【支配者の出陣/影の微笑】
【支配者の出陣】
ネザリア城・兵詰所――
外の光景を映し出す魔導スクリーンは、もはや隠すことなく“戦争”を告げていた。
敵軍、千を超える兵。
重装の魔導砲、魔術師部隊、そして“正義”を名乗る者たちの声。
兵たちは沈黙の中で、歯を食いしばるしかなかった。
そんな中、扉が開く。
漆黒のマントに身を包んだ少女――セリナが、無言で入ってくる。
(……この空気、やっぱり)
見慣れぬ軍装の者たち。けれど、ただの客ではない。
彼女の視線が、真正面に立つ一人の男――グレンに向く。
「……あんたたち、ここで待ってなさい」
その言葉に、一斉に視線が彼女に向けられる。
「……戦場に行くんじゃないのか?」
「行っても、足手まといになるだけよ」
言い切った声に、一瞬空気が凍った。
「この城の敵は、普通の軍隊じゃない。“影”が動く。魔導が刺さる。
罠と幻覚と、“あの方”の力で――吹き飛ばされるだけ」
「……そんなもの、俺たちはまだ……」
「知らないでしょ? だから、“黙って見てる”のが最善なの。
それが、“せつな様”からの配慮でもある」
その名に、グレンが目を細める。
(……“守られている”)
一兵として戦場に立ってきた彼が、そう感じてしまうこと自体が屈辱だった。
けれど、それが現実だった。
「……悔しいが、言っていることは正しい。俺たちが今、勝手に前に出ても……何もできない」
彼は拳を握った。
「だが……見ている。目に焼き付ける。
この“異界の戦い”を――俺たちは見届ける」
「……ふふ。せいぜい、見逃さないことね」
セリナが背を向ける。
「だって、ここから先は――“常識”じゃ測れないわよ?」
ネザリア城・門前――
漆黒の門が、重く開かれた。
その奥から、黒の影が溢れ出す。
影兵――漆黒の霧から生まれた異形の兵士たち。
顔なき刃、意思なき忠誠。全てが“せつな”に従い、敵を殺すために存在する。
リィナがその先頭に立つ。
「ねぇ、せつな。……出てもいいんだよねぇ?」
ちら、と見上げる眼差しは、甘く、蕩けるほどに殺意を帯びていた。
『……蹂躙しろ』
その一言に、リィナは笑みを浮かべる。
「はぁい♡」
影が揺れた。
音もなく、光もなく――“喰らうように”敵陣へと走り出す。
情報制御室――
じゅぴがスクリーンに指を滑らせながら、うきうきと魔導波を解析していた。
「は〜い、どこが弱いか全部バレバレっすよ〜♡
真ん中の第二陣、結界担当が遅れてるっすね〜? そこ、穴っすよ〜?」
「せつな、攻め口提示完了っす♡ 影ちゃんたち、どんどん殺っちゃいましょ〜!」
玉座の間――
せつながゆっくりと、剣を手に立ち上がる。
漆黒の大剣。その刃が、地を滑る音を立てる。
紅い一つ目が、スクリーン越しの敵を見据える。
その口が、静かに告げた。
『――我もいくか』
その言葉と共に、せつなが動いた。
黒が地を満たす。
刃が影を裂く。
王国の“正義”が――いま、呑み込まれてゆく。
【影の微笑】
ネザリア城・外郭――
門が静かに、地を這うような音を立てて開かれる。
そこから現れたのは――黒のメイド装束。
あまりにも異質。
あまりにも小さく、無防備にすら見える“少女”。
だがその背後には、顔なき影の群れ――
刃となり、殺意となる、漆黒の“異形”が控えていた。
その少女――リィナ=シュヴァルツは、ふわりと微笑んだ。
「ふふ……行ってくるね、せつな♡」
王国軍・前衛――
「……な、なんだあれ……?」
「子ども……か? いや、後ろ……なにかが……っ!」
「射て! 魔弾を放てッ!!」
叫びと共に魔法が放たれる。
火球、雷撃、魔導弾。
だが――当たらない。
いつの間にか、姿が消えていた。
「ッ、どこだ――」
その声を最後に、兵の一人の首が、音もなく落ちた。
「……ばいば〜い♪」
リィナの声が、耳元で囁かれる。
次の瞬間、腹から刃が突き出た。
「ひっ……ぎ、ぎゃああああ!!」
断末魔が連鎖する。
敵陣は、混乱ではなく“恐怖”に支配された。
「何者だッ、貴様は……!」
「ふふ、“せつなのメイド”だよ?」
一歩、歩くだけで――首が落ちる。
二歩、踏み込めば――影が喰らう。
兵士の一人が膝をつき、叫ぶ。
「悪魔だ……! あれは悪魔だッ!!」
「子どもじゃない……! 遊んでやがる……ッ!!」
リィナは楽しげに、微笑んでいた。
「ふふ、“遊んで”るんじゃないよ?」
「“お仕事”してるだけ♡」
短剣が閃くたび、命が落ちる。
影が跳ねるたび、兵が消える。
「ほら、“せつなの敵”は、ひとり残らず……片付けないとねぇ」
蕩けるような笑顔で、リィナは殺し続ける。
恐怖と混乱の渦に沈む王国軍前衛――
そこにはもはや、“戦い”など存在していなかった。




