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【完結済】堕神ノ書 〜異界支配の始原〜  作者: せつな
第三章【静寂を裂く足音】
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【命令の刻印/交差する朝】

【命令の刻印】


詰所の廊下を、軍靴の音が低く響く。

静寂の朝に似合わぬほど、グレン=ロウバルトの足取りは重かった。


昨夜の酒が残っているわけではない。

心の奥に沈殿する、不確かな“違和感”が、身体の動きを鈍らせていた。


「おはようございます、隊長!」


若い副官が敬礼と共に迎える。だがその顔には、どこか張りつめた空気があった。


「……何かあったのか?」


「先ほど、軍務院から急ぎの通達が届きました。……こちらです」


差し出されたのは、魔封紙で封印された命令書。

王国印章が押されたその重みに、嫌な予感が背を走る。


グレンは黙って封を切り、文面に目を走らせた。


――《十日後、満月の夜。漆黒の城への総力攻撃を実施する》

――《第七調査隊は前線の情報補佐および部隊支援に従事すること》

――《拒否権は認められない》


「……決めやがったか」


低く、押し殺した声。


副官が恐る恐る言葉を重ねる。


「正式な作戦名は“月光の矛”とのことです。前線指揮は第三軍の将官、コルバイン閣下が――」


「……俺たちの声なんて、最初から聞く気はなかったってことだな」


グレンは手にした命令書を静かに畳み、机に置いた。


「“情報補佐”? それで、命は預けろってか。どの口が言ってんだ……」


副官が困惑した表情を浮かべる。

だがグレンはそれ以上、何も言わなかった。黙々と、上着の前を閉じ、懐から小さなペンダントを取り出す。


中には、かつて戦場で散った部下たちの名が刻まれていた。


「……何人、戻ってこれると思う?」


「……え?」


「十日後、あの“城”に挑んで、どれだけの兵が生きて帰れると思う?」


副官は言葉を失う。


グレンはゆっくりと歩を進め、窓の外を見やった。

空は快晴。戦など想像もつかないほど、平穏な青。


「……俺たちの判断が、すでに“試されている”としたら――」


あの夜、あの男――ルーガが言った言葉が蘇る。


『もし、あんたが自由に動けたら……どうする?』


(答えを出す時は、もう来ているのかもしれない)


グレンは目を閉じた。


そして、目を開けた時――

その眼差しには、決意と、戦場を知る者の冷徹な光が宿っていた。




【交差する朝】


「……外の空気でも、吸ってくるか」


命令書を机に置いたまま、グレン=ロウバルトは詰所の扉を押し開けた。


兵の姿もまばらな早朝の王都。

露に濡れた石畳の路地に、かすかな冷気が残っている。


深く息を吸い込む。

酒の残滓も、苛立ちも、ほんの少しだけ和らいだ。



ふとした角を曲がった先――

石壁にもたれかかるようにして立っていた、見覚えのある男が、片手を挙げて挨拶してきた。


「……よぉ、隊長」


ラフな冒険者風の旅装。首元のギルドバッジ。

昨日、酒場で同じ酒を酌み交わした――ルーガ、だった。


「……偶然か?」


「さあ。散歩は日課でね。たまたま通りかかった、ってことでいいんじゃないか?」


グレンは眉をひそめたが、否定はしなかった。

その佇まいには、昨日と変わらぬ“隙のなさ”がある。


「……話があるのか?」


「ないよ。ただ、あんたの顔が“昨日と違って見えた”から、少し気になっただけさ」


「……違う顔、ね。確かに、もう“選べない”ことが決まったからな」


ルーガの目が細くなる。


「――決まったのか。“攻める”ってことが」


「ああ。十日後、“満月の日”に動くとさ。“月光の矛”って名前の作戦だ。皮肉だろ?」


「月光の矛、ね……なんとも幻想的なネーミングだ。突き刺さる側にしてみりゃ、悪夢そのものだが」


グレンは小さく笑う。だがその目に、笑みはなかった。


「……止められなかった。せめて、知ってる限りの地獄は伝えたつもりだったが……無駄だったよ」


ルーガは視線を空へ向ける。まだ淡い色をした朝の空。


「なら、次にできることは?」


「……何が“正しい”のか、見極めることだ。兵を殺すだけの戦争じゃなく……この先の選択を、少しでもマシにするために」


ルーガは黙って頷いた。


そして、ぽつりとひとこと。


「――それでも、あんたの目は、昨日より“よくなってる”」


「……どういう意味だ」


「意味なんて、どうとでも取れるさ。……俺は“そう見えた”ってだけの話だ」


そう言ってルーガは、ポケットから何かを取り出し、グレンの足元に小さな木片を落とした。

宿の名前が刻まれた、手作りのキータグのようだった。


「“赤星亭”って宿にいる。古いけど、飯はうまい。……まあ、たまには静かな夜も悪くないぞ?」


グレンが問い返す前に、ルーガは軽く手を振り、背を向けた。


「また、どこかで。……隊長」


その背中は、人混みにまぎれるように消えていった。


グレンは、足元の木片を拾い、しばしその名を見つめる。


(……宿の名だけ、置いていったか)


“また会いたい”とも、“頼れ”とも言わない。だが――


(それでも、会いに来いと、言われた気がする)


風が吹き抜ける。


それはどこか、“選択肢”という名の風だった。


戦う側として命令を受けたグレン。

彼に新たな選択肢をちらつかせたルーガとの再会は、ただの偶然ではない。

彼の選択がどのように変えていくのか

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