表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】堕神ノ書 〜異界支配の始原〜  作者: せつな
第三章【静寂を裂く足音】
46/159

【夜に揺れる選択/赤星の灯】

【夜に揺れる選択】


王国軍・第七調査隊詰所――午後


書類を前にしても、文字が目に入ってこない。

報告書の確認、補給部隊への連絡、部隊配置の調整――

どれも戦の準備には必要な仕事のはずだ。


だが、グレン=ロウバルトの意識は、別の場所にあった。


(……“赤星亭”)


木片に刻まれていた宿の名。

あれはただの偶然か、それとも――意図的な“誘導”か。


(いや……)


違う。

意図があった。間違いなく。


ルーガ。

あの男は何かを知っている。

昨日の会話――そして今朝の言葉。

彼の視線には、“こちら側”の事情だけではない、何か“別の理解”が宿っていた。


(……俺が伝えた情報の中に、驚きはなかった。まるで――すでに知っていたようだった)


机の上に、先ほどの命令書が置かれている。

王国の威信、復讐の大義、“正義の矛”。


だがそれは、果たして“正義”なのか。

そう問いかけてきたのは、あの男――ルーガだった。


(軍の外に、ああいう“目”を持っている奴がいる……)


いや、外ではないのかもしれない。

彼は、何かを知っている可能性がある。


「……くそ。気になって仕事にならん」


グレンは立ち上がり、詰所の外へ出た。

夜の帳が落ち始め、王都の石畳に灯火が灯り始めている。


ふと、上着の内ポケットに手を入れる。

あの小さな木片――“赤星亭”の札が、そこにあった。


(これは、軍の判断ではない。個人としての“決断”だ)


ほんの少し、背を預ける誰かが欲しかったのかもしれない。

あるいは――“選び直す”ための、最後の機会を求めていたのかもしれない。


グレン=ロウバルトは足を踏み出した。


向かう先は、王都の東街。古びた宿の並ぶ、静かな通り。


“赤星亭”。


その名の灯りが、今夜はなぜかやけに温かく見えた。





【赤星の灯】


王都・東街――“赤星亭”


古びた石造りの宿。

軒先の看板には、小さな赤い星の模様が彫られている。


人気の少ないこの一帯は、昼でも静かだが、夜はさらに深い闇に包まれていた。


その中で、ひときわあたたかく揺れる灯火。

宿の入口から漏れる橙色の明かりが、迷いを含んだ訪問者をそっと迎える。


グレン=ロウバルトは、数秒だけ戸口の前に立ち止まり、

それから無言で扉を押し開けた。


――かたん、と小さな音。


「ああ。来たんだな、隊長」


カウンター奥の小さな席に、ラフな旅装のままの男がいた。

ルーガは酒を一杯傾けながら、振り返らずにそう言った。


「偶然でも、偵察でもない。今夜は、たぶん――“選択”の夜だろ?」


グレンは黙って一歩、また一歩と足を踏み入れる。

やがて空いている隣の席に腰を下ろした。


「……あの木片は、そういう意味か?」


「さあな。捨てるのも、来るのも自由だったはずだろ? けど――来たってことは、何か気になったんだろ?」


ルーガの口調は軽い。

だがその目は、昨日よりもずっと鋭く、深く、相手の心の奥を覗き込んでいた。


「……お前は何者だ。ギルド所属の冒険者にしては、知りすぎてる」


「質問には答えない。まだ、信頼もされてないしな」


「……そうか。だが一つだけ訊かせろ」


グレンはまっすぐに、隣の男の横顔を見据える。


「――お前は、“あれ”と関係があるのか。あの玉座の者と」


数秒の沈黙。


ルーガはグラスを傾け、残った酒をひと口飲み干す。


「……あるとも、ないとも言わない。けど――俺は“正気で話が通じる相手”を探してる」


「それは、俺を引き込もうとしてるって意味か?」


「それを決めるのは、隊長だよ」


静かなやり取りの中に、確かな熱が混ざっていた。


「十日ある。兵を整え、武器を研ぎ澄まし、上の連中は戦の号令を高めるだろう」


「……だが、その十日の間に、どれだけの“真実”を掴めるか――それ次第で、生き残る者も、変わるかもしれない」


グレンは視線を落とした。

手の中に残る熱――木片の感触が、じわりと重く思える。


「……十日間で、何ができる?」


「まずは、話すこと。隠してる情報を全部晒すわけじゃないが……お前には、教えていい気がする」


ルーガはそう言って、少し笑った。

それは、警戒と信頼の狭間に立つ者だけが浮かべる笑みだった。


「なあ、隊長。もしこの戦争が“始まる前に終わる”としたら――それでも、お前は戦場に立つか?」


「……今の俺には、答えられない。だが――お前の言葉を聞いたあとなら、変わるかもしれない」


「それで十分だよ。……今夜はそれで、十分」


二人の間に、言葉のない静寂が落ちた。


だがその静けさは、重苦しい沈黙ではなかった。

嵐の前に、誰かと呼吸を合わせるような――そんな穏やかで、奇妙に落ち着いた空気だった。

グレンの内面に、ゆっくりと染み込むように残った選択肢。

敵でも味方でもない。そんな曖昧な存在と、再び交わる夜が描かれました。


戦いはすでに始まりつつあります。だがその前に、交わされた小さな会話や視線が、未来の選別を左右する鍵になるかもしれません。



……赤星亭っていい名前だと思いませんか?(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ