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【完結済】堕神ノ書 〜異界支配の始原〜  作者: せつな
第四章【仮面の再出発】
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【仮面の微笑、影の足音】

【仮面の微笑、影の足音】


神聖連合領・交易都市アールフェン

市街地・中央広場周辺


人々の声が行き交う市場。

香辛料と果実の香りが混じる通りを、セリナは静かに歩いていた。


(……さて、まずは“日常”の中にある歪みを拾わなきゃ)


外套を軽くたたみ、ギルドバッジを見せながら笑みを浮かべる。

今は“人当たりのいい冒険者”の仮面。誰の記憶にも深くは残らない、けれど声をかければ安心するような少女。


「おはようございます。あの、この地図……最新版はこちらでしょうか?」


地図屋の店主が愛想よく答える。


「お嬢ちゃん、王国方面のは今もう出してなくてねぇ。最近そっちの馬車路が全部止まってんのよ」


(……情報遮断は想定通りね。流通も封鎖されてる。王国から出てくる“何か”を完全に断っているってこと)


次に立ち寄ったのは、路地裏の鍛冶屋。

客の冒険者たちが、鉄の手入れをしながら噂話に花を咲かせている。


「なぁ……王国騎士団、全滅したって聞いたか?」「いや、王都ごと消えたとか……」


(ふふ。どこまでが本当で、どこからが尾ひれなのかしら。……でも、“消えた”って言葉が自然と出てくるあたり、民衆の感覚って鋭いのよね)


表情は変えずに、静かに紅茶を啜りながら店を出る。


最後に立ち寄ったのは、神殿近くの茶屋。

聖職者らしき男たちが、神聖連合の動きについてぼそぼそと語っていた。


「聞いたか? 連合上層が“対話の使者”を送るらしいぞ」


「馬鹿な。相手がどんな存在かもわからないのに……」


(“対話”なんて、できると思ってるのかしら。……ほんと、お人好しというか、甘いわね)


セリナはそっと席を立ち、広場を見渡す。


(それにしても――やっぱり、揺れてるわ。この街全体が。王国が崩壊した“空白”に、みんなが怯えてる)


(さて……せつな様に報告するべき情報は、もう十分かしら)


静かに、仮面を整えるように口元に手を当て、微笑をひとつ。


「……それでは、任務を再開します。次の影に、進みましょうか」




南街の宿・屋上


昼の喧騒が遠く霞む高所の風の中、

宿の屋上、瓦の上にしゃがみこんだセリナは、深く静かに目を閉じた。


精神伝達魔法《幻響連絡ファンタズム・コール》起動。

意識の深層へと繋がる極秘の波長が開かれていく。


(――こちらセリナ。報告いたします、せつな様)


(フィルデラへの潜入は完了しました。街の表層は平穏を装っていますが、内部には明らかな動揺が広がっております)


(特に“王国消滅”の件。一般市民には“消えた”という不確かな情報しか届いておらず、正確な理解には至っておりません)


(……民は、未だ“何が起きたのか”を認識できていないようです)


わずかな静寂の後――

脳内に、主の声が重く、静かに響く。


『……よくやった、セリナ』


(ありがとうございます、せつな様)


『神聖連合は動くか?』


(はい。街中では、“対話の使者”を送るという情報が出回っております。ただ、その一方で神殿関係者と思われる者たちは、警戒態勢を強めているようです)


(表面上は平和的な交渉姿勢を見せつつ、裏では“戦”を見据えた対応を取り始めている可能性が高いです)


せつな様の声が、一度だけ沈黙した。


そして――


『……ならば、迎える準備をしておけ。動きを見極めてから、我も応じる』


(かしこまりました。)


『今後も街の空気と連合の動向を観察し、異変があれば即時、報告を』


(承知しております、せつな様)


通信終了。


目を開いたセリナは、静かに立ち上がる。

瓦の上から広がる街を見渡しながら、風の中にひとつ、微笑を落とした。


(……せつな様が“何を見ているのか”、私も知っていたいわ)


(だから、任務も仮面も全部……捨てない。最後まで)


彼女は軽やかに屋根から降り、再び雑踏の中に紛れ込んでいく。


“仮面の少女”は、誰にも知られず、誰よりも深く――この都市を歩いていた。

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