、誰にも気づかせないように。
(……私は“セリナ=アルメリア”。この街で生きる、ひとりの冒険者)
(……でも、“せつな様”が命じるなら――私は、この場所を壊すことも、選ばなければならない)
張りつめた仮面の奥で、小さな痛みが灯る。
それが“感情”だと知るのは、まだ少し先のことだった。




