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【完結済】堕神ノ書 〜異界支配の始原〜  作者: せつな
第四章【仮面の再出発】
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【揺れる兆し、動かぬ玉座】


ネザリア城・玉座の間――


深々と沈黙を湛えるその空間に、漆黒の光がわずかに揺れた。


玉座の上で瞳を閉じていたせつなは、ゆるやかに目を開く。

その赤い眼が、すでに何かを“視た”かのように、わずかに光を帯びていた。


「……ふん」


ただ短く、吐息のように声を漏らす。


その背後から、ひょこりとじゅぴが姿を現した。

黒基調のドレスをひらりと揺らし、ぴょんと一段、玉座の下まで跳ね上がる。


「せつな、セリナから来たんすね〜? 通信、受け終わった感じっす?」


「……ああ。予定より早かったが、想定内だ」


「ほほ〜ん……ってことは、やっぱ動いたんすね、“神聖連合”」


じゅぴは指を顎に当て、くるりとその場で一回転する。


「対話の使者を出すとか、街じゃ噂になってるらしいっすけどぉ〜……本音は“先制の準備”と見ていいっすよねぇ♡」


言葉とは裏腹に、その瞳は冷えていた。


「上っ面の交渉なんて、お決まりの時間稼ぎっす。“神”を祀ってる奴らのやり口って、ほんと性質悪いっすよね〜」


玉座の右手、音もなくリィナが現れる。


「……要するに、戦争はまだ終わらないってことだね。次は“正義の使者”の顔した信徒たちの番」


じゅぴが振り返る。


「うわぁ、来たっすね影の代表〜。……ってかリィナちゃん、またどこで血まみれになってたんすか?」


「消し残し。遊んでたやつ、見つけたから処理してきただけ。……すぐ済んだよ?」


「ふふふっ♡ この子だけはマジで平常運転っすね〜」


言葉を交わしながらも、両者の視線はすでにせつなに向けられていた。


その主は、今も変わらず、玉座の上から世界を見下ろしている。


「……せつな、どうするっす?」


じゅぴが問いかける。


「使者、来るなら迎えてやる? それとも――」


せつなは、赤い瞳をゆっくりと閉じた。


沈黙。


数秒の間を置いて、静かに口を開く。


「……まずは見よう。どの程度の器を持っているか。どれだけ偽っているか」


「セリナには引き続き街を監視させる。神聖連合がこちらの規模を把握していない限り……奴らは“対話”を装い、探ってくる」


「……それに、愚かな上層部に従う兵たちがまた踏み込んでくる可能性もある。今はそれに備えさせろ」


リィナが、スッと背筋を正して応じる。


「命令、了解。影部隊、各層に再配置しておくよ。……もちろん、“足音も気配も残さず”ね」


「じゅぴ」


「はいは〜い♡ じゃあ結界再調整して、転移対応と迎撃陣の微調整しとくっす!」


「“対話”を望む者には、“言葉”を。“踏み込む”者には、“絶望”を与えろ」


赤い瞳がゆっくりと開かれ、玉座の間に満ちる支配の気配が膨れ上がる。


「それが我の“応対”だ。――異論はあるか?」


「ないっす♡」


「……ない」


ぴたりと揃う二人の声が、静かに玉座へと届いた。


それは、疑いようのない忠誠の返答。


城は動き出していた。

次なる“敵”の足音に備え、誰よりも静かに、そして確実に。


ネザリアの黒は――再び世界に、影を伸ばし始める。




神聖連合領・聖都ルヴァリエ

神聖議堂・外縁の庭園


陽光を湛える白壁の回廊を、軽やかな足音が駆け抜ける。


「……選ばれたのは、“あの”ラヴェル殿らしい」


「まさか“主の声を受けた者”が、あの漆黒の城へ……!」


静かに交わされる囁き声が、神聖議堂の石造りの回廊を満たしていた。


議決の末、神聖連合が選出したのは――

【ラヴェル=アストライア】。聖典の継承者であり、“主の声を聴く者”とされる祝福者の一人。

若くして清廉な容姿と強い信仰心で知られ、聖都の民からも信望の厚い使徒だった。


白金の装飾をあしらった法衣に身を包み、金糸で織られた紋章入りのフードを深くかぶる。


「……では、行ってまいります」


彼は聖堂の正面でひざまずき、祈りの仕草を一つ。


背後に控える随行者たち――神官三名と、聖堂騎士二名もまた、言葉少なに頷いた。


「使者団、出立」


聖騎士が淡々と告げる。


陽光の下、整えられた石畳をゆっくりと歩き始める一行。

彼らを見送る神聖議会の面々の表情には、期待と不安、そして――打算が滲んでいた。


「……“対話”の使者、という名の探り。万一通じるなら、儲けもの。通じなければ……捨て駒」


「ラヴェル殿は、感情を顔に出さぬ。任務には適任だろう」


「だが……あの“王国”が滅んだ。交渉など、本当に通じると?」


「通じなくていい。“何が通じないのか”を知るための使者だ」


交わされる声は静かだったが、どれも“真実の対話”など望んではいなかった。


だが、そのすべてを知りながら――

ラヴェルは一言も口にせず、静かに歩みを進めていた。


(……漆黒の城。その存在は、私たちの聖典にも記録がない)


(神の名のもとに滅ぼされた王国。噂では、“一瞬”で全てを屠ったという)


(だが――)


(……私は、対話を試みるつもりだ。例えそれが、誰の意志にも沿わぬ道であったとしても)


(もしその者が“話す意思”を持つならば、それが例え“神の否定”であろうとも――)


白き使徒の目が、わずかに伏せられる。


その胸の奥には、聖堂育ちの者とは思えぬほどの“異端な願い”が、静かに燃えていた。


旅路は数日を要する。


神聖連合とネザリアの間には、確かに境界線がある。

だがそれは、言葉や文書ではなく――“理解と拒絶”という、深く厚い隔たりだ。


ラヴェルはそれを越えようとしていた。

自分でも気づかぬほど、真っ直ぐな意志を持って。


数日後、

彼は、黒の結界の縁――漆黒の王の“影”が届く場所へと、足を踏み入れることになる。


そこには、ただ静かに、迎えの“眼差し”が待っているとも知らずに。

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