【迎撃の時/報告の行方】
【迎撃の時】
ネザリア城・情報制御室――
闇に沈む空間に、警告音が淡く響く。
「……ん?」
魔導スクリーンのひとつが赤く点滅し、じゅぴの指がすばやく走った。
「センサー起動っす。西方面、広域魔導波を感知――軍規模、三部隊分。 ……こりゃ本格的に来たっすねぇ」
指先から伸びる魔力が、即座に全城へと通達を飛ばす。
「全戦力、迎撃モードに移行! 魔導罠班は第三層から順次起動。 外周の影警戒線は十重に増設して――」
じゅぴの目が細くなる。
「“見せてやるっすよ”、黒城の牙をね……♡」
ネザリア城・玉座の間――
『……セリナ、聞こえるか』
精神伝達魔法《幻響連絡》が発動する。
(――はい。セリナです。現在、巡回を終えて戻るところです)
『迎撃準備に入る。帰還を急げ。“影路”を通せ。案内はリィナに任せる』
(?!......かしこまりました、せつな様)
通信が切れ、せつなはゆっくりと視線を下ろす。
『――通達を。全戦力に、迎撃配置を命ずる』
声は静かだった。だが、それだけで黒城が動き出す。
ネザリア城・各戦術区画――
「魔導障壁、外層まで拡張確認! 魔力展開安定!」
「罠班、第二層構築完了! 第三層へ転移開始!」
漆黒の廊下を、影兵たちが無言で駆ける。
整然とした指示と、絶え間ない足音だけが響く、静かな“準備”の空間。
そして、兵詰所――
「……第七調査隊には、通達なし?」
「はい。“迎撃戦力には含まれない”、との明言。 加えて“客人として、保護対象”と指定が出ています」
その言葉に、沈黙が走った。
「……力不足、ってことか」
誰かが呟く。
「まさか、“足手まとい”ってことじゃ……」
「守ってもらう側、ってことかよ……?」
グレンは黙って、それを聞いていた。
しかし彼の顔には、怒りも、反論もなかった。
ただ、静かに目を伏せ、深く息を吐く。
「……そう思われても、仕方ない」
その一言で、場の空気が再び止まる。
だが次の瞬間、彼の眼差しが、鋭く光った。
「なら――ここから“どうするか”だ」
誰に言うでもなく。
ただ、己に誓うように。
ネザリアの闇が動く。
迎撃の陣が整い、“黒”が“白”を噛み砕く準備を始めていた。
その一方で――“何もしない側”にもまた、揺らぎが忍び寄っていた。
【報告の行方】
ネザリア城・応接室――
漆黒の扉が静かに開かれ、セリナが一歩、足を踏み入れた。
部屋の中央には、せつな。
その傍らに、脚を組んで座っているのは――じゅぴ。
彼女の瞳が、こちらにぴたりと向けられる。
その視線だけで、セリナの背筋がひやりと冷えた。
(……空気が重い。まさか本当に、戦争が……?)
静かに一礼し、床に膝をつく。
「せつな様……命令により、帰還しました。潜入は完了、情報もある程度回収しております。ですが……」
わずかに躊躇いがちに顔を上げ、視線を彷徨わせる。
「……“迎撃準備”というのは、本当なのですか? 何が……何があったのですか?」
その問いに、せつなは沈黙を守る。
代わりに、じゅぴがにこっと笑って身を乗り出した。
「や〜っと帰ってきたっすねぇ、セリナちゃん♡」
軽やかに手を振って、悪戯っぽく笑う。
「まー、びっくりしてるのも無理ないっすね。
城中バタバタしてるし、空気はピリピリだし。初めて見ると、ちょっとビビるっすよね〜?」
「……“迎撃準備”、本当に……?」
「うん♡ 本当っすよ。王国方面から、三部隊以上の進軍が確認されたっす。もう、まっすぐこっちに向かってる感じっすねぇ」
「……“王国”?」
セリナの声がかすかに揺れる。
(王国……ってどこ? ――何が起きてるの……?)
「でも心配いらないっすよ〜。全部、せつなの計画通りっすから♡」
じゅぴは茶を一口すすって、満足げに続ける。
「センサーも罠も起動済み、影も全員配置済み。
じゅぴもリィナも、それぞれポジション入ってるし、せつなはず〜っと指揮してるっす」
「セリナちゃんは、潜入から戻ったばっかでしょ?
情報は後で整理して渡してもらうとして……今は、休んでていいっすよ♡」
その声はいつも通り。軽い、楽しげ、でも――芯は通っていた。
セリナは眉を少し寄せたまま、けれど深く頭を垂れる。
「……命令があれば、すぐに動けます。
私は、せつな様の命に従います」
せつなは言葉を返さなかった。
だが、赤く輝く視線が、それを確かに“是”と認めていた。




