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【完結済】堕神ノ書 〜異界支配の始原〜  作者: せつな
第三章【静寂を裂く足音】
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【影に通された道/黒き玉座の呼び声】

【影に通された道】


赤星亭――夜の静けさが深まる頃


扉が閉じられた後も、ルーガはその場を動かなかった。


グレン=ロウバルトの背を見送り、手元の空いたグラスに視線を落とす。


静かに、右手の指先が空中に描くように動き――

淡く揺れる魔力の紋が浮かぶ。


精神伝達魔法《幻響連絡ファンタズム・コール》、起動。


せつなとの間にのみ繋がる、極秘の精神波長チャネルが開かれる。


(――こちらルーガ。目標との接触、完了しました。

グレン=ロウバルト、揺らぎ明確。明日、単独で城へ向かう決断を確認。現在、離脱済み)


数秒の沈黙。


やがて、空気を震わせるように、主の声が返ってくる。


『……よくやった。揺らぎを見極めた判断も正しい。

迎えを寄こす。……“影路”を通せ。案内はリィナに任せる』


(了解、せつな様。認識区分は?)


『――“影を渡る者”。あくまで客人として扱え。

……ただし、選別は終わっていない。決して油断するな』


(承知しました。魔力タグを城側へも送信済み。侵入処理、問題なし)


『ならば、動け』


通信が途絶える。


魔力の揺らぎが空気に溶け、再び宿は元の静寂へと戻る。


ルーガはゆっくりと指を下ろし、グラスを回しながら、誰にともなく呟いた。


「……さて。ここから先は、王の目の届く場所だ」


琥珀色の酒が、ゆらゆらと波打つ。


「生きて戻るも、沈むも――すべて、あの玉座が決める」


影はすでに、王国の内側へと伸びていた。


そして一人の男が、その影の中に足を踏み入れようとしている。


その先に待つものが、救いか、裁きか――それを知る者は、まだいなかった。



【黒き玉座の呼び声】


王都・東門――戦争三日前/夜明け前


夜の帳がまだ空に残る頃。

グレン=ロウバルトは、一枚の外出申請書だけを持って王都を出た。


“城外視察”。それは、ただの偽装。

彼の向かう先は、国家にとって最大の禁域――ネザリア城。


(……たとえ、どんな結末が待っていようと、自分の意志で確かめる)


東門を抜けた先に、見覚えのある男が立っていた。


「来たな、隊長」


ルーガが壁にもたれ、ゆるく片手を挙げる。


「……待っていたのか?」


「うん。“予定変更”ってやつだよ。お前を迎えに来た“客人扱い”の使者がいる」


「……使者?」


そのとき、気配が現れる。

森の影から、一人の少女がすっと歩み出る。


黒と銀を基調とした戦闘服のようなメイド装束。

手には武器の気配すら感じさせないが、気配は剣以上に冷たい。


「――迎えにきてあげたよ、隊長さん。ふふ、緊張してる?」


現れたのは、リィナ=シュヴァルツ。


「案内役はぼく。“せつなの影”って呼ばれてるんだよねぇ。

あ、でも安心して。今日は刺したりしないから」


無表情なまま、甘ったるい口調でそう告げる。


グレンは思わず息をのんだ。

その存在感は、少女というにはあまりに異質すぎた。


「……本気で、“王”の側近が……」


「うん。せつなが“影路”を通せって命令してきたからねぇ。

だからぼくが、“ちゃんと見張りながら”お迎えに来たんだよ」


「見張る……?」


「だって、まだ“選別”終わってないもんねぇ?

ぼくが案内するけど、道中で“間違った動き”したら……ふふ、わかるよね?」


小さな笑み。だがその奥にあるのは、紛れもない“殺気”。


ルーガが苦笑して肩をすくめる。


「安心していいよ、隊長。何もしなけりゃ、リィナは基本的に“従順なメイド”だからさ。……たぶんね」


「…………」


返す言葉を探す前に、リィナがふわりと手を上げる。


「じゃ、いこうか。隊長さん。“せつな”が待ってるからねぇ」


足元に影が広がる。

黒く揺れる魔方陣が、空間そのものを包み込んでいく。


「ここから先は、ネザリア。“支配者の城”への直通ルートだよ。

選ばれなきゃ通れない。……つまり、今のあんたは、“ちょっとだけ特別”ってことだねぇ」


影が広がり、三人の姿を飲み込んでいく。


ネザリア城・謁見の間――


荘厳な闇と沈黙に包まれた広間。

漆黒の玉座が、言葉なくすべてを見下ろしていた。


リィナが前に出て、くるりと振り返る。


「ここでお別れだよ、隊長さん。……せつなの前では、ちゃんと礼儀正しくしてね?

さもないと、“お掃除対象”になっちゃうかもしれないから」


無邪気なようで、脅しのような声。


ルーガも距離を取り、玉座の先へ目をやる。


グレン=ロウバルトは、一人、玉座の前に立った。


「……グレン=ロウバルト。王国軍第七調査隊、隊長。

命を賭して、“話をしに来させて頂いた”」


静寂。だが確かに、その場の空気がわずかに動いた。


支配者は、そこに在る。


謁見は、いま始まろうとしていた。

敵と味方の線引きが曖昧な中で、今回登場したグレンは「王国」という巨大な体制と、「玉座の支配者」に挟まれた最前線の人間。


そんな彼が自分の意志で玉座に歩み寄る姿は、これまでの命令に従う兵士とはまったく異なる「新たな道」を示してくれました。


次回はいよいよ、支配者と対話をする者としてのグレンの謁見。

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