【街の影を歩く】
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街に入ったセリナは、人々に紛れながら細い路地に身を滑り込ませた。
干した魚と獣脂の混じった匂い。乾いた土。
異世界の生活臭が漂う空気を、一度ゆっくりと吸い込む。
(第一段階、突破っと。うん、思ったよりゆるかったわね)
門番の身分確認は、口頭質問だけ。
魔力検査もなし、持ち物チェックも視線で済ませる程度。
(本気で見逃してくれたと思ってるのかしら。……まあ、おかげで助かったけど)
セリナは壁際に立ち、胸元へと指を添える。
意識を研ぎ澄ませ、魔力を一点に集中――
精神伝達魔法《幻響連絡》起動。
せつなとの間にのみ繋がる、極秘の精神波長チャネルが開かれる。
(――こちらセリナ。街への潜入、完了しました。現在、主要通路にて周辺状況を観察中。
生活インフラは機能。防御は緩いが、住民の視線に不自然な緊張あり。ギルドでの登録を希望。許可をいただけますか)
数秒の沈黙。
やがて、静かに響いてくるのは、せつな――主の声。
『……よくやった、セリナ。登録を許可する。
だが目立つな。言動を制限しろ。……できるなら、信頼も得てこい』
(かしこまりました。せつな様)
通信を終了し、セリナはふっと小さく息を吐いた。
(目立たず、信頼を得る、ね……いつもながら、命令が難しいわ)
けれど、声に出すことはない。
感情は、表に出すべきではない。
彼女はゆっくりと路地を抜け、大通りの石畳に出た。
すぐ先、目に飛び込んでくるのは、石造りの二階建ての建物。
風に揺れる古びた布看板には、剣と盾の紋章。
【アールフェン冒険者ギルド・第七支部】
(ギルドか……この世界の通貨や依頼構造も、ここから探れそうね)
静かに、そしてごく自然に、セリナは扉を開ける。
中には十数人の冒険者たち。
談笑、酒の香り、時折響く軽い怒号。
壁には依頼の掲示板、奥には受付が並んでいた。
一番手前のカウンターにいた若い女性職員が、微笑みながら声をかけてくる。
「ようこそ、アールフェンギルドへ。……登録希望?」
セリナは、表情を少しだけ曇らせ、フードの影からわずかに顔を出す。
声はかすかに震えるように演じられていた。
「はい。“セリナ”です……。あの、ひとりになっちゃって……
この街で……生きていけたらって……思って……」
受付の女性は一瞬だけ眉を下げ、同情の色を浮かべながら手続きを始めた。
「大丈夫。ギルドはちゃんとあなたを保護するからね。
ほら、まずは簡単な質問から……」
(――これで、偽装登録成功。あとは、“ゆっくり”)
感情を押し殺し、少女を演じたまま。
セリナは、もうひとつの仮面を深くかぶる。
仮面の下で微かに笑みながら――
せつなの命令、その一言一句を刻み込んでいた。
仮面の少女、いよいよ“冒険者ギルド”に潜入!
人目を避け、少女を演じ、任務を遂行するセリナの緊張感……伝わったでしょうか?