【開戦】
ネザリア城・応接室――
「セリナ」
せつなの静かな声が響く。
「貴様に、新たな任を与える」
姿勢を正すセリナの前に、次の命令が下された。
「……第七調査隊。王国側の者だが、現在は“保護対象”として我が城に滞在している」
「彼らは軍規則から逸脱し、この城に“個人の意志で”来た。
その判断に価値はある。だが、力も立場も、まだ不安定だ」
セリナは、わずかに目を細める。
「……王国側の、軍人を? なぜ……」
「いずれ、共に動くことになるかもしれん。その前に――顔を通せ。
そして、必要であれば、彼らを守れ。それが命令だ」
「……かしこまりました、せつな様」
セリナはその命を受け、静かに立ち上がった。
ネザリア城・兵詰所区画――
漆黒の回廊を抜けた先にある一室。
そこに集まっていたのは、見慣れぬ装備と表情を持つ、王国側の軍人たち。
セリナが姿を現すと、数人が反射的に警戒の色を見せた。
その中、ひときわ落ち着いた男が前に出る。
「……君が、“せつな殿の部下”か」
「第七調査隊、隊長。グレン=ロウバルトだ」
「……セリナ。潜入任務を受けて、今まで外にいました。
今後、場合によってはあなた方と共に行動する可能性があると告げられています」
グレンの眼が、静かにセリナを観察する。
(礼儀はある……だが、あれは“ただの仮面”じゃないな)
セリナもまた、目の前の男の気配を測る。
(……軍人。だけど、ただの“命令従属者”じゃない。迷いと、決意があるわね)
「……歓迎する」
短く、それだけを言ったグレンに、セリナも一礼で返した。
「ご挨拶だけです。いずれ必要な時には、命令が降りますので」
「そうか。……助かる」
会話は、それだけだった。
だが、その短い言葉の奥に、“共に立つ余地”は確かに芽生えつつあった。
【同時刻・ネザリア城前線――】
闇に沈む大地に、震えるような金属音が響く。
王国軍、主力部隊――到着。
その列の向こうで、魔導戦車が静かにうなる。
「……目標、あの黒城か」
「規模は……聞いていたより、大きいな……」
兵たちが見上げるその先――
漆黒の塔が、静かに彼らを見下ろしていた。
そして――
ネザリア城・第三層影部隊、展開完了。
じゅぴの手元の魔導スクリーンが、敵接近を告げる。
「おーっし♡ お客さま、ご到着っすよ、せつな」
ネザリア城・兵詰所――
沈黙が、不安を濃く染めていた。
何も知らされないままの第七調査隊の兵たちが、ぴりつく空気に囚われていた。
「本当に……始まるのか?」
「俺たちは……見てるだけか?」
ざわめきの中――
壁が揺れた。
ぬるりと空間が蠢き、魔導スクリーンが投影される。
映し出されたのは、黒き大地の向こう――
整然と並ぶ王国軍の陣形だった。
騎兵、歩兵、魔導砲兵。
兵の数、千を越す。
先頭に立つのは、軍服を身にまとった将官らしき男。
その口元が動くと同時に、空に響き渡る拡声魔法。
『――この城に告ぐ! 貴様らは王国領の不法占拠者だ!』
『即刻、降伏し、武装を解除せよ! 応じぬ場合、王国の正義により滅ぼす!』
『この黒き砦に、もはや逃げ場はないッ!』
その言葉は、暴力そのものだった。
勝手な定義、傲慢な正義、無知な断罪。
ネザリアの民など、そこに一つも存在していないかのように。
「……はぁ?」
情報制御室で、じゅぴが呆れた声を漏らす。
「“正義”? “不法”? 頭お花畑も大概っすよねぇ……」
指が踊るように動き、敵軍の魔力指数、武装数、部隊編成が解析されていく。
「戦車型の魔導砲、六台。
中規模結界隊が二部隊。火系魔術師が……あれ、三十人? ちょっと多くないっすか?」
「でも、やっぱ“雑魚ばっか”っすね。……せつな♡」
魔導波が震える。
次の瞬間、空を裂いて光が走る。
敵の砲撃。
魔導砲が空を焼き、爆炎がネザリア城へと迫る。
――が、その全ては
バシュウウッ
無音で膨らむ障壁に吸収された。
魔導結界《黒装結界陣》。
せつなの手で構築された、絶対防御。
ひび一つ入らず。焦げ一つも残らず。
ただ、滑らかに――拒絶した。
玉座の間――
スクリーンに映る爆光を背に、
せつなが立ち上がる。
漆黒の鎧が音を立て、光を吸い込むようにきらめく。
その片目が、紅く、深く、世界を見据える。
『――断る』
その一言が、ネザリア全域に響き渡る。
第三層・影部隊拠点――
リィナが無言で手をかざす。
影がざわめく。壁に、床に、天井に――
異形の人型が、次々と姿を現す。
「……ふふ。“せつなの敵”が来たねぇ。
じゃあ、そろそろ“お掃除”始めるよ」
その声は、甘く蕩けているのに、
ぞっとするほど冷たい。
影たちが、一斉に動き出す。
情報制御室――
「はーい、転送データ全部完了っす♡
全セクション完了、敵位置ロックオン済み♡」
目を細めて笑うじゅぴの手には、すでに魔導指揮盤が収まっている。
兵詰所――
スクリーンの光を見ていたグレンが、唇を噛む。
(これが……“支配者”の力……)
「……出る、ぞ」
低く呟いたその時――
せつなの声が、城全体に響いた。
『――出陣だ』
その一言で、影が一斉に動き出す。
門が開く。黒が溢れ出す。
王国軍の視界に――
ついに、“黒の牙”が現れる。
戦いが、始まる。




